◆2.娘
優生のお気に入りの『鳩時計』が軽快に鳴り響き、時刻が3時になったことを知らせた。
(・・・優生を迎えにいかなくちゃ!!)
私は、テーブルの上にあった、財布と携帯を鞄の中に押し込むと、慌てて外に出た。
そそくさと車に乗り込み、キーを回し、エンジンをかける。
いつもの通いなれた道・・・。
見慣れた場所がなんだか懐かしく感じて
(いつ戻ってこれるんだろう・・・)
そう思うと、私の口からは自然と小さな溜息がこぼれていた。
幼稚園の園舎前では、優生が同じクラスの子供達と一緒に並んで、迎えが来るのを待っていた。
「すみません。遅くなりまして・・・」
私はそう言いながら、先生の所まで駆け込んだ。
私の姿を見つけた優生は、にっこりと微笑み、手を振りながら、列の前にやってきた。
優生は先生と『さようなら』の挨拶をして、私の元に手を振りながら掛けてきた。
「ただいま」
そう言うと、優生はギュッと私の手を掴む。
「おかえり!!今日も幼稚園楽しかった?」
「うん。きょうね、まいちゃんと、ななこちゃんと、ゆめちゃんとあそんだよ」
「そっかぁ・・・。楽しかったね」
優生は私の言葉に頷くと、今日の幼稚園での出来事を楽しそうに話して聞かせてくれる。
入園してもうすぐ1年。
ようやく幼稚園にも慣れ、友達もできた頃だというのに、さっきの転勤話しをしたら、優生は何というだろう。
理解ができるのだろうか?
そんなことを思いながら、自分の気持ちを整理するように、私は優生に東京行きの話をした。
聡の仕事の都合で、今とは違う幼稚園に通うこと・・・。
今のお家ではなく新しいお家で暮らすこと・・・。
優生は『イヤだ』と泣いて暴れるだろう。
そうなったら、何と宥めて聞かせよう?
私の頭の中は、破裂寸前の風船のように、モヤモヤした気持ちで一杯に膨らんでいた。
ところが、優生の返事は、私の予想とは大きく反していた。
「あたらしいおうちなの?」
キョトンとした顔でそう言った。
「そうだよ」
私の答えに、優生の目がキラキラと輝いた。
「いいよ」
そう言うと、優生はつないだ手を解き、車の助手席のドアへと向かって駆け出した。




