表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/127

◆15.膨らみ始めた愛

お店の前に着くと、ガラス越しに店長が、落ち着きもなくふらふらと店内を歩き回っている姿が見えた。


(店長になんて言おうか・・・)

私はそんなことを考えながら、もう一度店内を見た。

一瞬店長と目が合ったかと思うと、店長は慌てたように、ドアの方に向かって歩いてきた。

「玲香ちゃん。五十嵐さんから連絡あったよ。すぐ病院に行ってきて」

店長はそう言いながら私の膝と肘を見た。


「痛そう。可哀想に。早く病院に行かないと」

半べそをかいた店長の顔がなんだか可愛かった。

「大丈夫ですよ」

私は笑って見せたが

「今日はトリミングの予約もないし、一人でもぜんぜんOKだから、すぐに病院に行って」

店長の真剣な顔つきに根負けしてしまった。

「ちゃんと病院行かないと、僕が五十嵐さんに怒られちゃうから」


店長は店の奥に入ると、私の鞄を持ってきて、そっと手渡してくれた。

「病院に行ったら、自宅安静。いい?」

そう言いながら、私の背中をゆっくりと押し出すようにドアの前まで運んだ。

「わかりました。じゃ、お言葉に甘えます」

店長は私の言葉を聞いてほっとしたような顔をした。



病院では傷口の消毒と、念のためにレントゲンを撮った。

骨にも異常は無いとのことで、私は家に戻った。


(・・・彼に電話をかけなくちゃ)

私は彼から渡された紙切れをポケットからゆっくりと取り出した。


彼の書いた番号を見つめながら、自分の中の何かが生まれようとしているのを感じていた。

(・・・私、馬鹿なんじゃない?)


それは紛れもない、彼に対する感情だった。


(・・・このまま電話をしてしまったら、ますますおかしなことになる)

私は、彼に対する気持ちを胸の奥に、もらった紙切れをくちゃくちゃと丸めると、ゴミ箱に向かって投げ入れた。


そして、鞄の中から携帯を取り出し、お店に電話を入れた。

「店長。病院に行ってきました」

「どうだった?」

私が息をする暇もない程、店長は間髪入れずに、答えを急かしてきた。

本当に心配してくれているのだろう。

それが私の心にも伝わり、とても嬉しかった。


「レントゲンも撮りましたけど、大丈夫でした」

そう言うと

「よかった。わざわざありがとう。ちゃんと休んでね」

電話を切りそうになる店長を止めるように

「あの、五十嵐さん、今日いらっしゃいますよね?」

私は、慌てて聞いていた。

「そう。今日はカノンちゃんのお迎えだから」

「じゃあ、五十嵐さんにも大丈夫だったって伝えてもらえますか?」

「うん・・・。でも、玲香ちゃんから直接のほうがいいんじゃない?五十嵐さんも心配してるはずだから」

「いいんですよ。たいしたこと無かったんですから。お手数をおかけしますけど、よろしくお願いします」

私はそう言うと、店長に返事をさせる隙を与えないように、すぐに電話を切った。


彼への想いが膨らむ前に、なんとかしなくてはいけない。

だって、私には聡がいて、優生がいる。

もちろん彼にも同じように大切な人たちがいる。

でもこれは私の一方通行の思い。

住む世界の違う、手の届く筈もない人なのに、ただ優しくされただけで、こんな気持ちを持ってしまうなんて。

彼の優しさを勘違いしている自分が恥ずかしくなり、膨らみ始めた気持ちに蓋をしてしまいたくなった。


私は、自分がひどく汚れてしまったような気がして、嫌気がさしていた。

そして、一方通行の思い出あっても、それは聡たちへの裏切りだと、自分を戒めた。

私は、様々な気持ちが入り混じりながらも、聡たちへの罪悪感で、壊れてしまいそうになっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ