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誰が、何が、どれが、神様かは知らない。
なのに誰もが、ソレを神だと崇めていた。
◇◇◇
江戸に落ちる巨大な影は、天に浮かぶ高天ヶ原のものだ。
この大和帝国には帝が二人いる。
夫婦だというのに別居している二人の帝は、天空と地底に帝都を作った。それがイザナギの総べる『高天ヶ原』と、イザナミの総べる『黄泉』だ。
その間に挟まれている大和帝国は、まぁ、それなりに繁栄していた。
メタリックが混じる漆喰と瓦葺きの家。夜にぼんやりと輝くネオン提灯の灯り。異国の衣装が伝来したことによる和洋折衷な出で立ちの人々。
黒船に乗った南蛮人が来て以来開国した大和帝国は、とんとん拍子とは行かないまでも、異国文化を取り込んだことで昔より暮らしやすくなったようだ。
変化はそれだけじゃない。
百年前に起きた天変地異。その一件以降、魔力が荒れた大地に溢れるようになったことで魔物が現れ、エルフやドワーフといった別種族が本来の姿を現し、成人するまでは魔法が使える魔法使いが生まれるようになった。
そうして帝国は魔法と科学が入り混じり、両者が拮抗し、協力し、敵対するようになったのである。
――――といった歴史はご近所の爺婆や書物からの受け売りであり、百年はおろか二年前より昔の記憶すらない陽光にはどうでもいいことだったりする。
「ふぁ……っ」
人工植物や噴水などで適当に飾り付けた公園にある、年代のいっていそうな安っぽい塗装剥げのベンチ。その薄汚れたベンチを独占し横たわる陽光の口から、欠伸が零れた。
十代後半ほどの年恰好に見える彼は、着物襟のインナーにジーンズ、その上から羽織風のロングジャケットを羽織っていた。金髪金眼という大和民らしからぬ色彩だが、和洋折衷な出で立ちが不思議と似合う青年である。抱くようにして肩に立てかけた刀と帯と太腿に提げた拳銃も、物騒ではあるが誂えたかのように馴染んでいた。
魔物だのギャングだの反軍組織だのが周りも気にせず暴れるこのご時世において、この程度ならば何でも屋が武装をしていても注意されることはない。
まして陽光は――――何でも引き受ける精神だが――――戦闘屋寄りの何でも屋だ。己が得意とする仕事分野をこうして主張した方が、良い客寄せになる。
そうして待つこと、十分。
「おい、お前」
陽光へと声を掛ける男は、和柄のパーカーにダメージジーンズという出で立ちをしていた。ファッションこそストリート風だが、身振りに隙がなく訓練されている印象を受けた。
マフィアのメンバーか、それっぽく変装した軍人か、詳細は分からない。
しかし、そこらの路地などでカツアゲやらレイプやらしているちゃちなチンピラではないことだけは、理解できていた。
彼はデータ通貨の入ったスティック媒体を袖口からチラリと覗かせると、陽光に品定めする視線を向けながら、物陰の方を示す様に顎をしゃくった。あまり明るみに出来ない内容だから、人気のないところで話すという意味だ。
午前十時、今日一番目の依頼客である。
陽光は寒くもないのに巻いたマフラーの下で、にんまりと笑みを浮かべた。
このご時世では珍しいが、陽光は割と無欲だ。生活をするのに必要だとは思うが、金は別段重要視しない。こなせる内容か判断はするが、難易度も特に気にしない。
彼にとって一番大事なことは、それが楽しめることであるかどうかだ。
「今回のは、面白い依頼かな?」
呟きながら起き上り、立ち上がって刀をベルトの金具に取り付ける。ひとまず話を聞いてから考えよう。そう思って、彼は男と共に物陰に入る。
「それで、一体どんな依頼を……」
と尋ねかけていた時、背後から二・三人程の攻撃的な気配を感じた。
陽光はすぐさま一人目に裏拳を見舞い、二人目に肘鉄を入れ、三人目に足払いを掛けて背負い投げる。
その後、呆然としている男にニッコリと笑いかけた。
「おーい、何のつもりだよコラ?」
「……済まない。実力が見たくて、試験を……」
冷や汗を流し視線を泳がせながらそうのたまる男に、流石の陽光も白い眼を向ける。
「あぁそう、そうですかぁ。……試験云々しないと納得できないんなら、信頼出来る奴を当たってくれ。オレ信用ないみたいだし、帰るわ」
ひらひらと手を振りながら立ち去ろうとすると、男は焦った顔で陽光を引き留めた。彼は何度も頭を下げて頼み込む。
「待ってくれっ、悪かった! もうあんたの腕は疑ってない、だから引き受けて欲しい」
「依頼の報酬、三割増しな。それなら引き受ける」
「わ、分かった。それで、依頼内容なんだが」
報酬金額が増えたが安堵の表情を浮かべ、男は応じる。
その後依頼がどういったものなのか説明する彼の言葉に耳を傾けながら、陽光は上と下を交互に見ていた。
視線の先は、どこまでも遠い二つの都市。
天空に浮かぶ都市を制する男。
地底に広がる都市を制する女。
人はソレを、神と崇めているらしい。
――――神様がどんなものなのか、誰も知らないというのに。