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◆53.優しい気持ち

私は、雨に濡れていた。


さっきまでの、雅弘との記憶を洗い流してくれたなら、どんなにか楽になることができるだろう。


私はマンションに立ち寄り、傘を2本持つと、幼稚園へ向かった。


幼稚園では既に沢山の人が子供達の帰りを待っていた。


私は優生を連れ、マンションへの道を静かに歩いた。

「ママ、どうしたの?元気ないよ」

優生の言葉に、胸が熱くなる。

「ママ、またびょうきになったら、イヤだよ。ゆう、イヤだからね」

頬を丸く膨らませ、小さな瞳が私を見つめた。

「ごめんね。優生にまで心配かけちゃって」

「いいよ。ママだいすき」

優生はそう言うと、私の手を握って

「はやくおウチにはいろう」

小さな手の温もりが、私には痛みにしか感じることができなかった。



マンションに着くと、既に、沙希が傘を差して立っていた。

「玲香ちゃん、待ってたよ」

「さきちゃん!!」

沙希の姿を見て、優生は嬉しそうに駆け寄った。

「優生ちゃん、元気だった?後で遊ぼうね」

優生は静かに頷いて、部屋までの階段を上っていった。

「玲香ちゃん、そんなに濡れちゃって・・・。風邪引いちゃうよ」

こんなとき、私は沙希に甘えてしまいたくなる。


自然と頬を涙が伝った。


雨のせいにして、沙希に気付かれないように、そっと空を見上げた。


「玲香ちゃん、やっぱり、何かあったんでしょ?私がちゃんと聞いてあげるから」

少しお姉さんぶった沙希は、私の肩を部屋まで押して運んでくれた。


「早く着替えたほうがいいよ。風邪引くから」

「うん。ありがとう」

私は沙希に言われたとおり、寝室で一人、濡れた服を着替えた。

リビングからは、沙希と優生の楽しそうな声が聞こえてくる。


私は、溢れ出る涙をそっと拭って、リビングへと向かった。


「沙希ちゃん、お茶でも入れようか?」

「うん。じゃ、コーヒーもらおっかな?」

沙希の笑顔に癒され、私は平然を装い、キッチンに向かった。


「ねえ、私でよかったら、何でも聞くからね。ちゃんと話してよ」

沙希は私の後を追って、小さな声で囁いた。


部屋の中は、沙希と優生の笑い声と、コーヒーの香りで満たされていた。


「沙希ちゃん、コーヒー入ったよ」

「はーい」

私は、コーヒーをカップに移し、リビングに運んだ。

「しーっ」

沙希が指を指した先には、スースーと寝息を立てて眠る優生がいた。

「おもしろいね。今まで一緒に遊んでたのに、見てみたら寝ちゃってる」


私は、寝室から小さな毛布を持ってきて、そっと優生の上にかけてやった。


「可愛いね」

優生の寝顔を見つめていると、また涙がこぼれそうになった。

「ねえ、その後、五十嵐さんとはどうなっちゃったの?お店でも玲香ちゃんの様子が変だって、店長も心配してるんだよ」

私は、何から話していいのかわからなくなっていた。

「あのね。聡や優生のことを考えると、自分がすごく嫌になって・・・」

沙希はじっとして聞いてくれる。

「私は、五十嵐さんのことが好きなことに気が付いた時から、どこかで自分を汚い人間だと思っていたの」

「そんなことないでしょ?だって、人を好きになることなんて止められないでしょ!」

沙希は私の手を強く握った。

「でも、私は結婚してるんだよ。子供だっているんだよ」

「それは仕方がないよ。だって、好きなんでしょ?愛してるんでしょ?」

私はその言葉に返す言葉を見つけようとした。

でも、みつからなかった。

「愛してる。本当に愛してる」

雅弘への想いが膨らんで、破裂してしまいそうだ。

「でも、私達はお互いに家庭があるの。最初から分かっていたことなのに、聡と優生を裏切っていることに、押し潰されてしまうの」

沙希は私の言葉に

「じゃあ、五十嵐さんと別れちゃえばいいよ」

「ダメ、できない・・・」

私は雅弘と会えないと思うだけで、心が震えてしまう。

「別に、旦那さんと優生ちゃんを捨てるわけじゃないじゃない。五十嵐さんはどう言ってるの?」

「何も言わない。五十嵐さんにも守らなくちゃいけないものがあるから」

「じゃあ、玲香ちゃんの守るものはちゃんと守っていけばいいんだよ。それでも、五十嵐さんが好きなんでしょ?そうなんでしょ?」

沙希の手に力が入る。

「うん。好きだよ」

「きっと、悩んでいるのは玲香ちゃんだけじゃないと思う。五十嵐さんだって辛いと思う。でも、お互い好きだから、それを言わないだけなんじゃないかな?」

私は、沙希の言葉にハッとした。


そうだ。

雅弘だって私と同じように苦しんでいるのかもしれない。

でも、私にはそんなこと何も言わない。

雅弘と二人きりの時間は、いつも私だけを愛してくれている。

私は、それで十分なのだと自分に言い聞かせた。


「沙希ちゃん、なんだかわからないけど、少し気持ちが楽になった」

「ホントに?実は私も責任感じちゃってるんだ」

沙希の顔が一瞬だけ曇る。


「あの時、無理に玲香ちゃんの気持ちを聞いちゃったから、玲香ちゃんに気付かせちゃったから」

「いいの。私、五十嵐さんといるときは本当に幸せなんだよ。それで十分なんだってわかったから」

「よかった!!」

沙希はカップを持ちコーヒーを飲み干すと

「それでは、私これからデートに出かけます」

沙希はすっと立ち上がると、いつものように敬礼をして玄関に向かった。

「沙希ちゃん、いつもごめんね。感謝してるの」

「いいって・・・。玲香ちゃんの役に立てたらそれていいの」

私は黙って頷いた。


「彼とはどう?上手くいってる?」

沙希は顔全体が溶けそうなほどの笑顔で

「もちろん、順調です!!」

そう言うと、玄関に出て靴を履いた。


私には沙希の優しい気持ちが本当に嬉しかった。

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