◆29.ライブ
仕事も終わり、私は、会場までの道のりを沙希と一緒に歩いていた。
「玲香ちゃんのこれ、可愛い」
沙希は胸元のペンダントを指さした。
「センスいいなぁ。玲香ちゃんのイメージにぴったり」
そう言うと
「これ、どこに売ってたの?」
目を輝かせて聞いてくる。
「これは・・・・」
「うん」
沙希は胸元をじっと見たまま私の答えを待っていた。
「自分で買ったんじゃないから、わかんない。ごめんね」
そう言うと
「誰からもらったの?もしかして旦那さんから?」
「秘密」
私の返事に少し頬を膨らまして
「玲香ちゃんの意地悪」
と言った沙希は、暫く空を見上げてから
「もしかして、五十嵐さんから?」
私は黙って頷いた。
「いいな。すごく可愛いもん。それに玲香ちゃんにぴったり」
沙希はニヤニヤと笑いながら、私の右手を掴み
「早く会いに行こう」
私を引っ張って、小走りで駆け出す。
「そんなに急がなくっても、まだ時間大丈夫だよ」
私の言葉が耳に入ってこないかのように、沙希はどんどん進もうとする。
「玲香ちゃん、早く会いたいでしょ?」
彼女には私の気持ちが隠せない。
「わかったから」
私はそう言って、沙希のスピードに合わせて前に進んだ。
山手線を降りると、既にそこには沢山の人だかりができていた。
「こんなに沢山来てるね」
そう言って、列の後ろに並ぶ。
「玲香ちゃん、チケットは?」
沙希に催促され、チケットを取り出す。
「これ、すごいいい席じゃない?こんな席て見たことないかも?」
そういわれて、チケットを見る。
【1−B−25】【1−B−26】
「もしかしたら、少し前で見れるかもね」
「ウン。楽しみだね」
そう言いながら、人の流れに促されるように、会場の中に入った。
「玲香ちゃん、ここだよ」
沙希は早足で中に入り、席を探していた。
大きく手を振る沙希は子供のようで可愛い。
私たちの席は、前から2列目の中央に用意されていた。
「こんないい席のチケットもらえるなんて、玲香ちゃんに感謝です」
沙希は半分茶化すように、私に向かってお辞儀をして見せた。
開演まであとわずか。
ゆっくりと暗くなっていく会場の照明を見上げながら、彼への想いを膨らませている自分がいた。
「本日は・・・・・」
開演のアナウンスが響く。
会場内の雰囲気ががらりと変わり、波が通りすぎたように一瞬だけ静かになった。
そして、ドラムの音がなったと同時に歓声が沸き起こる。
ステージの左側からメンバーの4人が現れた。
4人は自らの定位置につき、深く一礼をしてドラムに合わせて演奏を始めた。
「玲香ちゃん、最高!!すごいね」
「そうだね」
私は沙希の耳元で、大声を出してこう言った。
私の目は彼だけを追っていた。
彼以外のものは私には見えなかった。
何曲かが終わり、少し静かになった会場で彼はマイクを手に取り話し始めた。
「皆さんは、大切な人とかいますか?」
彼の問いかけに会場中の人たちが歓声を上げる。
「僕にもいます」
キャーと言う悲鳴にも似た声がこだまする。
「カノンちゃんっていうんだけど・・・・」
最前列にいた女性が
「ダメー」
と叫ぶ。
「なんで?いけない?」
そう言うと、彼は少し困った顔をして
「とってもいい子で、今僕はその子の虜になっています」
ざわざわと会場中の空気が乱れ出す。
私と沙希は顔を見合わせて、笑った。
「カノンちゃんが僕のことをどう思っているのかって考えるだけで、不安になります」
彼はそう言うとため息をついてから、会場を見回した。
「おいおい・・・・」
すかさずベースの北澤 誠が中に入る。
「問題発言じゃないの?」
「どうして?最近飼いはじめた犬の話なんだけど」
その言葉で会場中の空気ががらりと変わった。
泣きそうになっていた女性も、今では笑っている。
彼の魔法にかけられたように・・・・。
「トイプードルなんだけど、僕がうちに帰ると尻尾が取れそうになるほどフリフリして、玄関まで迎えに来てくれるから」
「から?」
また北澤が会話に参加する。
「こんな人間の女の子がいたらいいなぁって思います」
どこからともなく悲鳴が混ざった歓声が上がる。
「犬と人間を一緒にしない」
北澤は彼にそう言うと
「彼は犬馬鹿です」
そういって彼に指を刺した。
「でも、家のカノンちゃんはなんでも一生懸命なところが可愛くて、僕がオス犬なら、間違いなく彼女にします」
「犬になるのか?」
北澤が呆れた顔で彼を見た。
「人も犬も同じ。今を一生懸命に頑張っている人を見ていると素敵だと思います」
にっこりと笑い
「今日の皆さんもとっても素敵だよ!!」
彼のその言葉を合図にして、キーボードから切ないメロディーを奏ではじめた。
−Love Letter−
この思いが遠く離れている
かけがえのない君に届きますように
共に同じ時間を過ごしながら
君の悲しみも喜びも
一緒に感じあえる
そういう風になれるかな
わがまま言ったり
喧嘩をしたり
共に過ごす時間の全ての中から
些細なことを生きがいにして
君と一緒に生きてゆきたい
愛してると何回言っても
言い足りないくらい
四六時中
君のこといつも思うよ
そうこれは君へのラブレター・・・・・・
「君への・・・・」
と歌いながら、彼は人差し指をぐるぐる回しながら、こちらに向かって指さした。
会場中にこだまする歓声。
私は一瞬彼と目が合ったような・・・・気がした。
気がしただけだ。
(私ってなんて馬鹿なんだろう。彼が私に気がつくはずがない!!)
彼の姿をこうして見ているだけで、嫌なことも忘れ、満ち足りた気持ちになれた。
幸せな時間はあっという間に過ぎて行き、気がつくと開演から2時間以上が過ぎていた。
「今日は皆さんに会えて本当に嬉しかったです」
彼はステージの上を忙しく駆けながら、丁寧にお辞儀をして回る。
「皆さん、気をつけて帰ってね」
大きく手を振り、ステージの裏へと戻っていく。
私は、彼の姿が見えなくなるまで黙ってステージを眺めていた。
閉演のアナウンスが流れ、私は沙希と共に会場を出た。
「玲香ちゃん、よかったよね?」
「そうだね、楽しかったね」
沙希は私の返事を待ってから、
「玲香ちゃん、今日は遅くなってもいいの?」
「大丈夫だよ。今日は聡が出張だし、どこか寄っていく?」
私の言葉を待っていたかのように
「うん。じゃ、ご飯食べよう」
「はーい」
そういって私達はすぐ側で見つけた居酒屋に入った。




