◆69.突然の訪問
聡も東京に戻り、また平穏な日々が始まった。
月曜の朝はなんだか億劫な気分になる。
うっすらと雪が積もる歩道を、沢山のコートでくるんだ響生を抱え、優生を幼稚園に送る。
「今日も寒いね。」
「白いね」
優生は、はぁーと息を吐いて私に見せる。
「パパのタバコみたいだね」
「そうだね・・・」
昨日、あの記事を見てから、何度も沙希に連絡を入れようと思った。
でも、それができなかった。
本当のことを聞くのが怖いかったから・・・・。
私達は既に終わってしまった。
雅弘は私のものではない。
それは出会ったときからそうだった。
私がたとえ今も雅弘を愛していたとしても、それは私の勝手な思い込み。
あの時、私のほうから一方的な別れ方をしたのに・・・・。
それを、優しく受け止めて理解しようとしてくれた雅弘。
私には何も言う資格はない。
ただ、雅弘が幸せな時間を過ごしているだけでいいと、自分自身に言い聞かせていた。
それから、母として又妻として、毎日を必死で過ごしていた。
時々、雅弘と沙希のことを思い出すことはあったが、気にしないように日々を過ごした。
2月も終わりに差し掛かった頃、私の携帯に連絡が入った。
沙希からだった。
「もしもし・・・・」
私は、何事もなかったように電話に出た。
「玲香ちゃん、元気にしてた?」
沙希の声は明るかった。
「元気にしてるよ。沙希ちゃんは?」
「うん・・・。普通に元気かな?っていうか、ちょっとだけ元気かな?」
あの記事のことで何かあったのだろうか?
「どうしたの?」
私は自分でも白々しいと思うほど、沙希に理由を尋ねた。
「・・・・」
沙希は何も言わず、暫く黙っていた。
「沙希ちゃん?どうしたの?」
「あのね、どうしても玲香ちゃんに会いたくて、今金沢にいるんだけど・・・・」
沙希はいつも突然だ。
「どこにいるの?」
「あのね、今駅にいるんだけど、よく考えたら、玲香ちゃんのうちがどこにあるかわかんなくて・・・」
「わかった、今そっち迎えに行くから。15分くらいでいけると思うからちょっと待ってて」
「ウン、ごめんね」
「いいんだよ・・・」
私は沙希の落ち込んでいる声を聞いて、なぜか心が痛んだ。
私は響生を車に乗せ、駅へと向かった。
駅に着き、沙希の姿を探す。
「玲香ちゃん!!」
声のする方に振り返ると、そこには大きく手を振る沙希の姿があった。
私は沙希に手招きをして呼んだ。
「こっち来て!!」
沙希はにっこりと微笑みながら、私のところにやってくる。
少しやせたかもしれない。
目の下にはクマらしきものが見えた。
「よかった!!」
沙希はそういうと、私に抱きついた。
「玲香ちゃん元気そうだね」
「うん。元気でやってるよ」
私の手を握り
「よかった。店長も心配してたよ」
そう言うと、少し遠くを見つめた。
「何かあった?」
「うん。玲香ちゃん知らないの?」
沙希は私の顔を覗きこんでいる。
「何?何かあった?」
私は知らないふりをしてそう言った。
「そっか・・・」
沙希は少し下を向いてから
「ねえ、今から玲香ちゃんトコに行ってもいい?話はそこでゆっくりするから」
東京にいた頃は、相談に乗ってくれた沙希。
今日は私がそれを聞く番なのかもしれない。
本当は沙希の口から真実を聞くのが怖かった。
でも覚悟を決めなくてはならない。
私は助手席のドアを開け
「どうそ。ウチまで行こう」
沙希を車に乗せた。
後部座席では、響生がすやすやと寝息を立てて眠っていた。




