◆59.東京の妹
あのメールを送った後、私は明日起こるであろう状況を予想して、胸がきつく締め付けられた。
雅弘は私の決心を素直に受け止めてくれることはないだろう。
でも、もう決めたことだ。
雅弘とは明日以降は二度と会わない。
これは揺るぎない決心だと、私は自分自身に言い聞かせていた。
朝になり、母から連絡が入った。
「今日も、早めに行けそうだから、お店終わったら、みんなで買い物でもいかんけ?」
「今日はお店お休みだから、そっちに迎えに行くよ」
私の言葉に少し母は驚いた。
「何で、休んだの?ちゃんと責任もって仕事せんと、ダメやからね」
母はそういって私を嗜めた。
「違うの。ちゃんと理由があって・・・・。迎えに行ったときにちゃんと話すから」
母は少し納得がいかないようだったが
「じゃあ、10時にはそっちに着けるからね。いいね?」
そういって電話を切った。
私は洗濯物を干しながら、東京に出ててからの10ヶ月を思い出していた。
お店での楽しかった毎日。
聡の態度に怯えて泣いた日々。
病院での退屈だった毎日
そして、雅弘と愛し合った日々・・・。
どれもが頭の中を巡るように浮かんでは消えていく。
そして私は、東京での思い出と、新しい命を抱え、金沢に戻る。
これからは静かに年を重ねていこう。
私は自分の中の決意が変わらないうちに、お店へと足を運んだ。
お店の中では、店長と沙希が忙しげに動いていた。
なんだか声がかけ辛くて、窓越しに二人を眺めていた。
あの日、初めてここを通りかかったときも、こうして、お店の窓を覗いていた。
そして、私を必要としてくれた。
本当に嬉しかった、あの時の想いが、ふと蘇ってくる。
「玲香ちゃん!!もう大丈夫なの?」
沙希が私に気付いて、ドアを開けて私を呼んだ。
「ありがとう。ごめんね忙しいのに休んじゃって・・・。」
「いいの、いいの」
沙希はそう言うと、店長を呼びに奥へと入っていった。
店長と沙希、二人の間に立ち、私は、自らの決意を伝えた。
「忙しいのに、申し訳ないんですが、急遽金沢に帰ることになりました。お店のほうも今日までで・・・・。ごめんなさい」
店長と沙希は二人で顔を見合わせていた。
「玲香ちゃん、どうしたの?」
沙希は私の肩を掴んで揺さぶりながらそういった。
「あのね、赤ちゃんができたの。だから、金沢に戻って母のところで暮らそうと思って」
店長はその言葉に
「よかったね。おめでとう!!」
そう言ってから
「そういうことじゃ、仕方がないね。ウチも玲香ちゃんがいてくれて本当に助かってたから。本当は帰って欲しくないけど・・・。でも、またこっちに来たときは、お店のほう手伝ってもらうからね」
優しい言葉にそっと頷き
「本当に勝手なことばかり言ってごめんなさい」
私は店長に深く頭を下げた。
「いいよ。でも、沙希ちゃんが淋しがるよ」
そう言って沙希を見た。
沙希は黙っている。
「沙希ちゃん?ごめんね。沙希ちゃんに相談しようと思ってたんだけど、こんなことになっちゃんて」
「・・・うん・・・」
沙希はそう言うと、下を向いたまま、私の顔を見ようとはしなかった。
「金沢に戻る日に、もう一度、二人の顔を見に来てもいいですか?」
店長は私の言葉ににっこりわらい
「もちろん、いいに決まってるでしょう。待ってるからね」
そういって奥へと入っていった。
私と沙希との間には、言葉にできない距離ができていた。
「ねえ」
沙希が私の腕を掴んで、店の外へと連れ出した。
「旦那さんの子供なの?」
沙希は鋭い目で私を見てそういった。
「そうだよ。聡の子供なの」
私は平然としてそう答えた。
「玲香ちゃん、今幸せ?」
「うん。幸せだよ」
私は沙希に疑われまいと、さらりと言って見せた。
「それならいいの。でも、会えなくなるのは淋しいよ。五十嵐さんは知ってるの?」
沙希は思い出したように、そう言ってくる。
「今日、ちゃんと会って言おうと思ってる」
「そっか・・・」
沙希は遠くを見ていた。
「五十嵐さんのこと嫌いになっちゃったんじゃないんだよね?」
沙希の突然の質問に、自分を見失いそうになる。
「ウン、たぶん嫌いじゃないとおもう。でも、私は五十嵐さんじゃなく、家族を選ぶことにしたの」
「それが、玲香ちゃんの答えなら、何にも言わないから。応援するから」
沙希は私の手を握り、そう言ってくれた。
「今日は、五十嵐さんとちゃんと会えるの?」
「うん。また、沙希ちゃんに協力してもらうことになっちゃうけど、いい?」
私からの最後のわがまま。
沙希は快く引き受けてくれた。
東京の私の妹。
私のことを何度も励ましてくれた沙希。
一緒に悩んでくれた。
沙希の存在があったから、今の自分が強くいられる。
そう思うと、沙希に対する感謝の気持ちがあふれ出し、私は彼女の手を強く握り返していた。




