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世界は矛盾と、理不尽と、問答無用感で満ちている。
どうしようもないことだから、誰もがすぐに諦める。
◇◇◇
暁は巨大な刀剣を振りかぶる。
刃の造形こそ刀のそれだが、非常に分厚く幅の広い刀剣の用途は西洋剣に近い。重厚な刀身は切ることよりも破壊することに長けているのだ。
彼は今、魔法使いを壊すように殺している。
暁が身の丈ほどもある剣を振るう度に、魔法使いの細い首や柔な背骨が圧し折れ、頭部が砕け、心臓が貫かれて裂ける。
甲高い悲鳴。恐怖に歪む顔。身を守らんと縮こまる小さな体。魔法が使えることを忘れて降伏する魔法使いたちを、それでも暁は殺す。
――――魔法使い。
百年前を境に出現するようになった者たちは、子供しかいない。ある一部の例外を除き、魔法使いは子供しかなれない存在だ。
天才も二十歳過ぎれば凡人。そういった類の話は、魔法においても同じらしい。個人差はあれど、大抵の魔法使いは成人を機に生まれながらに持ち得た特権を失うのだ。
魔法使いは子供だからこそ、魔法使いでいられる。
暁は、子供を虐殺していた。
何故なら彼らは、軍に飼われる魔法使いだからだ。
魔法が使える子供はエリートであり、軍のお偉いさんから必要とされ、戦争の道具として扱われていた。
環境が一変し、魔物が出現したことで荒れていく世の中。一日分の食事を得るにも苦労する者が多い中、魔法使いは身柄を拘束され戦いに駆り出されることを条件に、満足な衣食住が与えられる。
監視を受け、外に出るにも許可が必要であるが、それ以外は概ね理想的な環境で生活できる。上手い飯、綺麗な服、快適な寝床。それらが与えられる。
代わりに、こうして生死を彷徨う戦地へと駆り出される。
そんな魔法使いたちを、暁は殺していた。
憐憫がないと言えば、嘘になる。
だが容赦はしない。
敵だからだ。
彼らは暁を敵と認識し、殺しに来ている。武装し、魔法を使い、十数人で、殺しに来たのだ。
『神子殺し』と呼ばれている、暁を。
「あぁ、もう。うるせぇ」
悪態を吐きながら、暁は泣きわめく魔法使いを蹴り飛ばす。そして斬る。
後ろを長く伸ばした不揃いの銀髪を荒っぽく振りながら、鋭さを帯びた紅い瞳で目標を定める。もう残りも少ないので、さっさと片付けようと暁は駆ける。
疾走する長身痩躯を包むのは、黒い和風のシャツと袴風のズボン。シャツの合わせは紅い帯で結び、半纏に似た紅いショートジャケットを羽織っている。
両手に構えた大剣が、たまに腰から提げた爆弾などが、幼い彼らの命を次々と奪っていく。
怯えと恐怖を宿した魔法使いたちの目。彼らの目には暁のことが赤い悪魔か死神か、あるいは怪物に写っているのだろう。
別段構いはしない。自分の所業が世間にはどういった風に見えているのか、ある程度は自覚しているし情報として知ってもいる。
それでも暁は必要とあらば魔法使いを殺すし、神子を殺す。
憎いから。
自分の家族を殺し、己に呪いを掛けた神子が、憎いから。
だから憎悪で、刃を振るう。
振るって殺す。
それしか方法は思いつかなかった。
後戻りすることは、もう出来ない。
「……ようやく終わったか」
殺して、殺して、殺した後。
赤い帯布をぐるぐる巻きつけた首を擦りながら、暁はようやく剣を下ろす。
今まで拠点に使っていた廃倉庫はあちこちに穴が開き、魔法使いの血で真っ赤に染まっていた。内装は散々な有様と化している。
風穴の開いた屋内では雨風を防げないし、ゴロゴロと転がる臓物のオブジェは悪趣味だし、何より鉄じみた血の臭いが酷過ぎる。この匂いに誘われ、魔物が集まってきそうだ。
もうここを寝床には使えそうもない。暁は肩を竦め、血振りした剣を背負って外に出た。
外に出れば、一転して真っ青だ。どこまでも蒼い空が、天空都市に遮られながらも頭上に広がっている。
今日のお天気は快晴、けれど曇りと対して変わりなし。今更のことだ。特に気にせず、次の寝床を探しに出かける。
金属補強されたブーツの底で地面を削りながら、暁が目指すのは貧困地区だ。
江戸の建物は大分近代化したが、地面はまだ全域舗装とはいっていない。貧困地区はまだまだボロい。
そこに住まうしかない無職の男たちの口腔からは、ヤニやら酒やら麻薬やらの匂いがする。色々と臭い男らを餌にするのは人工生命の遊女だ。遊郭のホムンクルスに比べれば見劣りする安物だが、それでも美しい造形をしている。男共はそんな彼女らと過ごす一夜の夢と引き換えに、持ち合わせのない金を借金という形で消費する。後々どうなるかは察せられるが、暁には関係ないことだ。
なんとか雨の類を凌げそうな空き家を探す。誰か住んでる場合は大人しく諦めるか、無理やり追い出す。貧困地区の家は基本廃屋なので決まった家主がおらず、勝手に住みついている奴が大半だ。奪っても大した問題にはならない。
「……あっ。暁さん!」
そうしていると、誰かが彼を発見した。
「暁さん!」
「あぁ?」
名を呼ばれ、気だるく振り返ると、一人の若者が手を振りながら暁の方へと駆け寄って来るのが見えた。
特に目立つ外見ではないし、奇抜な衣装をしているわけでもない。
「お久しぶりです、前回はお世話になりました」
しかし腕を上げ、袖口の裏から覗かせるバッチを持つ彼は、何の変哲もない一般市民とは言い難い。
なぜならそのバッジは、反軍組織の者である証だからだ。
反軍組織は、魔法使いを軍事利用することを反対する団体のことだ。彼らは子供である魔法使いを保護することを訴えている――――武力行使を持って。
そんな彼らは、暁のことを神子殺しの英雄として過大評価している。現に、この青年も暁に尊敬の眼差しを向けていた。
だが暁から見た反軍たちは、軍と同じかそれより酷いテロリストだ。
反軍組織の行いは人でなしを自認する暁の感性をもってしても、野蛮だ。軍の備蓄庫や武器を片っ端から襲撃して食糧や武器を略奪しているし、軍側の子供や女を攫っては殺害ないし暴行を繰り返しているし、要人の狙撃や要所の爆破をしてはその成果とやらを公表して大笑いしている。
それに、彼らもやっていることは同じだ。
反軍側も、軍同様に魔法使いを戦力にしている。魔法使いを戦場に投下し、彼らを使って虐殺を行っている。
つまるところ、どっちもどっちということだった。
「あーあぁ、お前ねお前。あー、久しぶり。で、俺に何の用だ?」
顔も名も覚えていない彼に適当な相槌を打ちつつ、暁は面倒に思いながらも用件について尋ねる。
いくらこちらを英雄と見ていても、彼らが何の意味も打算もなく話しかけては来ないと分かっているからだ。そういう連中だと知っている。
「あぁ、そうなんですよ。実は頼みたいことがあって」
思い出したかのように続ける彼の言葉を、仕方ないから暁は待つ。
仕方がないで、大抵の事は済まされる。
仕方がないで、大抵の事は諦められる。
――――仕方がないで良いと思ってるのだ、誰もが。