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◆17.お店で

優生を迎えて3人で始まった新しい生活。


東京に来て1ヶ月。

並木の桜は既に葉桜になっていた。


優生がいることで、私と聡の間に笑顔が生まれた。

お店の仕事もなんとかこなせる様になっていた。


少し前までのモヤモヤしていた自分の姿は、もうそこには無いはずだった。



今日もいつものように優生を幼稚園に送り、お店に向かった。

お店に着くと、ちょうど沙希が散歩から帰ってきたところだった。


「玲香ちゃん、おはようございます」

そう言って彼女は軽くお辞儀をした。

沙希は今年で28歳。

東京の大学を出て暫くははやりたいことも見つからず、フリーターをしていたが、2年前、偶然お店のバイト募集の張り紙を見て、ここで働くことになったということだった。


誰にでも愛想のよい彼女は、私にも直に打ち解けてくれた。

明るくて気さくな彼女は、私には無いものを沢山持っている気がして、とても眩しく感じた。


「今日は忙しそう?」

沙希ちゃんは私の質問に

「ぜんぜんでーす!!」

とにっこり笑った。


「でも、トリミングが1件だけ入ってますよ」

そう言い残し、沙希はお店の中に入っていった。

私のそれにつられるようにして、お店に入った。


店内では、店長がトリミングの予約帳を広げていた。

「おはようございます」

私は、1日の始まりを大切にしたくて、いつもよりも大きな声で店長に挨拶をした。

「玲香ちゃん、おはよう」

店長はそう言うと、再び開いたままの予約帳に目をやった。


「今日は五十嵐さんのカノンちゃんのトリミング予約入ってるから、よろしくね」

店長の視線が私の方に向いたような気がした。

「了解です。ご予約は二時半でOKですか?」

沙希がそれに答える。

「そう。二時半ね」

そう言うと店長は店の奥に入った。


今日、彼がお店に来る。

あのことがあって以来、彼の顔を見ていない。

そして、この1ヶ月、彼のことをなるべく思い出さないように努力していた。

今日の予約は二時半。私がまだお店にいる時間だ。


(・・・私は彼にどんな顔をして会ったらいいんだろう)

店内の掃除をしていても、彼のことばかりを考えてしまい、なかなか仕事が進まない。


私は時間ばかりが気になって、柱に掛かった時計を何度も確認していた。

「玲香ちゃん。今日どうしたんですかぁ?」

私の様子に気がついた沙希は、さっと側にやってきてそう言った。


「何でもないよ!!何でも・・・」

私は、顔の前で小さく両手を振りながら、その場を取り繕い、次の仕事に移る。

「なんか変ですよ」

沙希は金魚の糞のように私についてきては、ジロリと顔を覗き込む。

「なんでもないって!!」

私は少し大きな声で答える。

「そうですかぁ?」

沙希は悪戯っ子のように、私の方を何度も見ていたが、ようやく諦めた様に元の場所に戻って行った。


気がつくと時計は二時半を過ぎていた。


「今日、五十嵐さん来ないんですかね?」

沙希は私の側に来て、そっと呟くように言った。

「どうなんだろう?」

私は気にしていないことを強調するかのように、さらりと沙希の言葉を交わした。

「五十嵐さんに会いたかったな」

沙希はそう言うと、店の奥に並んだ棚の商品を整えだした。

「私も手伝うよ」

私はそう言って沙希の横で商品を並べた。

今にも彼が現れるかと思うと、じっとしている事ができなかった私は、仕事をこなすことでそれを紛らわそうとしていた。

私は、ただ黙々と商品を並べていた。


「玲香ちゃん。時間ですよ」

沙希に言われて時計を見ると、針は3時を示していた。


結局彼は来なかった・・・。


「ありがとう。お先に失礼します」

私は、沙希と店長に挨拶を終え、安堵の気持ちで、お店を後にした。

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