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◆18.小さな包み

私は優生を迎えに行く為、幼稚園へ向って歩いていた。


優生の通う幼稚園は、並木の手前で右に折れた道の突き当たりにある。


暫く歩くと、3歳くらいの男の子の手を引いて歩いている、綺麗な女性とすれ違った。


すれ違い様に、男の子はにっこり笑い、私に手を振った。

それは・・・。

間違いなく敬音だった。


そして、手を引いている女性は、きっと彼の奥さんなのだろう。


軽くウエーブのかかった長い髪。

すらりとした手足。

上品で、優しそうな口元は、女の私でも見とれてしまうほど綺麗な人だ。


こういう女性が彼にふさわしい人なんだ。

私は、変に自分を納得させていた。


何も考えずに、幼稚園までの道のりを歩いていたつもりだった。

でも、私の頭の中から、彼の奥さんの姿が離れようとしなかった。


そして、緑が茂る並木を前に角を曲がろうとしたときだった。


「玲香ちゃん?だよね?」

そう呼び止めた声は、、どこかで聞いたことのある懐かしい声だった。

私は、振り返ることを躊躇した。


本当は、振り返りたくはなかった。


この声は紛れもなく、優しい彼の声だった。


今振り返って、彼の姿を見てしまったら、私の気持ちに置いた蓋が外れてしまう。

でも、このまま無視をして歩き出せば、変に思われるだろう。

そう、これは私の一方的で勝手な想いでしかないんだから・・・。


「はい」

私は白々しく、何事も無かったように後ろに振り返った。


「よかった。玲香ちゃん」

彼の笑顔が眩しくて、私の心は切なくなって、悲鳴を上げていた。


「あれから、朝も会えなくて、心配してたんだ」

彼はそう言うち、私の腕を優しく掴んで、肘を撫でた。

「よかった。もう治ってる。ほんとに心配してたんだよ」

「大丈夫ですよ。擦り傷だけでしたから」

ドクドクと胸の鼓動が激しく鳴り響いた。


「本当にごめんね。仕事のせいにしちゃいけないんだけど、バタバタしてて・・・」

真剣な表情で、彼は私の顔を覗き込んだ。

彼の顔が私のすぐ側まで近づいてくる。

「あのね。あの日のことを敬音にちゃんと聞いたんだ。ただ、3歳の子供が言ってることだから、どこまでが本当なのか正直疑問もあるんだけど・・・」

私は黙って彼の話を聞いていた。


「ただ、一つ言えること。それは、あの時、君が助けてくれなかったら、敬音は大変なことになってたと思うんだ。君には本当に感謝してる。ありがとう」

彼はそう言いながら背筋を伸ばし、真っ直ぐに直立したかと思うと、深く頭を下げた。

「やめてください。他の人が見たら、私が五十嵐さんをいじめてるみたいじゃないですか」

私は彼の肩に手をやり、頭を上げて欲しいと頼んだ。


彼は、私の言葉に促されるように頭を上げ、

「どうしても、君に何かお礼がしたくて・・・・。これ、もらってくれるかな?」

そう言うと、右手に持っていた小さな紙袋を差し出した。

「今日お店に行ったとき、渡そうと思ったんだけど、渋滞にはまっちゃって、君がお店にいる時間に、間に合わなくなっちゃって・・・」


髪袋から覗く小さな包みは、綺麗にラッピングがされていた。

可愛いピンクのリボンが、袋から恥かしそうに顔を出し、初夏の風に揺れる。


「女性にプレゼントするなんて、何年ぶりだろう。ちょっと緊張するな」

彼は、頭を掻きながら、それを私の目の前に押し出した。

「頂けません。私が勝手にやったことなんですから。気を使わないで下さい。誰だって、同じことをしてたと思います」

私はそう言うと、深く一礼をし、彼の元を離れて幼稚園に向かった。


歩きながら、私の胸の中は張り裂けそうになっていた。


あんな態度をとれば、彼は私に絶望するだろう。

変なやつだと思うだろう。

それでいい。

だって私と彼とでは住む世界が違う。

そもそも、二人を比べることも、繋げることも、どこか馬鹿げている。


私の中で芽生えた想いは、妄想の世界で大きくなり、一つの愛という形に変化しようとしていた。

でも、彼は有名なラブマテのボーカル『五十嵐雅弘』。

それでさえ、手の届かない人なのに、ましてや奥さんもいて子供もいる。

私にも同じように夫も子供もいる。


平凡な主婦の私に、彼が好意を持つ訳がない。

彼はただ、自分が住む世界とはすこし違う世界に、興味を持ったというだけなのだろう。

たまたまそこに私が居たというだけの、偶然なのだ。


再び膨らみ始めた、彼への気持ちを押さえるように、自分に何度も言い聞かせながら、夢見る少女のような自分を別の自分が笑っていた。

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