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◆74.偶然

4月に入り、私達は東京で新しい生活を始めていた。


住まいは以前と同じ場所。


思い出されるのは、2年前の辛かった日の記憶。

でもそれは、こうして家族4人が、これからを幸せに生きていく為の、試練だったのだと自分に言い聞かせることができるようになっていた。



「ママ、さくらがきれいだって、パパがいってたよ。みにいこうよ」

私は、優生にせがまれ、響生を連れ、3人で桜並木まで出かけた。

そう、これはこれから私が生きていく為の試練。


ベビーカーに乗り、ご機嫌な響生。

そして、それを愛しそうに押してくれる優生。

「ほら、響生、優生、桜満開できれいだね」

私は子供達の柔らかな表情を見つめながら、2年前の出来事を思い出していた。


私は雅弘と出会わなければ、こうして響生を抱くことができなかった。

そう思うと、やはりこれでよかったのだと、思えてくる。

私の中にしまった想いは、もう蘇ることはないだろう・・・。

空を見上げ、自分の気持ちに嘘はないと、こっそりと溜息をついた。



「ママ、あのわんちゃんかわいいね。ゆうもいぬがほしいな」

優生が指差した先には、男の子と女性が、小さな犬を連れて散歩をしていた。

私は二人の姿を見て、ハッとした。

あれは、敬音と、雅弘の奥さん、そして犬のカノン・・・。


私は胸が引きちぎれるような、痛みを感じながら、何食わぬ顔ですれ違う。


「こんにちは」

すれ違い様に、女性は私にそう言った。

「・・・こんにちは」

私はそう言うだけでやっとだった。


「このわんちゃん、なんていうなまえなの?」

優生はそう言って、二人の側に近づいた。

「ご迷惑だよ。おうちに帰ろう」

私は、優生の手を引いて、その場を離れようとした。

「いいですよ。この仔はカノンっていうの」

女性は優しく、優生に視線を合わせる。

「おんなのこなの?かわいいい」

「ありがとう」

私の心臓が激しく高鳴っている。


「そろそろ帰ろうか?響生もお腹が空いちゃう頃だし・・・」

私は何とかしてその場を離れようとした。


「赤ちゃん可愛いですね」

女性はそう言うと、響生の手にそっと触れた。

「ウチもこんなときがあったのに、今じゃあ、ヤンチャになって、困ってるんですよ」

優しい笑みでこちらを見る女性は、もちろん、昔の私と雅弘の関係を知るはずもない。

私は何も言葉が見つからず、ただ引きつった笑いしかできなかった。

優生は相変わらずカノンに釘付けになっていた。


「こんにちは」

聞き覚えのある優しい声が、私の背後から聞こえてくる。

私は、恐る恐る振り返った。


「お久しぶりです」

雅弘はそう言うと、にっこりと微笑んだ。

「お知り合いだったの?」

女性はそう言うと、雅弘の右腕にそっと手をかけた。

「うん。前にペットショップで・・・ね?」

「はい。」

不思議な空気が流れた。

そうだ。

わたしは店員。

そして、雅弘はお客。

ただそれだけの関係。

それでいいのだ。


「ねえ、赤ちゃん可愛いでしょ?」

女性はそう言って、響生に視線を合わせた。

それにつられるように、雅弘もまた視線を合わせる。

「そうだね・・・」

雅弘の顔色が一瞬変わったような気がした。


「パパ、ママ、あっちにいこうよ!!」

敬音は、桜の花びらを両手いっぱいに持って、駆けてきた。

「そうだね。それじゃあ、失礼します。またお会いできたらいいですね。」

雅弘はそう言うと、奥さんと敬音と共に歩き出した。

絵に描いたような幸せな家族の姿をまじまじと見せ付けられ、ようやく私の中の何かが終わった気がした。


私は、雅弘の姿が見えなくなるまで、後姿をずっと眺めていた。

私の気持ちと同じように、消えて見えなくなってしまうまでずっと・・・・。


優生は桜の木の下で、舞い落ちる花びらを集めていた。

「ママこれパパにおみやげにしてあげようよ」

「そうだね、パパ喜ぶね」

私の目には熱いものが溢れそうになっていた。

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