◆43.改心
どの位の時間が経っただろうか。
私達は、テーブルに向かい合って、ただ座っている。
それは、どちらかが先に切り出すのかを待っているかのようだった。
沈黙の時間は私たちの口をさらに硬く塞いでいった。
「ねえ」
私は、勇気を持って声に出す。
「なに?」
聡の目はいつもより優しかった。
「私、金沢に帰るつもりはないから」
聡の表情が少し穏やかになった気がした。
「でも、お前や優生をかまってやることができるかどうか、分からんし・・・」
聡はそういうと、冷たくなった湯飲みに手を伸ばし、ずるずるとお茶をすすった。
「聡はどう思ってるの?私を金沢に戻せばいいと思ってる?」
私は聡の返事を待っていた。
彼の返事次第では、金沢に戻ろうと考えていた。
「俺は、玲香にここにいて欲しい」
聡は私に背を向けてそういった。
「お母さんが言いたいことはわかる。俺だって悪いと思う。でも、今は本当に一番大事な時期だし、その時期に一緒に乗り越えて行ければと思う」
聡の気持ちが嬉しかった。
「私、戻らないよ」
聡は背を向けたまま頷く。
「でも、今よりももっと忙しくなるかもしれん。そうなれば、お前にも負担がかかると思う」
「いいよ。それでもいい」
聡はまた頷いた。
「俺、気付かなかった。お前のことにかまう暇すらなくて、毎日ピリピリしてさ」
私は、聡が気付いてくれたことが嬉しかった。
「今日金沢から、伊藤がきた」
伊藤は聡の1つ後輩で、聡が金沢を抜けた後を任されているらしい。
「その伊藤が言ったんだ。---先輩、なんか切羽詰った顔して、忙しそうですね---ってさ」
「毎日、忙しくて余裕がないことはわかってたよ。だから、あんまり邪魔にならないように気を使ってたつもりだよ」
「そうだよな」
私は雅弘と過ごした甘い時間をふと思い出し、罪悪感に苛まれた。
「ねえ。忙しくても、少しだけ私たちのこと考えてくれれば、それでいいから」
「本当にそれでいいのか?」
聡の声のトーンが低い。
「いいよ。聡は私たちの為に頑張ってくれてるんでしょ?違う?」
「そうだけど・・・・」
「もういいでしょ。私は適当に力を抜いて聡をサポートするから、だから」
「おぉ」
私には、聡の心の中が少し変わった気がして、それだけで嬉しかった。
「もうシャワー入って。明日も早いんでしょう」
私は湯飲みをお盆に載せ、それを片付ける為に、席を立った。
「わかったよ。悪いな」
聡はすっと立ち上がると、バスルームへと消えていった。
こんな展開になるのなら、雅弘と出会わなければ良かった。
私は雅弘への気持ちと、聡への気持ちの中で身動きが取れなくなっていた。
片づけが済むと同じくらいに、聡はシャワーから出てきた。
「今日は、一緒に寝ないか?」
聡の表情が今朝とは違っていた。
「・・・・」
「嫌ならいいんだ」
「疲れてるんじゃないの?」
「ああ。今日はなんだか少し軽くなった」
「じゃあ、シャワーに入ってくるね」
私は、そう言うとバスルームに逃げ込んだ。
今日の雅弘の言葉がよみがえる。
「僕のシンデレラ」
そう。
私はシンデレラなのかもしれない。
雅弘との時間は魔法の時間。
今は灰かぶりの醜いシンデレラ。
(私はいつも平凡なシンデレラだったじゃない!!)
私は雅弘との魔法の時間を少し楽しんでいただけ。
何とか言い訳を考え、今日の雅弘との思い出をシャワーで洗い流したかった。
家族を裏切っているのはこの私なんだから・・・・。




