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◆42.父と母の決心

ホテルの時計は9時になろうとしていた。


私は慌てて身の回りを整える。


そして、何事もなかったかのように、部屋を出る。


「おやすみ、僕のシンデレラ」

部屋を出る前に、雅弘は私にこう言った。


どんなキザな言葉もさらりと言ってのける。

そんな雅弘の甘い言葉にいつも包まれていたらどんなに幸せだろう。


二人だけの甘い時間を振り返りながら、私は現実へと引き戻されていた。



家に戻ると、玄関には小さな優生の靴がちょこんと置いてある。

それを見ると、私は優生への罪悪感で押し潰されそうになる。

その隣には父の靴・母の靴・聡・・・・。


今日は聡の帰りが早かったみたいだ。


「ただいま」

普段通りでいられるように、深呼吸をして前に進む。


私の声に気付いたのか、どたばたとスリッパの音が近づいてきた。


「今まで何やってたんだ、優生をお母さん達に預けっぱなしで」

聡はすごい剣幕で私に今にも殴り掛かりそうだ。

「聡さん」

母は急ぎ足で出てきて、聡を宥める。


「ちょうどよかったわ。聡さんと、玲香に話があってきたから」

母はそういうと、キッチンのほうへと歩いていった。

「お茶でも入れるからね」

「私がするから」

私がキッチンに行こうとすると、父が

「お前はいい。こっちに来て座れや」

そう言って、聡の隣に座らせられた。


「わしがここに来たのには、言うまでもなく・・・・」

父は苦い顔で聡をにらみながら言った。

聡は父の顔を真正面から身動き一つせずにみている。

「玲香を金沢に戻したいと思って」

聡はその言葉を聞いて急に立ち上がった。

「お父さん。玲香は僕の妻なんですよ。どうして玲香の身の動きをお父さんが決めるんですか!!」

勢いづいた聡は顔を真っ赤にして、テーブルを叩いた。


母はちょうどお茶を持って後ろに立っていた。

「聡さん。あんた、変わってしまったんやね」

ため息をつきながらそれぞれの前に湯飲みを置く。

「俺は、一生懸命に朝から夜まで、家族の為に働いています。少しでも裕福な、幸せな生活ができればと、こんなに頑張っているのに、お父さん達はこんな仕打ちですか!!」

「優生が起きてしまうから、もう少し落ち着いて・・・」

母は聡の肩を叩いて、座布団を指さした。

「座って」

聡は納まらない怒りをどこにぶつけていいのか戸惑っているようだった。


それは私も同じだった。

父や母が心配してくれるのはありがたいと思う。

でも、これは私たち夫婦の問題だ。

親が首を突っ込む話でないことぐらい、両親だって分かっている筈なのに・・・。


「私ね、玲香と同じやったから。お父さんが一生懸命働いて、毎日毎日疲れて帰ってきて、見てると辛かったわ」

父は俯いていた。

「この人こんなに働いて、どうするつもなんやろうと思うほど、よく働いた」

私は幼かった自分の記憶をたどる。

「お金では苦労せんだよ。でもね、心がね。淋しかったわ」

母はそういうと、聡のほうを見た。

「玲香に同じ思いをさせるのは、親としては辛いがよ。幸せは、お金じゃないんやからね。一緒に過ごしてきた思い出とか、そんな些細なもんやからね」

聡は黙って聞いていた。

「聡さん、あんたも親でしょ?優生が同じようになってしまったら、不憫には思わんけ?」

聡の怒りが、何かに変わっていくように、スーッと崩れていく。

「だから、玲香を金沢に戻したいと思っとる。いいけ?」

聡は俯いたまま返事もしない。

「聡君には、仕事が大事で、今が一番の頑張り時や言うのは、わしにだって分かっとる」

父の声で、聡は肩を震わせた。

「お父さん、お母さん、気持ちは嬉しいけど、沢山迷惑かけてるけど、私たち二人でちゃんと話するから」

父と母はお互いに目を合わせ、何かを確認していた。


「でもね。こないだみたいに、急に入院って言うことになったら、どうするつもり?」

母は既に目が充血している。

「私だって若くない。お父さんだって。どちらかが病気になれば、こんな風に東京に出てくることもできんでしょう?」

私は少し小さくなった父と母の姿を見て悲しくなった。

「聡さんは仕事が一番なんやから・・・・」

母は声に詰まって、トイレのほうに走って向かう。

「わしが言えた義理じゃないことは分かるけど、娘を幸せにするって、こいつを嫁にもらうとき、聡君言うてくれたやろ?」

聡はそっと父を見てコクリと頷いた。

「それを守って欲しいだけや」

父はそう言うと席を立ち、母の元に向かった。


父も母も相当の覚悟で私を連れ戻す決心をしたに違いない。

二人の優しさが今日の私にはひどく胸に刺さり、何もかもを消してしまいたくなった。


私と聡は同じ部屋で、何も話さず、ただ秒針の音を聞いていた。


「それじゃあ、わしらは、ホテルに泊まることにしたから、もう行くわ。二人で、よく話し合ったらいい」

父とは母そういい残して玄関に向かった。


「お父さん」

私は二人のものとに駆け寄った。

「お父さんもお母さんも心配ばっかりかけて、ごめんね」

涙が溢れ、父の目にも涙が見えた。


私はこのとき初めて父の涙を見た。


「それじゃ、行くからね。ちゃんと話しなさい」

母はそう言うと、小さな靴を眺め

「優生をちゃんと守っていかんとダメやからね。わかるね。玲香が守るんじゃなくて、聡さんと二人で」

そういい残し、部屋を出た。

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