恋をするには早すぎる
小学五年生にもなると周りからちらほらと恋バナが聞こえてくる。
誰々があの子のこと好きなんだって、私は誰々がカッコいいと思うなーだとかまあいろいろだ。
私もそんな年頃になってきたので浮いた話の一つや二つはある。そして私も今恋をしている。でもそれはきっと叶わない恋だと自覚している。
だって私の恋の相手は私よりも遥かに年上の高校生なのだから。
小学生から見れば中学生は大人っぽく見える、しかし自分が中学生になったら大人になったとは思えない、何故だろう不思議だ。
私の好きな人は小学五年生の時から変わっていない。我ながら一途だなあと思ったりしている。
私の好きな人は高校生のお兄さん、名前はコウちゃん。優しくてかっこよくて私の周りの男の子とは比べ物にならないくらい大人っぽい。
昔はよく遊んでくれていたけれど月日が経つにつれてそれもなくなってしまった。お互い成長してしまった結果だった、少し寂しい気もするが会うと必ずしも会話はするのでそれだけで満足だ。
コウちゃんは今年受験生だ、どこの大学に行くのかは知らないけれどせっかく追い付けるところまで来たと思ったのにまた距離を離されてしまう。中学生と大学生では大分違ってくる。
自分でも分かっている、これが叶わない恋だと。それでももしかしたらと思ってしまうのは可笑しいだろうか。
コウちゃんはどこの大学にいくのだろうか、県外だったら話すことも会うことすらままならなくなるだろう、それは大いに悲しい。
「ねえお母さん、コウちゃんってどこの大学に行くのかな?」
私はそれとなく母に訊ねてみた。私の母とコウちゃんのお母さんは仲が良いから何か知ってるのではないかと思ったからだ。
しかし母の反応は私の予想に反して首を傾げている。
「さあ、聞いてないわね……どこに行くのかしら?」
「お母さんも知らないんだ」
がっくりと肩を落とす私に母がさらに追い討ちをかけてくる。
「まあ、ここら辺にある大学は限られてるからね。遠くに行っちゃうかも知れないわね」
分かってるよ、分かってるけど、もうちょっと空気よんでよお母さん。
「そんなに知りたいならコウちゃん本人に聞けばいいじゃないのよ」
「うん……」
それが一番手っ取り早いとは思うんだけども本人の口から聞いてショックを受けるのが怖いのだ。
大学に行けば可愛い女の子だってたくさんいるだろうし、サークルやら合コンやらで出会いの場はたくさんある、全部漫画やドラマからの情報だけども。
考えてたらモヤモヤしてウズウズしてきた。
「ちょっと散歩してくる」
「あら、じゃあついでにスーパー寄ってきてよ」
「何買うの?」
「ケチャップ」
「はーい」
母から五百円玉をもらって家を出る。そろそろ冬が近づいてきている、風が肌寒い。
「あれ、小夜ちゃん」
聞き間違うはずのない私の大好きな声が後ろから聞こえてきた。
「コウちゃん」
コウちゃんは私に駆け寄ってくる、そんなことだけでも私の心臓は高鳴る。
「どこに行くんだ?」
「スーパー」
「今から?暗くなるぞ。じゃあ俺も付いていこうかな」
「えっいいの?」
「女の子一人で暗い道歩かせられないから」
や、優しい、今絶対顔真っ赤だ。見られたくないなあ。
スーパーに辿り着くまでにいろいろなことを話したけれど私の知りたい肝心のコウちゃんの進路については聞けなかった。
知りたい、知りたくない、聞くのが怖い。堂々巡りの結果悩んでいても仕方がないと結論付けて思いきって聞いてみることにした。
コウちゃんはお菓子コーナでスナック菓子を吟味している。
「コウちゃん」
「ん?」
名前を呼ぶとコウちゃんは私の方に振り向いた。私はなかなか言い出せなくて口を金魚のようにパクパクさせた。
「どうした?」
「えっと、コウちゃんって大学どこにいくとか決めたの?」
「え?大学?」
「うん」
間が空いたのはほんの数秒だったのに私には何十分にも感じられた。
「■■大学だよ」
「■■大学……」
■■大学はこの近辺の大学だ。それじゃあ……
「家から通えるところに決めたんだ、その方が何かと便利かなと思ってさ……って何で泣いてるんだ!」
「よかったあ……」
安心して涙が溢れた。そんな私を見てコウちゃんはオロオロとしている。周りの主婦たちがチラチラと何事かと私たちを見ている、けれどそんなこと私は気にしなかった。
よかった、コウちゃんがまだここにいてくれる。
それだけでよかった。
「コウちゃんが、遠くにいかなくてよかったああ!」
「……分かったから、お願いだから泣き止んでくれ」
「うん……」
その後も嗚咽がなかなか止まらなくて結局私はコウちゃんにお会計を済ませてもらうことして私は店の外でコウちゃんを待つことになった。
空はほんのりと群青色が滲んでいた。
「お待たせ」
「ありがとう、コウちゃん」
「落ち着いた?」
「うん」
スーパーで大泣きしたことを今になって恥ずかしく思う。
「俺が遠くに行くとそんなに悲しいの?」
「えっ」
「泣くほど悲しい?」
私にそう言ってくるコウちゃんの顔はいたずらをしている子供みたいだった。何だがクラスの男子とあまり変わらない気がする。
「……うん」
何でこんなこと聞いてくるんだろう、コウちゃんは。
「そっかー、悲しいか、泣くほどかあ」
「やめてよ、からかわないでよ!」
「ごめんごめん」
ふとコウちゃんは今まで笑っていた顔を引き締めた。
「俺も小夜ちゃんが遠くに行ったら悲しいよ」
「……本当?」
その一言がとても嬉しい。
だけど私とコウちゃんとでは悲しさの意味が違う気がする。
「同じだといいな」
本音がポロリと口に出てしまった。
「何が?」
「何でもないよ」
なんだか泣いたら心が軽くなってつい本音が出てしまう。
もう全部出しちゃってもいいかな。
家に着く前に私はコウちゃんの前に立ち塞がる。
「どしたの」
「コウちゃん」
「なに」
一呼吸置いて、息を大きく吸って、小さい頃から蓄積してきた想いを声に出した。
「大好き!」
「え?」
それだけ言うと私はその場を立ち去った。完全なる言い逃げだった。
まあ、コウちゃんは本気にはしてないだろう。
だって子供の言うことだもん。
※
「え、うそだろ」
自分でも顔が赤くなりつつあるのがわかった。
小夜の小さな背中は薄闇の彼方へと消えていく。
「大好き!」
果たしてそれは冗談なのかそれとも本気の告白なのか、コウタには分からなかった。
それでも大好きと言ったときの小夜の笑顔は中学一年生とはとても思えないほど大人びていた。コウタがどきどきしてしまうほどに。
そこに自分が知っている幼い小夜はどこにもいなかった。