◆75.オーバーラップ
雅弘の姿が見えなくなっても、私は視線を戻すことができなかった。
自分自身の中にまだ残っていた雅弘への想い。
響生と雅弘の笑顔がオーバーラップして私の心をかき乱した。
「玲香ちゃん!!」
見えなくなったはずの雅弘の姿が、再び現れ、私に向かって駆けてきた。
ただ違うのは、私の名前を『ちゃん』付けで呼んでいること。
私は、それが意味していることが何なのかを悟っていた。
「戻ってきてたんだね。元気そうでよかった。」
雅弘はそう言いながら、響生を覗き込んだ。
「奥さん達は?早く戻って!!」
この一時が私を狂わせてしまう。
私は雅弘の隣に自分が立っていることが許せなかった。
「あ。大丈夫だよ。大丈夫だから・・・」
「だめ。早く戻って」
雅弘は私の顔を覗きこんだ。
「泣いてたの?」
「泣いてなんていませんから。もう、私行かなくちゃ」
「そっか・・・」
雅弘はしばらく黙っていた。
「また会いたい。でも、迷惑になっちゃうんだよね?」
「ごめんなさい」
私は素っ気無く、雅弘の言葉に返事をした。
「いつでもいいんだ。気が向いたらでいい。よかったら連絡して」
雅弘は、私の顔を覗き込んで、そう言った。
「もう、連絡はしないと思いますから」
「そっか・・・」
雅弘の視線が響生に動いていた。
「可愛い子だね。玲香ちゃんに似てるね。母親の姿もすごく素敵で綺麗だよ。どうかいい子に育ててあげて下さい」
そう言うと、雅弘は深く頭を下げ後ろを向いた。
「じゃあ」
雅弘の後姿に私は何も言えず、静かに見送った。
胸が張り裂けそうとはこのことを言うんだろう。
雅弘と一緒に過ごした、幸せだった時間。
2年前の私は、今日の日のことを想像できていただろうか・・・。
私は響生を抱き上げ、雅弘の姿が見えなくなるまでずっと見送った。




