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◆38.裏切り

夏の暑さも和らぎ、9月も終わりを迎えようとしている。


家の中は、相変わらず悶々とした空気が流れ、優生もそれに気がついているのか、最近笑顔が少なくなっているような気がしていた。


今日は彼に会う日。


私達はあの日から、少なくとも2週間に1度は、同じ時間を過ごすようになっていた。


母は金沢から2週間に一度、東京に来てくれる。

そして、その日の夜は、沙希と出かけることを言い訳に、私は必ず彼に会う。


母はそんな私を快く送り出してくれる。


(・・・お母さんごめんなさい)


聡や優生だけでなく、母までも裏切っている。


罪悪感が膨らんでいく。


でも、彼への思いはそれよりも大きい。

今晩も、母を裏切り、彼に会うのだ。


彼に会うまではまだ半日以上もあると言うのに、私の頭の中は彼のことでいっぱいになる。


毎日、愛情の感じられない聡と同じ時間を過ごし、必死でよい妻を演じ疲れ果てる。

そんな私を、彼の愛情は癒してくれる。

彼に早く会いたくて、待ち遠しくて仕方がない。



私は優生の幼稚園の準備をして、並木道までの道のりを手をつないで歩いた。


「ママ、パパはどうしていつもおうちにいないの?」

突然、優生がそんなことを言い出した。

私は返事に困ってしまう。


「パパはね。お仕事に一生懸命だから。優生と、ママのために頑張ってるから」

きっとそうなのだろう。

聡は、そう思っているのだろう。


「ゆうね、パパのこときらい!!」

突然の優生の言葉にハッとする。

「どうして?」

「ママにやさしくないから」

優生は見抜いているのだ。

私たちの関係が冷え切ってしまっていることを・・・。

「そうだね、もうちょっとママに優しくしてくれてもいいかもね?」

私は、がんばって笑顔を作ってみせる。

「パパはおこってるの?」

優生の目が潤んでいる。

「違うと思うよ。お仕事沢山で、疲れてるんじゃないかな?」

「じゃ、おしごとなんてやめちゃえばいい!!」

優生はそう言うと、繋いでいた手を離し、幼稚園までの道を走り出す。

その後姿を見つめながら、守るべきものが、壊れてかけていることに私は改めで気が付いた。


色々なことを考えているうちに、私は並木道の前でふと立ち止まっっていた。


見渡す限り緑の葉が生い茂る。

この緑の葉も、冬が来る前には枯れ落ちる。

私と彼も、枯れ落ちていくのだろうか・・・・。

そう思うと、熱いものが込み上げてきて、じっとしていられなくなった。


鞄の中から慌てて携帯を取り出し、番号を押す。


(お願い。出て!!)


「はい」

優しく囁く声に、心が安らいだ。

「ごめんなさい。迷惑なのは分かってるの。でも、どうしても、声が聞きたくなって」

彼は驚きもせずに

「いいよ、嬉しいよ」

きっと笑っている。

「今日は、お店忙しいの?」

小さな声で、問いかける。

今はまだ家にいるんだろう。

奥さんに気付かれないように話しているのが伝わってくる。


「ごめんなさい、こんな時間に。私どうかしてた」

ただ、彼に謝り、電話を切ろうとした。


「お店、早退できない?」

「え?」

突然そんなことを言われて、少し戸惑う自分がいる。

「暇だったら、大丈夫だと思うけど・・・・」

「じゃ、もしできそうなら、来て」

彼はそう言うと、私の返事を待っているようだった。

「でも、行けるかどうかわからないから」

「いいよ、君が来るまでは仕事をして待ってるから」

今すぐにでも会いたい気持ちを抑え、私は電話を切った。



お店に着くと、店長が、いつものように、予約帳を確認していた。

「玲香ちゃん、おはよう。今日も暇暇ですね」

店長の言葉が背中を押した。

「すみません。私、今日早退していいですか?」

「どうしたの?」

店長が不安そうな顔をして覗き込んでくる。

「あの、主人の仕事で必要なものを準備しないといけなくなりました」

理由が見つからず、適当に答える。

「そうなの。いいよ。今日はちょうど暇ですから」

店長は少し疑いの目を向けたが、すぐに笑顔に戻った。


「それじゃあ、お掃除だけさせてください。後は、よろしくお願いします」

そういって、ほうきを手に持ち、掃除を始める。


「心ここにあらずだね」

突然沙希が、私の後ろに立ち、耳もとで呟いた。

「わかってるんだぞ。今日はおさぼりですかぁ?」

店長に聞こえないように、小さな声で言っているつもりなんだろう。

私は沙希の口を両手で覆って、店長がいる奥のほうを覗き込んだ。


店長は犬の世話をしていて、真剣そのものだった。


「玲香ちゃん、おさぼりはよくありませんよ」

沙希はニコニコしながら、私をからかう。

「沙希ちゃん、シーッ!」

私は人差し指を、沙希のおしゃべりな口に押し当てた。


「朝から仲いいですね」


気がつくと、店長が私たちを見て笑っていた。

聞かれていたのだろうか?


「何がシーッ!ですか?私も仲間に入れてください」

店長は様子を伺うように、そう言った。

沙希はさっと店長の近くまで行くと

「言ってもいいんですか?店長ショック受けますよ」

にんまりと笑う。

店長がこくっり頷くと、

「最近、店長の頭が薄くなってきてるねって話です」

舌をぺろりと出して、沙希は笑っている。

「そんなことを言っていたんですか。わかりますか?気付いてましたか?」

本当に悩んでいるようだった。


沙希は店長のあまりの落ち込みように、少し動揺していたが

「店長、悩みあるなら、なんでも相談乗りますよ」

そう言って、店長と一緒に奥に入っていった。


いつもなら、お店での些細な時間もとても楽しい時間なのだ。


でも、今日は違う・・・。


私は高鳴る胸の行動を必死で押さえ、一通りの掃除を済ませた。


「店長。沙希ちゃんよろしくお願いします」

私はそう言うと、早足でお店を後にした。



もう既に彼は待っていてくれているだろうか。

彼に会うまでに時間は本当に長く感じる。

そして彼に会ってからの時間は本当に短く、切ない。

私は1秒でも早く彼に会っ、何もかもを満たされたい・・・そんな衝動を抑え切れなかった。


そして、風を切るようにして、ホテルへと続く道を歩いていた。

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