◆39.母と私
ホテルに向かって歩いていると、母から携帯が鳴った。
「今日は早くついてね。優生の好きなもので買っていこうかと思うんやけど」
母は、優生に会える喜びからか、声が弾んでいる。
「今日はやけに早いね。何かあった?」
母は、嬉しそうに
「実はね、今日はお父さんも一緒に来たんやよ」
思い返して見れば、父が母と一緒にこんなに遠いところに来ることなんてなかった。
育児に追われる母と、仕事を理由に家庭を顧みない父。
それに耐えていた母。
少し私に似ている。
「珍しいね、明日は雨かも?」
「そうやね」
母はくすくすと笑う。
「で、お父さんが、優生の好きなもの買ってやれって言うからね」
「いつもありがとう。でも、それは優生に直接聞いたほうがよくない?」
私の言葉に
「ホントやね。そうするね」
父は、電話の向こうで、聞き取れないような声で、ぼそぼそと何かを言っていた。
「玲香は、今仕事中やろ?」
私は母の言葉にハッとした。
「うん。そうやよ」
母は私の返事を待ってから
「じゃあ、優生の迎えに行ってあげるわ。それから、優生と買い物に行くわ」
「そうしてもらえると助かる。ホントにいつもありがとうね」
母へ申し訳ない気持ちが込み上げた。
「玲香は、今日も沙希ちゃんと息抜きしてらっしゃい。私はお父さんと、優生でご飯でも食べに行くから」
本当に嬉しそうだ。
「でもいいの?」
「今日だって聡さん遅いんやろ?」
母は心配そうにして私に聞く。
「ウン。最近は夕食もいらないって。うちに帰るのは寝る為だけかな」
私の返事を聞いて、母は不憫に思ったのだろう。
鼻をすする音だけが、聞こえてきた。
「何時に帰ってくるの?優生が寝てから帰っておいで。お父さんとあんたに話があるから」
「何の話?」
「それは後でね。じゃあ切るね」
母はそうい言うと、ぷつりと電話を切った。
お母さんごめんなさい。
私は、お母さんの様に強くないから。
お父さんをずっと待っていた、あのときのお母さんの背中が、見ていて苦しかったことを覚えてる。
お母さんは、沢山我慢してきたんだと、今あの背中を思い出してそう思う。
私はお母さんの様にはなれないよ。
聡を黙って待ち続けるなんて、できない。
五十嵐さんの優しさに支えてもらわないと、きっと壊れてしまうよ・・・・。
お母さんごめんね。
こんなに思ってくれているのに、お母さんまで裏切っている。
そんな自分が憎いよ。
でも、私はもう止められない。
母に対する気持ちが溢れそうになる。
でも、いつか母達のように聡と同じ時間を過ごすことができるようになるのだろうか?
笑顔で暮らせる日が来るのだろうか?
何もかもが不安で、苦しい。
(・・・お母さんごめんなさい)
私は母に対する罪悪感で押しつぶされそうになりながら、ホテルへの道を歩いていた。




