◆60.母の笑顔
お店を後にした私は、母の待つ東京駅へと向かっていた。
妊娠したことを話したら、母は何と言うのだろう。
母にも告げることのできない真実を、そっと胸の奥に仕舞い込み、私は駅へと降り立った。
「玲香!!こっちやよ」
母は手を振って私のほうに歩いてきた。
「遅かったね。こんかと思ったよ」
母の体は、分厚いコートにに包まれ、額からは汗が流れていた。
「お母さん、ちょっと着すぎじゃないの?」
「そうやね。金沢は雪がひどくて、寒かったからね」
母は、鞄からハンカチを取り出して、額の汗を拭いていた。
「ねえ、ご飯食べてからウチにいこう?」
「そうやね」
母の笑顔に何もかもが救われたような気がして、嬉しくなった。
私と母はすぐ側のレストランに入り、食事をした。
「玲香、話しあるってなに?」
母は、急かすように私を見てからそういった。
「あのね、私赤ちゃんできたから、金沢に戻ろうかと思う」
母は目を丸くして驚いたかと思うと、急に手にしていたハンカチで目を覆った。
「そう。よかったね。心配して損したね」
母はハンカチで目を覆ったまま笑っていた。
「それで、本当なら聡と一緒にいたほうが、優生のためにもいいと思ったんだけどね。」
「金沢に戻るって?」
母はようやくハンカチをとって私を見た。
「うん。4月から聡の仕事も忙しくなって、金沢と東京の往復になるらしいの。心配だから、お母さんのところに居させて貰った方がいいんじゃないかって、聡も言うの」
「そう。そのほうがいいかもしれんね」
母はそう言うとにっこり笑い
「聡さんも、気がついてくれたみたいで、本当によかったね。あとは玲香が元気な赤ちゃん産むだけね」
母は本当に嬉しそうだった。
私は母の喜ぶ姿を見ながら、心の中で何度も謝った。
(お母さんごめんなさい。でも、こうすることを選んだのは私です。どうか、わかってください)
私は母に悟られないように、必死で笑顔を作っていた。




