◆1.運命の悪戯?
午後2時。
私は、洗濯物を畳みながら、テレビのワイドショーを見ていた。
画面いっぱいに、不適な笑いで人気女優のスキャンダルを伝えるキャスター。
私は、スキャンダルなんかよりも、そのキャスターの方が気になって、じっと画面を食い入るように覗き込んでいた。
「このおじさん、なんか目つきがいやや・・・」
独り言を言いながら、小さなシャツを畳む。
「優生も大きくなったなぁ。この間までは、あんなにちっちゃかったのに」
昼下がりの主婦はこんな感じで、独り言を言いながら洗濯を畳むものである。
多分・・・・。
と言うよりも、私はそうだ。
『・・・プルルルルゥ』
そんな平穏な日常を邪魔するかのように電話のベルが鳴った。
私はダイニングにある電話の前に、滑り込むようにして駆け寄った。
「もしもし。松本です!!」
私は余所行きの、トーンの高い声で電話を受ける。
「あ。玲香か? 東京転勤が決まったぞ!!」
「・・・?」
聡(夫)からの突然の転勤話に、私の頭の中が錯乱し始めていた。
「聡? 何、突然?」
「だ・か・ら!!東京転勤が決まったって!!」
「・・・。転勤って? 単身赴任じゃなくて?」
私は、何をこたえていいのかも分からず、逆に聡に意味不明な質問を投げかけていた。
「転勤って言うとるやろぉ!!」
聡の声のトーンが上がり、苛立ちを抑えようとしている姿が、目の前に浮かんでくるようだった。
そして聡は、私に迫るような声で、
「東京に転勤やぞ!!わかっとるか?」
私は、その反応に焦りながら、慌てて何とかその場を取り繕おうとして
「そうやね。転勤やよね。優生の幼稚園とかのこともあるから、いろいろ準備いるよね?」
「おぉ!!いろいろ大変やけど、頼んだぞ。こっちもいろいろ準備があるしな!!」
『ツー・・・ツー・・・ツー・・・』
用件を言い終えると、聡は一方的に電話を切った。
私は、受話器を手にしたまま、呆然と立ち尽くしていた。
突然の展開に、頭の中を少しずつ整理しようとしてみたが、、まだ耳に残った聡の声がそれを邪魔して、何が何だか解らなくなっていた。
金沢支社から東京に転勤するということは、聡が認められたということなんだろう。
本当なら、一緒に喜んであげなくちゃいけないことくらい、私にだって分かる。
でも、正直私は、東京になんて行きたくなかった。
娘の幼稚園もある。
そして何よりも、生まれてから今まで、ずっと暮らしてきたこの金沢が好きだった。
金沢の片田舎で育った私には、『東京=治安の悪い怖い場所』と自然に頭に浮かんできてしまうのだ。
田舎者の性なのだろうか・・・。
ただ、そんなことが一緒に行かない理由になる訳がない。
私は握り締めていた受話器を、そっと静かに下ろした。
そして、リビングに戻り、畳みかけの洗濯物の横に座って、ただ呆然とテレビの画面を見つめていた。




