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◆30.彼への気持ち

居酒屋の店内では、私たちのようなライブ帰りの人たちが既に沢山入っていた。


金曜の夜ということもあり、大勢の人の熱気でクーラーも半分ほどしか効いていないようだ。


「玲香ちゃん、何飲む?」

「じゃあ、生中でもいこうか?」

「病み上がりなのに、大丈夫・・・だよね?・・・私も生中でいく!!」

そう言うと沙希は

「すみませーん」

と店員を呼び

「生中二つ、後、このコースでお願いします」

そう言うと私のほうを見て

「他に何か食べる?」

と聞いてきた。

私は、首を左右に振った。

こんな場面ではいつも沙希が先頭に立ちリードしてくれる。

私にはそれがとても楽で、沙希になんでも任せることができた。


暫くして、2つのジョッキが運ばれた。


「玲香ちゃん、乾杯しよう」

そう言うと、沙希はジョッキを私に手渡し、自分もジョッキを持ち上げた。

「かんぱーい」

カラスがぶつかる心地いい音が響き、冷えたビールが二人の喉を通り過ぎていった。

「おいしいね」

「そうだね」

たわいもない会話だが、昨日のことを忘れさせてくれるのには、これで十分だ。


「あのね、昨日のことなんだけど・・・」

沙希は意を決したような顔をして話し始める。

「玲香ちゃん、泣いてたよね」

「沙希ちゃんには全部お見通しだもんね」

そう言って笑って見せた。


お酒が入ると、言わなくともいいことまで言ってしまいそうになる。


「五十嵐さんのこと、旦那さんのこと、今日はとことん聞きますよぉ」

そういいながら、沙希は半分くらいまで減ったビールを、一気に飲み干した。


「沙希ちゃんって、お酒強いんだね」

沙希はにっこりと笑った。


「五十嵐さんのこと、どう思っているのか、まずはそこから聞いちゃおうかな?」

悪戯な目で私を見た先は、私の正面の席から、隣の席に移動してきた。

「あんまり大きな声でいえないでしょ?」

そう言って、彼女は私の顔のすぐ側に耳を近づけた。


「沙希ちゃん。あのね・・・」

私は、自分の気持ちを話しはじめる。


「五十嵐さんのこと、素敵だと思う。多分、好きになりかけてる。でもこれでいいのかな?私には優生もいるし、聡もいるし、五十嵐さんにだって・・・」


はっきりとしない私に沙希はイライラした様子で

「そうじゃなくて、今は優生ちゃんとか、旦那さんは抜きにして、玲香ちゃんの気持ちだよ」

そう言うと、店員を呼び

「生中追加ね」

少し強めの口調で言った。


私の気持ち・・・・・。

既に自分では気がついている。


「私は、五十嵐さんのこと、好きなんだと思う」

沙希はその言葉にそっと頷いて

「それでいいんだよ、玲香ちゃん」

私の手を取り、その上に彼女は自分の手を重ねた。

「応援するから。頑張って」

彼女の言葉は心強かった。


「でもね、私、別に五十嵐さんとどうこうなりたいってことじゃないの。ただ、今のまんまで十分なんだよ」

私の言葉にがっかりしたように、沙希は肩を落とす。


「そんなの可笑しいでしょ?好きな人が側にいるのに・・・・」

目を潤ませて近づけた。

「沙希ちゃん、学生のときとは状況が違うでしょ?私には守らなくちゃいけないものがある。五十嵐さんにも!!それに、これは私が勝手に思っているだけのことで・・・」


その言葉に沙希は

「私が協力するから。だから、その気持ち絶対大切にしてね」

そういって、正面の席に戻った。


その後は、何の話をするわけでもなく、たわいもない話をした。


お店の時計は11時になっていた。

「そろそろ帰ろうか」

私が行ったのと同時に沙希の携帯がなった。

沙希は携帯を確認すると、慌てて店の外に出て行った。


5分ぐらいが経っただろうか。


沙希は満面の笑みで席に戻ってきた。


「玲香ちゃん、これからわたくし、デートに行ってまいります」

そして軽く敬礼をした。

「昨日の彼?」

沙希は恥ずかしそうに頷いた。

「よかったね、頑張って」

そう励ますと、表情を少し曇らせ

「玲香ちゃん、一人で帰れる?」

私を心配そうに覗き込んだ。


「一応、私のほうが沙希ちゃんよりもお姉さんなんだから、心配ご無用です」

それを聞いて安心したのか、沙希は鞄に携帯を入れ、店を出る準備を始めた。

私もそれに続く。


私が鞄中の携帯を確認しようとした時

「ない・・・・」

携帯がない!!


ガサゴソと鞄の中をあさるが、携帯は出てこない。


私の様子を見ていた沙希は

「どうしたの?」

心配そうに側に来た。


「携帯、ないんだけど・・・・。どこかで落としちゃったかな?」

聡から連絡があったかもしれない。


そして、私には大切なメールがあの携帯に入っている。


「どうしよう」

不安顔をした私に

「とにかく、ここを出て考えよう」

沙希はそういって会計を済ませた。



店の自動ドアが開き、生ぬるい風が私たちの横を通過した。


「そうだ、玲香ちゃんの携帯にかけてみる」

そう言って、沙希は自分の携帯を取り出した。


「呼び出しはするけど、出ないね」

ため息をつく私を見て

「最後に携帯見たのいつ?」

優しく宥めるように私に問いかける。


「確か、会場で・・・」

今日の自分の行動をもう一度、ゆっくりと思い出す。

「私、会場に行って来るね。沙希ちゃんはもう行って」

私はそういい残して、会場への道を駆け出した。


「玲香ちゃーん、私ここで待ってるからぁ!!」

沙希はそう言うと大きく手を振った。


会場は既に片づけが済み、数人がいるだけだった。


「すみません。ここに携帯忘れてませんでした?」

すれ違い様に、一人のスタッフに聞いてみる。

「携帯ですか?聞いてないけど、ちょっと待ってください」

そういうとそのスタッフは、奥にいた人に聞いてくれているようだった。


暫くして

「やっぱり、無いって」

そう言って申し訳ない顔をした。


「そうですが・・・・。ありがとうございました」

私はその言葉だけを残して、会場を出た。



会場を出ると、そこには沙希が待っていた。


「沙希ちゃん、もう行かないと」

私の顔を見るなり

「携帯拾ったって人から電話あったよ」

といってにっこり笑った。

「ほんとに?」

「うん、この先のホテルにいるから、取りに行こう」

沙希はすぐ先に見えるホテルを指さし、私の手を引いて前に進もうとした。


「沙希ちゃんはダメ。早く行かないと・・・。私一人で大丈夫だから!!」

そう言うと、沙希は少し迷ったような顔をしたが

「じゃあ、これ」

小さなメモ用紙を差し出した。


-エスペラントホテル 3001 アイダ−


小さな文字でそう書かれていた。


「ホテルに着いたら、フロントに言えばわかるって」

「ありがとう」

私は沙希の背中をそっと押し、早く行くように促した。


会場からホテルまでは、歩いて5分もかからなかった。


私はフロントに行き、沙希から渡された小さなメモを見せる。

「こちらにいらっしゃっる、アイダさんに連絡を入れていただきたいのですが」

そう言うと、

「伺っております。30階の一番奥の部屋になります」

と言って、フロントクラークは静かに頭を下げた。

「はい・・・・」


私はフロントに言われたとおり、エレベーターの乗り込み30階のボタンを押した。


エレベーターが私を30回まで運ぶ。

1階上に上がるたびに不安が増していく。


(変な人だったらどうしよう)


そう思ううちにエレベーターのドアが開き、私は30回のフロアに降りた。


3001・・・・


3001号室を探す。


フロアの一番奥にその部屋はあった。


他の部屋のドアとは少し違う、大きなドアだ。


(この部屋から、どんな人が出てくるのだろう?)


不安に駆られながらも、私はドアをノックした。

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