◆66.優しく
響生が生まれてからは、毎日が戦場だった。
3時間おきの授乳、おむつ交換、お風呂、優生の世話・・・・。
私は寝る間も惜しんで、子供達の面倒を見た。
優生はあんなにお姉ちゃんになりたいといっていたのに、私が響生の世話をしていると、まるで赤ちゃんになったように、くっついてきて離れない。
よく言う『赤ちゃんがえり』というものだろう。
母や父はそんな優生を気遣い、響生の面倒を見てくれる。
そして、優生と同じように響生も可愛がってくれた。
ただ母は
「響生はだれににたんでちかねー。ママとも違うし、パパとも違うし・・・・。いい男でちねー」
もちろん、本当のことを母は知らない。
ただ、自然に思ったことを口にしただけなのだろう。
私は、その言葉でいつも胸が締め付けられる。
にっこりと笑う響生の笑顔は、私の記憶を呼び覚まそうとする時がある。
雅弘の優しい笑顔・・・。
ずっと昔に見たような、そんな気がしていたはずだったのに、私は響生と雅弘を重ねている自分が怖くなる。
土曜になると、聡は響生に会うために必ず金沢に戻ってきた。
「響生!!パパだぞ!!」
そう言って、響生を抱き上げると一緒にいられない時間を埋めるように暫くは離さない。
聡は響生を本当に可愛がってくれている。
真実を知るのは私だけ。
このまま何も起こりませんように・・・。
私は空を見て毎日祈るしか他にできることはことがなかった。
聡は、少し遅めの夕食を食べながら、何気なく付けたテレビは歌番組が入っていた。
そして、そこには雅弘の姿が映し出されていた。
「そういえば、東京で五十嵐雅弘に会ったよな。あのときはびっくりしたな」
そう言って大きな声で笑った。
「うん」
私は小さく頷いた。
「最近なんか痩せたんじゃないか?この人」
ブラウン管の雅弘を指さして聡はそういった。
確かに少しやせたような気がする。
表情もなんだか硬い。
私の見たことのない雅弘がそこにはいた。
「でも、最近ラブソングみたいなのが多いよな」
「そう?」
「昔は、結構のりのいい曲もあったのに。俺はそっちのが好きかな」
「そうだね」
私はそれ以上何も言うことができなくなっていた。
聡が言ったように、雅弘の曲は最近はラブソングが多い。
「最近テレビなんて見てなかったけど、こうやって玲香とテレビ見ながらご飯食べてると、普通に幸せだな」
「そうだね」
私は聡の言葉は上の空で、ブラウン管の中の雅弘に目が奪われていた。
そして、一瞬画面が暗くなったかと思うと、雅弘がスタンドマイクの前に立っている映像に切り変わっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『優しく』・・・by:五十嵐雅弘
君は何も言わずに
ただ目の前のドアを開けて旅立つ
訳は聞かないでと
そんな突然な別れを誰が素直に受け入れられるの
桜並木の下
花びらの舞う 木漏れ日の下で
君を見つけた
眩しくて 眩しくて
あの頃にもう一度戻れるのなら
もう二度と離さない
抱きしめた腕の強さで跡が残ってしまうくらい
強く強く
最終の電車
ただ君への思い伝えたいのに
何も手につかない
君の微笑んだ姿を今も胸に焼き付けたまま
粉雪が降る
今年の冬は 君が隣にいない
会いたくて 会いたくて
どこかでこの歌
聞いてくれているといいな・・・なんて勝手に
もう二度と会えない
そんなこと言わないで
ほら笑ってまた何時ものように
優しく優しく
いつか必ず
この街を出て 君を迎えに行くよ
いつでも準備はできてる
何も怖いものはない
失うものは沢山あるけど
それよりも君の存在のほうが
僕には大きくて 大切で 愛しくて
桜並木の下
花びらの舞う 木漏れ日の下で
君を見つけた
眩しくて 眩しくて
あの頃にもう一度戻れるのなら
もう二度と離さない
抱きしめた腕の強さで跡が残ってしまうくらい
強く強く
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は、雅弘の曲を聞きながらハッとした。
このメロディーはあの日、
「いいメロディーが浮かびそうなんだ」
そう言って、作ったメロディー・・・・。
これまで薄れていた記憶が、私に蘇った。
そして、雅弘の澄んだ声が私の心を揺れ動かしたことは、紛れもない事実だった。
私の頭の中に雅弘との思い出が駆け巡り自然と涙が零れ落ちた。
私は聡に気付かれないように、トイレに駆け込んだ。
トイレの水を流しながら声を殺して泣いた。
雅弘に会いたい・・・・。
会いたい・・・・。
でももう二度と会えない・・・。
会えない・・・・。




