◆45.聡の変化
あの日から1週間、聡は少し変わった。
ほんの少しだけだが、変わってくれた。
夕食のいらない日は電話をよこすようになった。
ただ、疲れているのだろう。
朝は機嫌が悪い。
「朝は笑顔で・・・・」
と言って約束してくれたが、仕事に出るのが億劫なのか、口数が少ない。
でも、それも仕方がない。
朝から夜まで働き詰めで、そんな余裕を持てというのが無理だろう。
私にだって分からない訳じゃない。
3人で並んで朝食をとりながら
「今日は、早く帰ってこれそうなんだ」
いつもよりも、柔らかい表情で聡が言った。
「優生、今日は幼稚園から帰ってきたら、パパと遊ぼうか?」
優生はコクリと頷き、目をキラキラさせながら聡の顔を眺めている。
「優生は3時には帰るんだろう?」
「そうね、うちに着くのは3時を過ぎるけど・・・」
「優生、帰ってきたら、散歩でもするか?遠いところはお休みが貰えてからだ」
「いいよ。ゆうがおしえてあげる」
優生は少し自慢気に、聡の方を見た。
「そうか。じゃあ、頼むな」
「はーい」
優生の明るい声が、朝の食卓に木魂した。
「じゃあ、いってきます」
私は、玄関で靴を履く聡の姿をじっと監察するように見ていた。
「玲香、お前今幸せか?」
突然の聡の質問に動揺する自分をひたすら隠そうと作り笑いをしてみる。
「今日はどうしたの?」
「お前は、こういう毎日が欲しかったんじゃないかって思ってさ」
私はこれまでの辛い日々を思い出し、今の柔らかくなった聡の表情が嬉しかった。
「そうだと思うよ。今日は朝が気持ちいいね」
「おぉ」
「それより、大丈夫なの?あんな約束して」
「おぉ」
聡はなんだか照れているようだった。
「明日から1週間ほど金沢に行くことになった」
突然言い出すから、私は目を丸くした。
「また、急にそういうことを言う」
私は少し頬を膨らませてみる。
「悪いな、昨日言おうと思ったんだけど、疲れてて」
「いいよ。明日なんでしょ?」
「おぉ」
聡の視線は柔らかく私に向けて注がれた。
「伊藤が、何かやらかしてくれたみたいだからな」
「大変だね」
「仕方ないだろ」
聡はそう言うと
「いってきます」
そういって、ドアを開けて出て行った。
私はリビングに戻り、窓から見える聡の姿が小さくなるまで見送った。
(前にも同じ様にこうして見ていたことがあったな・・・・)
でも、今はあの時の気持ちとは全く違う。
とても平穏な気持ちで見送ることができた。
私はふと、われに返り、自分の愚かさに気がつく。
そして雅弘と愛し合った時間を思い出す。
今の私にはどちらも大切で、失いたくない。
雅弘の優しさも、聡の優しさも天秤にかけることができない。
もちろんそれでいいのだ。
守るべきものがある二人が出会い、それを守りながら生きていく。
最初から分かっていた事・・・。
私は、無性に雅弘との繋がりを確認したくなって、慌てて寝室に行き、鞄の中からあの携帯を取り出した。
メールが来ている。
”玲香、今日は君を思いながら眠るよ。次会える日が待ち遠しい。おやすみ。ゆっくりやすんでね。雅弘”
私は急いで返信する。
”おはよう。今日もお天気がいいね。次会える日はまだはっきり決まらなくて、なるべく時間をとるようにします。私の都合でごめんなさい。玲香”
優生はリビングで朝の子供番組を見ていた。
「優生、ちょっと寒くなってきたね。明日から衣替えだね」
優生はテレビに釘付けだ。
「今日は、少し早めに幼稚園に行こうか?」
優生はさっと振り返り
「うん。いいよ」
そういって、テレビの電源を消した。




