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◆5.きっかけ

東京に来て、気が付くと1週間が過ぎていた。


部屋の隅には、空になったダンボール箱が申し訳なさそうに、小さく積み上げられていた。


ただ、相変わらず聡とは話をする暇も無く、毎日をすれ違うようにして過ごしていた。


私は、慣れない東京での暮らしに不安を抱き、一人きりの時間を呆然と送った。


(しばらくすれば、聡の仕事も落ち着くだろう・・・)

(優生が来たらもっと賑やかで楽しくなるだろう)

そんな淡い期待を胸に抱きながら・・・。


部屋の片付けも終わり、何もすることが見つからなかった私は、優生の通う新しい幼稚園までの道のりを歩いてみることにした。


ここでの私の許容範囲といえば、家と幼稚園の往復。

そして、買い物くらいだろう・・・。


私は簡単に身支度をして、マンションのドアを開けた。


外に出ると、空気が冷たい。

(・・・やっぱりやめようか?)

億劫になる気持ちを切り替えるように、私はコートの襟を少し立て、正面を向いた。


大通りに出ると、人通りも増えていた。

行き交う人々は、何に急かされているのか、口を真一文字にし、ただ颯爽と風を切って歩いている。

そうかと思えば、横断歩道を待つ時間も惜しんで、愛を語り合う男女。

見ているこちらが恥ずかしくなるほど、指を絡め合い、体をべったりとくっ付け、目の行き場に困ってしまう。

私は、大きく深呼吸をしてから、辺りを見回し、これからの生活に必要なお店を探した。


近くには大きいとは言えないが、スーパーやコンビニもあり、困ることもなさそうだった。


私は、ふと、スーパーの隣にある小さなペットショップに視線が動いた。


小さなときから私の実家では犬を飼っていた。

だからだろうか・・・・。

生き物は蛇以外であればかわいいと思える。


ペットショップの窓越しには、小さな仔犬が何頭か並んでいるのが見える。

私は、その仔犬達に引き寄せられるようにお店のドアを開けた。


「いらっしゃいませ!!」

20代後半くらいの女性がにっこりと微笑んで私に声を掛けた。


「わんちゃんをお探しですか?」

突然すぎる接客に、私は思わず苦笑いして

「あっ。違うんです。窓越しにかわいい仔犬が見えたので、思わずお邪魔しちゃいました」

そう言って、その女性を見た。


「動物好きなんですか?」

「ええ。小さいときから犬を飼ってたので」

私の言葉に

「そうなんですか?あの・・・。ちょっと待っててください!!」

女性は慌ててそう言うと

「店長!!店長!!」

そう叫びながら、店の奥のほうへ駆け込んで行った。


店の奥からは、さっきの女性と一緒にピンクのエプロンをした男性が現れた。

「お待たせしました」

40歳くらいだろうか?

無精髭を生やし、少し強面の男性は、どこから見てもピンクのエプロンとは不釣合いな感じがした。

「動物好きなんですってね?」

男性は、ニコニコしながら私に問いかける。

「ええ。好きです」

私は咄嗟に答えた。

「あの。表の張り紙見てくれました?」

「張り紙?」

「ええ。今バイトの人を募集してて、なかなか見つからないんですよ」

「はぁ・・・」

私は訳が解らず、ただ話を合せるつもりで、軽く相槌を打った。


「お願いです!!ウチで働いてもらえませんか?」

店長という男性は、張り詰めた声でそう言うと、私に1枚の紙を渡した。

「条件はここに書いてあるとおりなんですが、可能な限り交渉もOKですから」

にっこりと笑いながら、私が手にした神を指差して言った。

そして

「お願いします」

と私に深く頭を下げた。


「そんなこと突然言われても。私・・・」

私はとんでもなく困った顔をしていたのだろう。

「ご迷惑なのは十分承知の上なんですが、何せウチも困ってまして・・・」

そう言うと、もう一度頭を下げた。


突然の出来事に私自身どうしていいのかわからなかった。

ただ、知っている人もいない東京で、優生のいない時間何をして過ごそうかと思っていたこともあったし、人のよさそうなこのお店の人たちに何かできないものかと思い始めていた。


「あの・・・・。主人と相談してみます。それでお返事するって言うのでもいいですか」

「ええ。構いません。できればいいお返事いただければ」

男性はそう言うと、又何度も頭を下げた。

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