◆76.まえぶれ
再び雅弘と出会った私は、不思議な感覚に陥っていた。
お互いの記憶の中での空白の時間。
それぞれが、別々の時間を過ごしていた。
ただ、あの優しい笑顔は何も変わらず、私に向けられたことが嬉しかった。
それからの毎日は忙しく過ぎて行き、雅弘の影は私から少し遠ざかっていた。
そして、自分の中の決心は間違っていないのだと言い聞かせながら、毎日を過ごしていた。
-6月-
初夏というよりは、既に夏のような暑さが続いていた。
聡は、東京での仕事に意欲を燃やし、優生もようやく学校にも慣れてきた。
ただ一つ気になったこと、それは響生のことだけだった。
響生は、東京に出てきてから、よく熱を出すようになっていた。
そして、今日も朝から機嫌が悪い。
熱を測ると『38.8℃』
最初のうちは、風邪だろうと簡単に考えていたのだが、こう何回も続くと、心配になってくる。
「ねえ聡。今日も響生熱があるんだけど・・・」
「またか。男の子は弱いって言うけど、こんなに頻繁に熱出すとイヤだな」
聡は響生を抱き上げて、額に手を当てた。
「今日は、違う病院に行ったらどうだ?」
「そうだね」
聡の言葉がなぜか引っかかったが、私は聡の言うとおりすることにした。
パソコンを開き、近くの病院を探す。
「それじゃ、行ってくる」
「優生も一緒に行く!!」
「じゃ、一緒に行くか」
優生と聡は二人で家を出た。
何か変な病気になっていたらどうしよう・・・。
私の心は不安でいっぱいになっていた。
その不安が、私達の運命を変えてしまうことなど、そのときの私には予想もつかなかった。




