◆35.そういう女
私は、何事もなかったかのようにスーパーに入り、買い物を始めた。
籠を持つ手が小刻みに震える。
私の彼への気持ちはこんなものだったのだ。
そう想うと、目の奥から熱いものが込み上げてくるのが分かった。
(こんなところで泣く訳には行かない)
私は誰にも気付かれないように、少し俯き加減で、籠を元の場所に戻し、店の外に出た。
絶対に泣く訳には行かない。
泣いてしまえば、あのメールを送った事を後悔してしまう。
私はもう一度、鞄の中から携帯を取り出し、彼から送られてきたメールを消去しようとした。
彼からのメールに縋ってばかりもいられない。
そうすることで、また彼を思い出してしまう。
震える手で、最初のメールを消す。
まとめて消してしまえば簡単なことだ。
でも、なぜかそれができない。
心の中を整理するように、また1通メールを消去する。
深呼吸をして、最後のメールを消そうとしたとき、見覚えのない番号から電話が入った。
私は、慌てて受信ボタンを押した。
「玲香ちゃん?」
それは彼からの電話だった。
私はこの電話に出てしまったことに、ひどく後悔した。
「はい。なんですか?」
さっきのメールで、すべてを清算したように、そっけない態度で返事をする。
「さっきのメール、本心じゃないよね?」
彼の声が少し震えていた。
「私、五十嵐さんが想っているような、そんな人間じゃないんです」
彼に投げつけるようにそんな言葉をぶつけた。
「玲香ちゃん・・・・。どうしてそんな風に自分を一人で責めるの」
彼に私の気持ちは見破られている。
それでもいい。
「責めてなんていません。私、やっぱり夫も、娘も大切なんです。五十嵐さんよりも」
心にもないことをさらりと言ってのける。
「そうなの?それが君の本心なの?」
彼は攻入るようにそう聞いた。
「そうです。私、あの日どうかしちゃってたんですね。夫婦喧嘩した後だったから、誰でもよかったのかもしれません」
そういう女だと思われてもよかった。
彼に嫌われたらどんなに楽になるだろう。
「会って、話できないの?」
「無理です。今日は会えません」
私は彼の言葉を突き放すように言ってのける。
「少しの時間でも作れないの?」
「無理です」
このまま心も離れてくれればいいと思った。
「無理でもいい。今そっちに戻ってるから、今夜7時に、この間のホテルでまってる」
「無理です。待ってもらっても困ります」
暫く沈黙の時間が流れた。
「何時でもいい。1分でもいい。まってる。君が来るまで」
彼はそう言って電話を切った。




