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◆99.LOVEとLIKE

プルルル・・・


携帯から聞こえる音が、遠く切なく感じる。


「もしもし?」

雅弘の声が少し驚いているようだった。

「玲香ちゃん・・・嬉しいよ・・・」

雅弘の声が私の胸にスーッと染み込んでいくようだった。

「ごめんなさい、急に電話しちゃって」

「こっちこそ、変なメール送っちゃったから。送信した後、ちょっと後悔したんだ」

雅弘の声が少し遠くに聞こえる。

「うれしかったです。五十嵐さんのメール・・・」

「・・・やっぱり、五十嵐さんなんだよね?」

雅弘は、少し声のトーンを下げてそう言った。

「え?」

私はとぼけたように返事をした。

「ごめんね。今日の僕どうかしてるんだよ。気にしないで」

「でも・・・」

確かに今日の雅弘はいつもとは違っていた。

「ごめんなさい。無理なことをお願いしてしまったから。五十嵐さんに負担をかけちゃって」

私は、言葉にならない思いをどう伝えていいのかわからず、ありきたりの言葉で

「本当に感謝しています。ありがとうございます」

そう言った。


「玲香ちゃん。これは僕がしてあげられるたった一つのことだから。僕にさせてほしいんだ」

雅弘の言葉が胸に響く。

「でも、今日の五十嵐さん、いつもと違って、やっぱり後悔しているんじゃないかって」

「心配しないで。後悔してるんじゃないから。僕は、これくらいしか君達の力になれない。それが悔しいんだ。君が一人でこれまで耐えてきたことを、僕はわかってあげることもできずにいた。それがすごく自分で腹立たしい」

雅弘は、明日のこと、で少し気持ちが高ぶっているのかもしれない。

「五十嵐さん。五十嵐さんの手術、上手くいくように祈っています。ご迷惑をおかけしますけど、よろしくお願いします」

「もう、よそう。そんなのおかしい」

雅弘は少し怒っているようだった。

「もう、そういうのはいいんだ。ねえ、何か困ってることない?何か僕にできることない?」

雅弘の心遣いが、私には逆に重く圧し掛かってくる。

「大丈夫です。今日は母もこっちに来てくれていますから」

「そっか・・・」

それからしばらく私達は、何も話さなかった。


「ねぇ・・・。玲香・・・。・・・ちゃん」

「・・・は・・い・・」

雅弘が私を「れいか」と呼んだのはどのくらいぶりだろう。

あの日の思い出が、走馬灯のように浮かんでくる。

「玲香・・・。君に会いたい。君を抱きしめたい。僕の心全部で」

私は、思いもよらない雅弘の言葉に戸惑いながらも、涙が溢れた。

「五十嵐さん。無理です。でも、ちゃんと響生が回復したら、一度あってご挨拶しないとって思ってますから・・・」

「そだね。ごめんね、無理なことばっかり言って」

雅弘の気持ちは嬉しかった。

本当なら私も雅弘に会いたい。

雅弘に抱きしめられたい。


でも、あの日私は、自ら雅弘との別れを決意した。

それは、あの頃芽生えたばかりの響生の命を守る為。

そして、お互いの守らなければならないものを、守り抜く為。

誰も傷つけないように、誰も悲しまないように、自らを苦しめることで、その罪悪感から逃げてきた。

でも、私は、一番愛する人を一番傷つけてしまっていた。

この世の中で一番愛する人を・・・。

ただ、もう一度、雅弘の胸に抱かれたとしたら、今までの私の思いも、雅弘のしてきた辛い思いも全てが無駄になってしまう。


私は、雅弘への気持ちを断ち切った。

断ち切った思いを、再び甦らせてはいけない。

それは、悲しみだけに通じる道でしかないのだから。


「五十嵐さん。明日の為に、体を休ませてください」

「そうだね。玲香ちゃんの声が聞けたから、明日はがんばれるよ。絶対!!」

雅弘は淋しそうにそう言った。

「私、そろそろ響生のところに戻らないと」


雅弘は何も言わずただ黙っていた。

「響生はいいな・・・。君と一緒にいられて」

雅弘はポツリとそんなことを言う。

「五十嵐さん。どうしちゃったんですか?」

「ごめんね。もう我慢できそうもないんだ。君への気持ち、堪えられないんだ」

私は静かに、次の言葉を考えていた。

「ねえ、変なこと聞てもいい?」

「なんですか?」

私は雅弘に聞こえないように、そっと深呼吸をした。

「ねえ、僕のことはもう嫌いになっちゃったかな?」

雅弘の質問に、すぐに答えを出すことができない。

「嫌いじゃないですよ。五十嵐さんは、とっても優しくて、素敵な人です」

「そうじゃなくて、LOVEとLIKEのどっち?」

私は慌てて

「今日の五十嵐さんおかしいですよ。そんなこと聞くなんて・・・」

そう言いながら、答えを探していた。

LOVEとLIKE二つに一つ。

迷うこともなく、私が雅弘に抱く想いはLOVEだろう。

ただ、それを伝えることはない。

「おかしいよね。そうだね・・・・。玲香ちゃんからの電話が嬉しくて舞い上がっちゃってるみたいだね僕」

雅弘は、ケラケラと笑いながら

「ごめんね。君を苦しめるつもりはないんだ。忘れて。今日は特別に許して」

そう言った。

私は返事に困って、このまま電話を切ってしまいたかった。

「それじゃあ、そろそろ戻ります。おやすみなさい」

「うん。電話ありがとうね。おやすみ」

私は、雅弘が電話をきるのを待っていた。

そして、雅弘も同じように待っていた。

「あの・・・。もう切りますね」

「うん・・・」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

私が携帯を耳から離そうとした時

「玲香、僕はLOVEだから」

雅弘の言葉が私の頭の中で木魂した。

「五十嵐さん・・・」

「きっと、ずっと、永遠に玲香を愛してる。それだけずっと伝えたかった」

「・・・」

私は何も言い返せなかった。

「それじゃあ、おやすみ」

雅弘の甘い声が私の耳に届いていた。

「おやすみなさい」

私は慌てて電話を切った。

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