◆71.あの日の自分
それから沙希は、これまでの苦痛を私に話した。
「私ね。玲香ちゃんがいたからここまで我慢してこれたと思うの。玲香ちゃんもきっと淋しいんだろうなって。私なんかよりも辛いんじゃないかなって・・・」
私は沙希の言葉で、響生を宿してから持っていた、張り詰めた気持ちが少しづつ和らいでいく気がした。
「あのね、私、これから先も、五十嵐さんに会う気はないの」
それは、私の口から、気付かぬうちに発していた言葉だった。
「そう・・・」
沙希はそう言うと、響生の小さな手をそっと撫で
「玲香ちゃんがそう思うなら、私はそれ以上は何にも言わない。でも、私みたいに後悔はしないで。絶対に・・・」
沙希は私の気持ちを見抜いているようだった。
「わかってる。私が自分で決めたことだから、後悔しないよ」
私の強い意志が伝わったのかそれ以上沙希は何も言わなかった。
久しぶりに沙希と過ごす時間は、楽しかった。
ただ、あの頃よりは明らかに痩せてしまい、細くなってしまった手首がなんだか痛々しく感じた。
そして、時々あのウェーターを思い出すのか、小さく溜息をつき、どこか遠くに視線を合わせた。
一途な想いがこんなにも人を苦しめてしまうのか・・・。
そんなことは私が一番よく知っている。
私は、雅弘を自ら失った日の自分と重ね合わせるようにして、沙希を哀れに思った。
「ねえ、沙希ちゃん。店長にはお休みすること言ってあるの?」
「うん。しばらくお休みしたらって言ってくれたのは店長の方からなんだよ」
沙希はそう言ってにっこり笑った。
「そう。じゃあ、しばらくウチにいたら?私も暇を持て余してるところだし」
「でも・・・」
沙希は少し躊躇しているようだった。
「遠慮しないで。私、沙希ちゃんが来てくれて嬉しかったよ。妹が尋ねてきてくれたみたい」
沙希は私の言葉に、深く何度も頷いた。
その振動で、沙希の瞳に溜まっていた涙が、静かに零れ落ちていた。
「気持ちが落ち着くまでいていいんだからね」
私は、沙希を抱きしめながら、あの日の自分をもう一度慰めている錯覚に陥っていた。




