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◆23.まっすぐな気持ち

ジリジリと照りつける太陽が、乾燥した東京の夏の厳しさを知らせている。


「今日も暑いなぁ・・・」

お店に復帰してから1週間。

仕事もなんとかこなせるようになり、体調もずいぶんいい。


「玲香ちゃん、今週の金曜日はOK?」

沙希は、私に駆け寄ってきて、週末の予定を確認した。


「うん。OKだよ。木曜日に母が優生を迎えに来るから。私は子持ちではなくなります」

店長は私たちの会話を、横で聞きながら大声で笑った。


「玲香ちゃんにあんなに大きな子がいるとは思えないですよ」

「店長、調子いいですね。何にも出ませんよ」

私の言葉を聞いて、店長はぺこりと頭を下げて奥へと戻っていった。


お店にいる時間は、本当に楽しく、あっという間に時間が過ぎてしまう。

もちろん、優生といる時間も私には大切でかけがえのない時間だ。

ただ、重い空気の漂う朝のマンションは私には窮屈な場所でしかなかった。



木曜日。

今日から夏休みに入り、優生は金沢へ行くことになった。


と言うのも、先週から毎日のように実家の父から電話があり、優生をこっちに連れて来いと催促されていたからだ。


父には、初孫の優生が可愛くて仕方がないのだ。

優生も、私の両親にはとてもよく懐いていて、金沢で夏休みを過ごすことを望んでいた。


夏休み初日で、優生が家に居ることもあって、今日はお店にお休みをもらい、東京駅に迎えに来た母と3人でお昼を食べ、私は列車を見送った。


そして、一人になった帰り道を黙って黙々と歩いていた。


私は。、携帯を取り出し、時間を確認した。

時間は既に6時になっていた。

「沙希ちゃんでも誘おうかな?」


一人になった寂しさを埋めてしまいたくなって、沙希にメールを送った。


”お疲れです。もう終わり?今日時間あったら、一緒にご飯でもどう?”


返事はすぐに帰ってきた。


”OK!!今どこにいるの?”


私も直ぐに返信した。


”今駅についたところだよ”


そう入力して、送信ボタンを押したとき、私の肩に誰かの手が乗っかった。


「みぃつけた!!」

「沙希ちゃん、今日は早いんだね」

私の驚いた顔を見て、沙希は悪戯っ子のような怪しい笑みを見せた。


「お腹すいたぁ。ご飯たべよう」

沙希は私の手を引いて、小さなお店の前で止まった。

「ここのパスタ、すっごくおいしいから」

そう言うと、お店の中に入った。


店内は、センス良くアンティークな家具が置かれている。

時間帯がまだ早いからか、客はまばらだった。


「玲香ちゃん。ここ!!」

そう言って、沙希は私を窓際のテーブルに誘った。


「わたしね。玲香ちゃんに渡さなくちゃいけないものがあって」

沙希はそう言うと、鞄の中をぐちゃぐちゃと漁り始めた。

「それから、相談があって。玲香ちゃん聞いてくれる?」

私は沙希を見ながら黙って頷いた。


よく考えてみれば、あの時病院で彼のことを聞かれ、私と彼女との距離はとても近いものになった。


沙希は私をお姉ちゃんみたいだと慕ってくれた。

でも私から相談するのが殆んどで、沙希はいつも聞き役だった。

どちらかと言えば、私が妹で、先が姉といった関係だったような気がしていた。

そんな先から相談事があると言われて、私は嬉しくて仕方がなかった。


「あのね、好きな人ができたんだけど」

突然すぎる内容で、驚いた私の反応を楽しむように沙希は笑った。

「好きな人?」

私が声を張り上げると、沙希は人差し指を私の口の前に持ってきて

「しぃーっ」

と言ってから、店の中を見回した。

「ここで働いてる人?」

まるで学生の頃ような、純粋な沙希の瞳が可愛く思えた。

「どの人?今いるの?」

私が言うと

「多分、今来ると思う」

そう言うと、下を向いて動かなくなった。


「いらっしゃいませ」

甘い声でウェイターは私たちに会釈をした。

スラリと伸びた手が、テーブルの上にそっとグラスを載せる。

「今日のお勧めは、渡り蟹のクリームパスタと、水菜のオリジナルサラダです」

そう言うと、彼の視線を沙希のほうに向けられた。

「いつもありがとうございます」

きっと沙希は、何に対しても真っ直ぐなのだろう。

彼を好きになってから足繁くこのお店に通っていたんだろう。

私は、そんな彼女が愛しくなり、なんとかしてあげたいと思い始めていた。


「お勧めでお願いします。2つ」

沙希はそう言うと、少し赤くなった頬を隠すように俯いた。

「わかりました。暫くお待ちくださいね」

そう言って、彼は私たちのテーブルから離れていった。


「かっこいいね。好青年って感じだね」

私が言うと

「うん。すごくさわやかなんだけど、きっと年下なんだよ」

「年下っぽいね。でも年は関係ないでしょ?」

沙希は私の顔を確認してから、ゆっくりと頷いた。

「今はまだ、お店の人とお客の関係なの?」

私は、すかさず沙希に聞いた。

「そう・・・」

恋する乙女とう言葉が今の沙希にはぴったりだ。

「あんなかっこいい人、いつ見つけたの?」

「玲香ちゃんの病院に行った帰りに、お腹がすいて、初めてここに入って」

そういうと少し戻っていた頬の色が、また赤くなっていく。

「沙希ちゃん。アタックしないと」

「でも、今まで自分から告白して振られたことしかないの」

そう言って、泣きそうな顔をする。

「でも、彼氏はいたんでしょ?」

「いたよ。いつも告白して振られてばっかりだったから、向こうから言ってきた人としか付き合ったことないの」

そう言うと、また俯く。

「当たって砕けろだよ。沙希ちゃん、頑張れ」

「でも・・・」

そう言うと、黙り込んでしまった。

「沙希ちゃん?」

私の言葉に顔を上げ

「玲香ちゃんにお願いがあるの」

真剣な眼差しが痛い。

「なに?聞くから」

「あのね、彼に今彼女がいるのか、それだけが知りたいの」

「それだけでいいの?」

「うん。後は自分でちゃんと伝えるから」

「わかった」

学生の頃に戻ったような、懐かしさと胸の震えを感じた。

「力になってあげようじゃない。大事な妹の頼みだもんね」

私は大きく胸を叩いて沙希にの不安を軽くしようと見せた。


暫くすると、あのウェイターが料理を持ってテーブルに向かってきた。

「パスタになります」

そう言って、ゆっくりとお皿をテーブルに置いた。


今がチャンスだ!!


「あの・・・」

「いいお店ですね」

「ありがとうございます」

と深く頭を下げた。


何を言っているのだろう。

肝心なことを聞かなくては。


「店員さんの雰囲気もいいし、素敵ですね」

そう言うと、白い歯を見せてそのウェイターはにっこりとした。

「あなたみたいな素敵な人だったら、彼女とかいるんでしょ?」

なんだかおばさんみたいだ。

「え?今いないんですよ」

「そうなの、ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」

「えっ。いいんですよ。もしいい人がいたらよろしくお願いします」

そう言って、ウェイターは戻っていった。


私は慌てて、沙希の方を見た。


「こんなんでよかったかな?おばさんみたいじゃなかった?」

そう言うと、

「玲香ちゃんありがとう。私頑張る」

そういって目の前のパスタをほおばりだした。


沙希は本当に素直で真っ直ぐなだ。

私は自分にはないものを持っている沙希が眩しくて仕方がなかった。


パスタも終わり、彼女はふと思い出したように、鞄を取り出し、中から何かを取り出そうとしていた。

「玲香ちゃん。明日のお祝いパーティーなんだけど、五十嵐さん来れないって」

「・・・・。」

沙希の言葉にただ驚いていた。


「沙希ちゃん、まさか五十嵐さんに何か言ったの?」

私は少し怖い顔をしていたのだろうか。

「玲香ちゃん怒ってるの?私何にも言ってないから安心して」

そう言うと、鞄の中から封筒を取り出して、私の前に差し出した。

「五十嵐さん、本当は行きたいって言ってたんだけど、今ライブ中なんだって。それで、明日は東京の公演だから、これ」

「これって?」

「チケット」

彼女はそう言って私の目を見た。

「2枚入ってるって。玲香ちゃんと一緒に来てねって言われちゃった」

「でも、明日は店長と沙希ちゃんとでお店でお祝いをしてくれるんじゃ?」

「店長には延期ってことで、話はつけてあるから」

そう言うと私たちは顔を見合わせて笑った。


今日の夕食は私のおごりと言うことになり、

私は会計をしに、レジへ向かった。


さっきのウェイターが慌ててレジにやってきた。

「おいしかったです。お店は何時から何時までですか?」

「11時から23時までです。またお越しください」

そう言ってゆっくりとお辞儀をした。

「あなたもずっとその時間お仕事ですか?」

「僕は7時までなんです。バイトなので」

彼の柔らかな表情を確認してから、私はお釣をもらい、お店のドアを閉めた。


沙希は既にお店を出て、ドアの外で待っていた。


「今日は玲香ちゃんのお家で、相談会を開こうよ」

沙希は甘てくる妹のように、私の左手の袖を掴んで、左右に揺らした。

「多分、今日はダメじゃないかな?」

そう言った時、後ろから誰かが走ってきた。


「すみません!!」

大きな声を出して追いかけてくる。


「これ、忘れ物じゃないですか?」

その人は私の携帯を手にしていた。

「ごめんなさい。ありがとうございます」

そう言って私は携帯を受け取った。

私はそのまま携帯を広げ、時間を確認した。

「あの、もうお仕事終わりなんですか?」

携帯の時計は7:01になっていた。

「そうですね。もう終わりです」

「今日はこれから、予定ありますか?」

彼は少し戸惑ったような顔をしたが

「特にないです」

と言うと、白い歯を少し見せて笑った。

私は、沙希の脇腹を肘で軽くつつき

「私、そろそろ帰るから」

そのまま二人を残してその場を後にした。

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