◆15.膨らみ始めた愛
お店の前に着くと、ガラス越しに店長が、落ち着きもなくふらふらと店内を歩き回っている姿が見えた。
(店長になんて言おうか・・・)
私はそんなことを考えながら、もう一度店内を見た。
一瞬店長と目が合ったかと思うと、店長は慌てたように、ドアの方に向かって歩いてきた。
「玲香ちゃん。五十嵐さんから連絡あったよ。すぐ病院に行ってきて」
店長はそう言いながら私の膝と肘を見た。
「痛そう。可哀想に。早く病院に行かないと」
半べそをかいた店長の顔がなんだか可愛かった。
「大丈夫ですよ」
私は笑って見せたが
「今日はトリミングの予約もないし、一人でもぜんぜんOKだから、すぐに病院に行って」
店長の真剣な顔つきに根負けしてしまった。
「ちゃんと病院行かないと、僕が五十嵐さんに怒られちゃうから」
店長は店の奥に入ると、私の鞄を持ってきて、そっと手渡してくれた。
「病院に行ったら、自宅安静。いい?」
そう言いながら、私の背中をゆっくりと押し出すようにドアの前まで運んだ。
「わかりました。じゃ、お言葉に甘えます」
店長は私の言葉を聞いてほっとしたような顔をした。
病院では傷口の消毒と、念のためにレントゲンを撮った。
骨にも異常は無いとのことで、私は家に戻った。
(・・・彼に電話をかけなくちゃ)
私は彼から渡された紙切れをポケットからゆっくりと取り出した。
彼の書いた番号を見つめながら、自分の中の何かが生まれようとしているのを感じていた。
(・・・私、馬鹿なんじゃない?)
それは紛れもない、彼に対する感情だった。
(・・・このまま電話をしてしまったら、ますますおかしなことになる)
私は、彼に対する気持ちを胸の奥に、もらった紙切れをくちゃくちゃと丸めると、ゴミ箱に向かって投げ入れた。
そして、鞄の中から携帯を取り出し、お店に電話を入れた。
「店長。病院に行ってきました」
「どうだった?」
私が息をする暇もない程、店長は間髪入れずに、答えを急かしてきた。
本当に心配してくれているのだろう。
それが私の心にも伝わり、とても嬉しかった。
「レントゲンも撮りましたけど、大丈夫でした」
そう言うと
「よかった。わざわざありがとう。ちゃんと休んでね」
電話を切りそうになる店長を止めるように
「あの、五十嵐さん、今日いらっしゃいますよね?」
私は、慌てて聞いていた。
「そう。今日はカノンちゃんのお迎えだから」
「じゃあ、五十嵐さんにも大丈夫だったって伝えてもらえますか?」
「うん・・・。でも、玲香ちゃんから直接のほうがいいんじゃない?五十嵐さんも心配してるはずだから」
「いいんですよ。たいしたこと無かったんですから。お手数をおかけしますけど、よろしくお願いします」
私はそう言うと、店長に返事をさせる隙を与えないように、すぐに電話を切った。
彼への想いが膨らむ前に、なんとかしなくてはいけない。
だって、私には聡がいて、優生がいる。
もちろん彼にも同じように大切な人たちがいる。
でもこれは私の一方通行の思い。
住む世界の違う、手の届く筈もない人なのに、ただ優しくされただけで、こんな気持ちを持ってしまうなんて。
彼の優しさを勘違いしている自分が恥ずかしくなり、膨らみ始めた気持ちに蓋をしてしまいたくなった。
私は、自分がひどく汚れてしまったような気がして、嫌気がさしていた。
そして、一方通行の思い出あっても、それは聡たちへの裏切りだと、自分を戒めた。
私は、様々な気持ちが入り混じりながらも、聡たちへの罪悪感で、壊れてしまいそうになっていた。




