◆70.真実
車の中、沙希は一言も話さず、ただ俯いていた。
私も沙希にかける言葉が見つからず、ただ前を見てハンドルを握った。
「着いたよ」
私は、車を止め、この重苦しい空間から早く脱出しようと、ドアの取っ手に手を掛けた。
「彰人がもう別れたいって・・・」
沙希はそう言うと、窓の外を見た。
彰人とは、あのウェイターのことだ。
「え?」
私は頭の中が、混乱した。
「夢があるから、一緒にいられないって言われたの」
沙希は突然声を上げて泣き出した。
「沙希ちゃん・・・・」
私は訳の解らないまま
「寒いでしょ?とにかく降りて、話はウチの中に入ってから聞くから」
沙希はそっと頷くと、静かにドアを開けた。
私は後ろのドアを開けて、眠っている響生を起こさないようにそっと抱き上げた。
「入って」
沙希は私の言葉に背中を押されるように靴を脱ぎ、綺麗に揃える。
リビングまでの道のりが、とても遠く感じたのは、きっと沙希も同じだろう。
私は、促すように、沙希を座布団の上に座らせた。
「あのね。彰人はカメラマンになるっていう夢があって・・・・」
そう言うと、沙希の目が、また涙でいっぱいになった。
「私、応援したかったのに、それだけなのに・・・・」
私は沙希のこんな姿を初めて見た。
「沙希ちゃん。泣かないで。私がいるから」
私は沙希の気持ちが少しでも楽になる方法を考えていた。
「本当は、玲香ちゃんに一番に相談しようと思ってたんだけど」
沙希はそう言うと、かばんの中からシワシワになったハンカチを取り出し、それで顔を塞いだ。
そのハンカチを見て、私は、ここに来るまでの沙希の光景が浮かんでくるようだった。
「ずっと泣いてたんでしょ。どうして言ってくれなかったの?」
私は少し強い口調で沙希に言った。
「でも、玲香ちゃんの邪魔しちゃ悪いと思ったから」
沙希はそう言って、顔のハンカチを取り、私の目をじっと見た。
「玲香ちゃん、もう五十嵐さんのことは何とも思っていないの?」
突然の質問に私は何も言えなかった。
「ねえ、どうなの?」
沙希の顔が近くまで迫まってくる。
「もういいの。別に今は・・・・」
「何がいいの?好きなの?嫌いなの?」
沙希の目が鋭く私を見た。
「嫌いじゃない。だって好きだった人だから・・・」
私はこういうのが精一杯だった。
「五十嵐さんね、玲香ちゃんのことまだ好きなんだよ」
沙希はそう言うと響生の眠っているベビーベッドへ向かった。
「響生くんだっけ・・・・。五十嵐さんによく似てる」
沙希はそう言って、響生の上に掛けてあった毛布をそっと直した。
「何言ってるの?響生は聡の子供だよ!!」
私も思わず、響生の側に駆け寄った。
「玲香ちゃん、私、このことは五十嵐さんにだって言ってないよ。だから安心して」
沙希の言葉で張り詰めていた気持ちが少し楽になるのを感じた。
「沙希ちゃん、気付いてたの?」
沙希はコクリと頷き
「玲香ちゃんのことだから、そうなんだろうって思ってた」
私の目からも涙が溢れ出した。
「玲香ちゃん、さっきは知らないっていってたけど、本当は知ってるんでしょ?週刊誌のこと」
沙希の言葉で一瞬我に返った。
「しってるよ。でも私、沙希ちゃんならいいと思って」
そういうだけでやっとだった。
「違うよ。違うの。あれは違うの!!」
沙希は私の肩に手を乗せ、強く揺さぶった。
「あれは、五十嵐さんが玲香ちゃんのことを教えて欲しいって言われて・・・。それで私、彰人のことがあって、誰にも聞いてもらえなくて、五十嵐さんに聞いてもらっただけなのに」
沙希はそう言うと私に抱きつき、声を上げて泣いた。
「あの記事が出てから、彰人はどこに行ったのかわからなくて。お店にはいたずら電話とかFAXとかがきて、もう私おかしくなりそうなの」
沙希の体は小刻みに震えていた。
「辛かったね。ごめんね。私、てっきり、沙希ちゃんと五十嵐さんはそういうことになったんだって、思ってた。でも沙希ちゃんならいいって・・・・」
沙希は首を左右に振って
「五十嵐さんはまだ玲香ちゃんのこと待ってるよ。たぶん一生待ってる・・と思う」
沙希の言葉が私に重く圧し掛かった。
「あのね。でも、玲香ちゃんには負担を掛けたくないんだって。だから影で応援することしかできないんだって言ってた」
「そう・・・・」
私は何も言葉が見つからず、黙っていることしかできなかった。




