◆79.入院
それから、待合室で響生をあやしながら、長い1時間の時間を過ごした。
医師からはなんと言われるのだろうか?
不安が募り、今にも破裂しそうな心を、押さえこもうと、必死になっている自分がそこにいた。
待合室では、まだ沢山の人たちでごった返していた。
周りの音が騒がしい分、私の心は少し楽だった。
「松本 響生様」
看護士が私の側に来て、そう言った。
響生を抱きしめ、私は深呼吸をして、看護士の後に続いた。
診察室では、医師が、小さな用紙を見ながら、溜息をついた。
「松本さん、血液検査の結果なんですが・・・。あまりよくありませんでした」
私は、医師の言葉の意味が少し理解できなかった。
「あの・・・。どういうことなんですか?」
私は、意を決して医師に尋ねる。
「あのですね、白血球の数値が異常に多いんですね。それから、血小板についても、数値が正常値からはるかに外れています。ですので、こちらにしばらく入院していただいて、血液専門の先生に診ていただくことが一番いいと思いますが、どうなさいますか?」
私は目の前が真っ暗になるのがわかった。
響生は何か大きな病気を抱えている。
医師の顔からそれは十分に見て取れた。
「病名はわからないんですか?」
「今の段階では、予想は付きますが、はっきりとした病名はお答えできませんので、きちんと血液の検査をしていただいて、その後にお知らせします」
「悪い病気じゃないですよね?」
「それも検査でわかりますので、その時に、きちんとお知らせします」
医師は、病名を私に伝えようとはしなかった。
「お母さん、このまま入院ということでいいですか?」
私は、何がなんだかわからず、ただ頷くしかなかった。
「それでは、こちらに入院の手続きをしていただいて、響生くんのお部屋にご案内しますので、お待ちください」
私は、机の上にある紙とペンをじっと見ていた。
「お母さん?ここにお名前を書いてくださいね」
看護士は、少し急かすように、私にペンを渡した。
「・・・すみません。わかりました」
私は言われるがままにペンを受け取った。
響生は何も知らず、きょとんとした顔で私を見つめている。
私は、1枚の紙に必要なことを書き込み、看護士に渡した。
看護士はそれを受け取ると
「それではお部屋にご案内します。ただ、申し訳ないのですが、今日は大部屋が開いていないので、個室になりますがいいですか?」」
そう言って私の顔を見た。
私が黙って頷くと
「ではご案内しますね」
そう言って、私達を病室まで案内してくれた。
がらんとした病室には、ベッドと小さなテレビが置かれていた。
響生は、何時も間にか私の腕の中で眠っていた。
小さな掌が私の袖口を掴んでいた。
私は言いようもない不安で押しつぶされそうになっていた。
「それでは、これから、担当の看護士が説明に来ますので、お待ちください。あと、ご家族の方に連絡など入れますか?」
「・・・はい。できれば、そうしたいんですが」
「じゃあ、しばらくこちらで響生くんを見ていますので、連絡してきてください」
看護士はそう言って、私に笑って見せた。
「ありがとうございます」
私は、慌てて携帯を手に取り、病室から外に出た。
「もしもし」
「おぉ。どうだった?」
聡の声がいつになく、明るく、それが逆に私の気持ちを不安にさせた。
「あのね。入院しなくちゃいけなくなって・・・」
私は泣きそうになるのを必死でこらえ、聡に伝えた。
「なんでだ?どこが悪いんだ?」
聡は、私の気持ちなど知りもせずに、ずかずかと聞いてくる。
「血液検査の結果が悪くて、それで、血液担当の先生にもう一度検査してもらわなくちゃいけなくて・・・」
「お前、何落ち込んでるんだよ。別に悪い病気って決まってるわけじゃないんだろう?」
「そうだけど・・・」
こんな時、聡はとても強気だ。
雅弘ならどうだろう・・・。
私は自分で何を考えているのかわからなくなっていた。
「結果が出たら、また連絡くれよ。とりあえず、早く帰れるようにするから」
聡はそう言うとさっさと電話を切った。
ツーツー・・・という音が、携帯の向こうから何度も何度も聞こえていた。
私は、ふと我に返り、また電話をかける。
「もしもし」
「お母さん・・・」
母の声で、何かが切れてしまったようになり、涙が溢れる。
「どうしたが?なにかあった?」
「・・・あの・・ね。・・・響生が・・・」
「響生がどうした?」
私の声で何かを感じた母は
「ちゃんと言わんと、わからんでしょう?響生がどうした?あんたお母さんでしょ」
「・・・。悪い病気かもしれなくて、入院しなくちゃいけなくなって」
母は、私の話を聞いてから
「じゃ、今から一番早いので、そっちにいくから、優生のほうは私に任せて。いいね?」
「うん・・・」
「4時間もあれば付くから、少し迎え遅れるけど、連絡入れておきなさいよ」
「うん・・・」
「わかっとる?きいとる?玲香がしっかりせんとダメやからね」
「・・・はい」
「悪い病気って決まってるわけじゃないんでしょう?あんたがそんなんじゃ、響生が不安になるから!!わかっとるね?」
「・・・はい」
「じゃあ、お母さんそっち向かうから、待ってなさいね」
「ごめんね。いつも・・・」
私は母の優しさが嬉しかった。
「そんなことはいいからね。ちゃんと響生についててあげなさい。響生が一番不安になっとるはずやからね」
「わかった。ありがとう」
電話を切ると、私は病室へと戻った。




