◆52.ひとり
ホテルを出ると、大通りでは、沢山の人が行きかっている。
黙々と歩いている仕事中のサラリーマン。
楽しそうに友達と話している学生達。
そして、大切そうにベビーカーを押している女性・・・・。
行きかう人達を眺めながら、私はふと我に返る。
夢のような時間の後は、言いようのない喪失感と罪悪感に襲われる。
(そう、悪いのは私・・・)
私は自分を戒め、気持ちを切り替えようとする。
優生や聡の顔が浮かんでは消えていく。
切り替えようとすればするほど雅弘の温もりが私の記憶と肌に蘇り、どうすることもできなくなってしまう。
帰り道がわからなくなるほどに、私は色々なことを考えていた。
(この先、私はどうしたらいい?このままだと、自分自身を見失ってしまう)
雅弘との幸せな時間とは裏腹に、こうして一人でいる時間はひどく長く感じられた。
電車の窓を流れる景色は、見慣れた町に到着し、私は人の流れに身を任せるようにして駅を出た。
駅を出ると、真っ青だった秋の空が、灰色の雲に塗り替えられていた。
(雨が降るかもしれない)
私は雨が降り出す前に急いで優生を迎えに行こうと、幼稚園への道を歩いていた。
ブルルルル・・・・・
携帯が震えている。
(誰からだろう)
携帯を開くと、画面には沙希の名前が表示された。
「もしもし・・・・」
私はいつものように電話に出る。
「玲香ちゃん、どうしちゃったの?今日は体調悪いの?」
沙希の声が遠いところから聞こえてくるように感じた。
「ウン。大丈夫だよ。ごめんね、忙しいのに迷惑かけて」
私はそう言って、電話を切ろうとした。
「ちょっと待って。何かあったの?」
「何にもないよ。どうして?」
沙希は私の返事に安心したように
「だったらいいんだよ。でも、なんだか気になって電話しちゃった」
「いつも、ありがとうね」
沙希だけが私の気持ちを理解してくれる。
いつも沙希が側にいてくれて私の背中を後押ししてくれた。
その存在がとても嬉しかった。
「玲香ちゃん、今日は私もお店早めに切り上げちゃうから、そっち行ってもいい?」
「うん」
返事をして空を見上げると、沢山の小さな雨粒が私のほうに落ちてくるのが見えた。
「雨・・・」
私は雨を見ながら雅弘を思い出した。
(雅弘も同じ空の下で、この雨を見ているのかな?)
切なく、苦しい雅弘への気持ちが再び私を襲う。
「ねえ、玲香ちゃん。聞いてる?」
「・・・う・・ん・・」
私の気の抜けた返事に
「私すぐお店切り上げるから、待ってて」
沙希はそう言うと、すぐに電話を切った。




