◆61.沙希の心遣い
母との食事を終え、マンションに戻ると、既に3時になっていた。
「ちょっと、待ってて。私、優生迎えに行くから」
そう言う私に母は
「わたしが行こうか?優生の顔早く見たいしね」
そう言って笑った。
「じゃあ、お願いしちゃおうかな」
「そんなんいいから、あんたは洗濯でも畳んでなさい」
母はそう言って部屋を出た。
ずっと一人っ子だった私は、兄弟が欲しくてたまらなかった。
いくつくらいの時だろう。
母に言ったことがある。
「ねえ、どうして私には兄弟がいないの?」
母は私に背中を向けて
「ごめんね・・・」
そう言って、小さく背中を震わせていた。
そのときの光景がなぜか私の頭の中に浮かんできた。
私も母と同じ思いをしてきた。
そして、私を宝物のように大切に育ててくれた。
一人で一生懸命に私に愛を注いでくれた。
私は小さなお腹に手を当てて
「みんな待ってるからね」
そう言って、まだ見ぬわが子を愛しく思った。
私は洗濯物を畳み終え、鞄の奥に仕舞ってあった携帯を取り出した。
携帯を開くと『メール受信1通』のと大きく表示され、私の心を壊してしまいそうになる。
”心配してたよ。メールありがとう。今日もいつもの場所で待ってます。君に早く会いたい。僕の頭の中は君でいっぱいです・・・。おかしいよね。でも、君を心の底から愛してる”
私は何も言葉が見つからなかった。
雅弘の温もりが、今になって私の肌に蘇ってくるような気がして怖くなる。
私は、必死でその温もりの中をもがくように、自分の決めた答えを確認していた。
暫くすると、部屋の外から賑やかな笑い声と可愛い足音が聞こえてくる。
「ただいまぁ!!」
優生の声が心地よく響いた。
「おかえり。寒かったでしょ?」
私は慌てて玄関に向かう。
そこには、沙希の姿も一緒にあった。
「じゃーん!!」
沙希はにっこり笑って、私にウインクをした。
「そこでばったり沙希ちゃんに会ってね。そしたら、今日は玲香とお別れ会があるっていうじゃないの」
沙希は母の言葉にまた笑い
「一人じゃ心配だから、迎えに来ちゃった」
そういってペロリと舌を出した。
「そういうことは早く行ってもらわんとね!!」
母は少し強い口調で私に言った。
「ごめんね。忘れてた」
私は母の顔を正面から見ることができなかった。
「お母さん、玲香ちゃんの体のことを考えて、ちょっと早めに出たいと思うんですが、いいですか?」
沙希はそういうと母の返事を待っていた。
「そうやね。外は寒いし、気をつけて行ってきてよ。沙希ちゃんもお願いね」
「了解しました!!」
沙希は敬礼のポーズをとって母に軽くお辞儀をした。
「あんたたち、なんだか姉妹みたいで可愛いね。どっちかというと、沙希ちゃんのほうがお姉ちゃん見たいやけどね」
沙希と母は二人で顔を見合わせて笑っていた。
私は沙希の心遣いが嬉しかった。
私は沙希に促されるように、着替えを済ませて表に出た。
母への後ろめたさが、外の寒さと共に私の胸に突き刺さっていた。




