◆13.再会
今日も朝から聡は不機嫌だった。
(・・・いつものことだ。気にしないでおこう)
そう・・・・。
いつものこと。
気にしていたら私の気分までブルーになってしまう。
私は平然を装い、朝食を摂ると、玄関先まで聡を送り出した。
「今日も頑張ってね」
「おぉ」
そう言うと、聡はそそくさと出掛けて行った。
静かな食卓だった。
私の気持ちも知らないで・・・・。
でもいいのだ。
気にしていては始まらない。
私は食べ終えた朝食の皿を重ね、キッチンへと運んだ。
コンロの上には昨日作ったカレーの鍋がぽつんと置いてある。
それを見ると、自然に涙が溢れてきた。
いけない。
気にしないと決めたのに。
いつものことなんだから・・・・。
私は淀んでしまった気持ちを切り替えるために、少し早めにお店に出かけることにした。
お店では店長が昨日と同じように掃除をしていた。
「おはようございます」
店長はにっこり笑い
「玲香ちゃん、早いね。おはよう」
そう言うと、手にしていたほうきを渡し
「じゃ、早速だけどよろしく」
とだけ言って店の中に入った。
人通りが多いわけではないが、学校に向かう学生達がポツリポツリと通る。
(・・・こんな時代もあったなぁ。)
と、なんだか一気におばさんになったように、楽しそうに学校に向かう学生達の姿を眺めていた。
私も、彼らと同じように毎日を楽しく過ごしていた。
その頃の私は、今の自分を想像できただろうか。
もっと違う自分を思い描いていたに違いない。
外の掃除を終え、店内に入ると店長は床の掃除をしていた。
「終わった?」
「はい終わりました」
「じゃ、お散歩お願いね」
「わかりました。行ってきます」
私は昨日のように3頭を、連れて店を出た。
(・・・また会えるかな?)
そんなことを考えている自分がおかしくなり、ぷっと一人で噴出した。
桜の蕾はますます大きくなって、ちらほらと咲いているところもある。
この並木道はどの位あるんだろう。
彼の家はこの近くなのだろうか。
何を考えても彼に繋げて考えてしまう。
(・・・馬鹿じゃないの?)
と自分を笑う。
(・・・いいじゃない!!)
と、もう一人の自分が言う。
彼のことを思っていると、さっきまでのモヤモヤした気持ちが、いつの間にか無くなっていた。
並木道の端まで歩いたが、彼が来ることはなかった。
(そろそろ引き返そう)
くるりと回れ右をして、歩き出した時
「敬音!!」
そう聞こえた気がして、振り返る。
「敬音。走っちゃ危ないだろ!!」
彼だ。
今日も会えた。
私は、気付かれない様に、ゆっくりとまた歩き出す。
「あれ?玲香ちゃんじゃない?」
彼は大きな声で私の名前を呼んだ。
「玲香ちゃん!!」
彼に名前を呼ばれただけで、心臓が破裂しそうなほど、大きな鼓動を打ち始める。
私は、さっと振り返り
「おはようございます」
少し距離のある彼に聞こえるように、声を張り上げた。
「おはよう」
そう言うと彼は、私方に向かって掛けてきた。
「今日もお散歩?」
「はい」
彼はにっこり笑うと、私のすぐ側に並んで立った。
「あのね」
「はい」
私の返事を聞くと、突然顔をすぐ側まで近づけて
「カノンのことは敬音には内緒だから、よろしくね」
そう言って、ウインクをした。
胸の鼓動は狂いそうな程激しく波打ち、それが、彼に聞こえてしまうのではないかと、恥かしくなった。
「明後日、敬音の誕生日なんだ。だから、それまでは」
彼は両手を合わせて、私に拝むような格好をした。
「わかりました。内緒ですね」
「そうそう。よろしくね」
「はい」
そう言うと、彼は敬音の元に走って戻っていった。
私は、彼の後姿が小さくなるのを見届けてから、お店へと戻った。




