◆21.見透かされている
あの包みを開けた瞬間から、私の何かが変わってしまった。
取り留めることができなくなった感情が、オブラートのように優しく私を包み込んだ。
私は、病室のベッドの上で一人佇みながら、彼から送られたペンダントを目の高さに合せて、ゆらゆらと揺らした。
その時、誰かが軽快なリズムで、病室のドアをノックした。
「はい」
私は返事と同時に、手にしていたペンダントを、慌てて枕の下に隠した。
「どうぞ」
私の返事を待ってから、ドアはゆっくりと開かれた。
「再びおじゃまします!!」
「沙希ちゃん」
ドアの隙間から、にんまりと笑っている沙希の顔が飛び出した。
「どうしたの?お店は?」
沙希は今朝もお見舞いに来てくれた。
しかも今は午後1時。まだお店の空いている時間だ。
「今、お昼休憩です」
「そっか、どうしたの?さっきも来てくれたのに・・・」
「ちょっと言い忘れてたことがあったから」
そう言うと、沙希はベッドの上にちょこんと座った。
「玲香ちゃん、私、これから変なこと言うかも・・・・。でも聞いてください」
私は彼女の顔を見てそっと頷いた。
「あの、玲香ちゃんって、五十嵐さんとどういう関係なんですか?」
私は、沙希の突然の質問に、何を答えていいの解らなくなって、慌てて言葉を捜した。
「変なこと聞いちゃってごめんなさい。あのね、玲香ちゃんが救急車で運ばれた次の日、お店に五十嵐さんがきたんです」
私は、身動きもせずただ黙って沙希の言葉に耳を傾けた。
「玲香ちゃんに渡して欲しいものがあるっていうから、玲香ちゃんは暫く来れないって話したんだけど・・・」
沙希は少し困った顔をしてから
「何でって、しつこく聞いてくるから、玲香ちゃんが入院したことを教えてあげたんだけど」
そう言ったまま黙り込んでしまった。
「そうなんだ・・・」
私は、沙希の方を見てそう言うことしか出来なかった。
「なんか、まずかったかなって思っちゃって・・・。でも、五十嵐さんすごく玲香ちゃんのこと心配してたから、つい・・・」
沙希は、私と彼のことをどんな関係だと思っているのだろう。
「別に、いいんだよ。沙希ちゃんが悪いことしたわけじゃないし・・・」
私の言葉を聞いた沙希は安堵の表情を見せる。
そして又、元の険しい顔に戻り、ベッドから立ち上がると
「単刀直入に聞きます!玲香ちゃんと五十嵐さんって、その・・・どういう関係なんですか?」
と言い放ち、答えを待つように私を見た。
「どういう関係って?」
「あの、五十嵐さんの様子を見てたら、普通の関係じゃないのかなって勝手に想像しちゃって。ごめんなさい。違ってたら・・・」
沙希は私と彼のことを不倫関係だと思っているのだろうか・・・。
私は沙希の誤解を解こうと、彼とのこれまでの経緯を、沙希に話して聞かせた。
「あのね、前に五十嵐さんの息子さんが行方不明になって、一緒に探したことがあってね。そのとき、私、バイクとぶつかっちゃって。それで責任を感じてるんだと思うよ。ほんとにそれだけだから」
「でも・・・」
先の目は、まだ少し疑っていた。
「病院に運ばれた日、お店の帰りにたまたま、五十嵐さんに会って、何かを渡されそうになったんだけど、断っちゃったから。だから、それを渡そうとしたんだと思う」
「そうなんですか。じゃあ、五十嵐さんのことはなんとも思ってないの?」
「確かにいい人だけど、何とも・・・」
私の口は嘘をついた。
間違いない。
これは嘘だ。
「私、玲香ちゃんと一緒に病院に行って、そのあと、旦那さんに会って。そしたら、玲香ちゃんは今本当に幸せなのかなって思ったの。ごめんなさい。玲香ちゃんのことそんな風に見てたんじゃないよ。でも、旦那さんがすごく冷たい感じに見えちゃって。本当はそういうこといけないと思うけど、五十嵐さんと玲香ちゃんなら応援しようって思ったから・・・」
私は、沙希に心の中を見透かされているような気がしていた。
「だって、五十嵐さんは、何とも思っていないと思うよ」
沙希の誤解を解こうと、必死になって答えを探した。
「じゃあ、玲香ちゃんはどうなの?」
「私は・・・」
「だって、一応人妻ですから」
そう言って、沙希に笑って見せた。
沙希もその答えに納得してくれると思っていた。
「人妻だから?それって答えになってない」
「だめなの?」
私の気持に彼女は気付いてしまったのだろうか?
「ダメです。人妻だか恋愛しちゃダメって言うのは答えになりません」
「じゃあ、優生の母親だから」
「それもダメです」
彼女は気がついている。
私の心の中は、全て見透かされている。
「じゃあ、例えば、私が五十嵐さんのことをいい人だなって思ったとしても、それは私が勝手に思っているだけのことで、五十嵐さんとどうこうなるってことじゃないでしょ?」
私は、弁解しようとすればするほど、自分自身が何を言っているのか解らなくなっていた。
「やっぱり・・・」
沙希は私の言葉を聞いてそう答えた。
「例えばって言ったでしょ?」
沙希は私の心の中を覗いているように
「あのね。応援したいって思って。ちゃんと秘密も守ります」
小さな声で耳もとで呟いた。
「ちょっとぉ。そうじゃなくて。沙希ちゃんったら、勝手に」
と言いかけたとき
「あのね、私、すごく嬉しくて。玲香ちゃんがお店に来てから、毎日がすごく楽しくて、お姉さんができたみたいで」
「もちろん私も、沙希ちゃんのこと妹みたいにかわいいなって思ってたよ」
沙希はにっこりと笑い
「だから、協力します!!」
そう言ってまっすぐに右手を上げた。
「わたし、実はとっても根暗で、小さいときから友達がいなくて、いつも一人で淋しかった。でも、お店で店長に優しくしてもらって、こういう人もいるんだなって思えるようになって。そしたら、玲香ちゃんがきて、とっても優しくしてくれて」
沙希にそんな過去があっただなんて、思いもしなかった。
「だから、私も何か力になりたいって思って。正直、旦那さんを見るまでは、そういうことはいけないことだって思ってたけど。でも、今のままで玲香ちゃんは幸せなの?」
「うん。優生がいてくれるから」
「それも答えになってない」
沙希は少し膨れた顔をして
「まだ信用してもらってないな。ほんとのこと言ってもらえないんだもん」
そう言って沙希は拗ねた。
「沙希ちゃん・・・・」
このまま私の気持ちを素直に彼女に伝えれば、彼への気持ちを認めることになってしまう。
それではいけない。
「あのね、五十嵐さんのことは本当にいい人だと思っているよ。素敵な人だって。でもね、私が今置かれている立場とか、五十嵐さんの立場とかあるでしょ?」
「それって、大事なことなの?」
諭すつもりで言った言葉だったが、逆に私が諭されそうになる。
「大事なことだと思ってる。それに、もうそういう年でもないでしょ」
私は、下をぺろりと出して笑って見せた。
「違うもん。そうじゃない。そうじゃないもん」
沙希は、うつむいたまま声を震わせた。
「自分に素直になることは大切なことなんだから。ずっと自分に嘘ついているのは玲香ちゃんじゃない」
そう言うと、沙希は泣き出してしまった。
そんな沙希を見て、私の目にも涙が溢れた。
「沙希ちゃん、ありがとう。そんなに私のこと思ってくれる人、今までいなかった」
沙希は黙って頷いた。
「あのね、人を好きになる気持ちって言うのは、自由だと思うんだよ。絶対にね」
自身に満ちた瞳が私の心の奥のほうへ刺さるのを感じた。
「私ね。五十嵐さんがすごく優しい人だから、聡とは違う人だから、無いものねだりなんだと思うんだよ。これが本当に、五十嵐さんへの愛情だとわかったら、そのときは沙希ちゃんに一番に相談するから」
この言葉で納得してくれたのか、沙希はお店に帰っていった。




