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窓から見る景色  作者: 柊 正太郎
2/2

1 榊朱

「失礼しまーす。先輩、起きてますか?」

ガラッと、横開きの扉が開いた。

『やあ、今日も来たのか。暇なのかい?』

「・・・・失礼ですよ、先輩。わざわざ来ているのに」

『悪い悪い』

ここは個室なので、騒がなければ他の人の迷惑にはならない。

「今日は先輩の好きな高島屋のプリンをもってきました、冷蔵庫に入れておくので、後で食べてくださいね」

『おお!サンキュー!・・・・といっても、毎日それを持ってきているみたいだけどな』

「あら、ばれてましたか」

『お陰で冷蔵庫がプリンだらけだ』

見舞い用の椅子に腰掛け、先輩の手を握る。

「大丈夫ですか、先輩」

『見ての通り大丈夫じゃあないよ。プリンも食べられないくらいな』

「仕方ないですよ。先輩はまだ点滴ですから」

『目の前にに好物が晒されているのに、ての届かない感覚。目の前に人参を吊るされた馬の気持ちが分かるような気がするよ』

「なら、馬のように頑張ってくださいね」

『・・・・・・』

そういえば、花瓶の花を持ってきたのはいつだっけ?

しかし、棚の上に置かれた花は生き生きと咲いていた。

御両親がいらっしゃったのだろうか。

「花瓶の水、替えて来ますね」

『・・・・・・・・・・・・・』

花の模様が入ったガラスの花瓶をもって、病室を後にした。


パリン

・・・・・・・・・・・あれ?

花瓶、落としちゃった。

何やってるんだろ、私。

「大丈夫ですか!?」

若い看護師がパタパタと走ってきた。

「あら、あなたは・・・・」

ふと顔をあげると、そこには見知った顔があった。

先輩の担当看護師だった。

そういえば、そろそろ検温の時間だっけ・・・・

「どうしました?」

「え?」

どうしましたって・・・・・どういうこと?

あれ?ガラスが割れてる。

片付けなきゃ。

「危ないですから、私がやります」

「あ・・・・」

痛い。

人差し指の先から、血が出ていた。

「ほら、気をつけて下さいね。貴女に何か会ったら葵くんに怒られますから」

「・・・・・・・・すみません」

ホント、何やってるんだろ・・・・私。


「ちょっと」

突然、声をかけられた。強い口調で、怒っているみたいだ。

「・・・・・・・部長」

そこには、前髪をカチューシャであげた金城先輩が立っていた。

普段からキツイ人だったが、今日の表情は更に怖かった。

「顔、貸しなさい」

「・・・・はい」

大体、言われることはわかってる。私はこの1ヶ月部活を休んでいるからだ。

ちょうど人のいないラウンジがあったので、そこに先輩と対面して座った。

「・・・・アイツの容態はどうなの?」

驚いた。はじめから怒り口調でくると思っていたからだ。

「芳しくはないようです」

「そう・・・・」

先輩は窓から外の景色を見ながら、力なく呟いた。

「・・・・怒らないんですか?」

「は?何を?」

「え・・・・だって、私はもう1ヶ月も部活をサボってるんですよ?」

ああ、その事ね。と、先輩はまた静かに呟いた。

「もちろん怒ってるわよ。でも、私にもあなたの気持ちが分からない訳じゃないわ」

でも、と今度は力強いこえで言った。

「あなた、いつまでにあんな一人芝居(・・・・)を続けるつもり?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

一人芝居。

その通りだ。私がやっているのは、1ヶ月も続けているのは、一人芝居の独りよがり。

現実に幻想を塗り重ねているだけ。

ただの現実を受け止められない弱く、痛い子。

「見ていられないのよ」

先輩は、そう言った。

「それに、あなた部活の面子と顔会わせるとき、ばつが悪そうにしてたじゃない。だから、今日はあなたにこれを持ってきたわ」

先輩は1枚の書類をテーブルに置いた。

退部届

そう、書類には書いてあった。

「とりあえず渡しておくわ。後のことは自分で考えなさい」

そういって、先輩は去った。


放課後、私は出来るだけ早く荷物をまとめる。そして、目立たないように校舎を出た。

「榊さん!」

もう少しで校門だったというのに。

同期生と木崎先輩が立っていた。

「朱、今日の部活は?」

「ごめん・・・・今日は・・・」

「今日は!?今日もでしょ!!いい加減にしなさいよ!!」

同期生である吉岡さんに怒鳴られた。思わず萎縮してしまう。

「理由も説明せずに1ヶ月もサボって、やる気あんの!?」

「そ、それは・・・」

「なんか言ってみなさいよ!」

「っつ」

君代先輩の事は校内では秘密になっている。学校側は混乱と評判の低下を恐れて、先輩を短期留学中とした。真相を知っているのは、先輩に近かった人間だけだ。少なくとも、おなじ部活に所属しているぐらいでは、知り得ないのだ。

「吉岡さん」木崎先輩が良く通る声で「少し黙って」

吉岡さんは不満に満ちたような顔をしたが、先輩の言う通りに黙った。

「榊さん、私はあなたの、いえ、あなたたちの事情を知っています。部長が貴女に渡したものも知っています。ですから、少しお話しませんか?」


先輩と近くの喫茶室に入った。

吉岡さんも着いてこようとしていたが、木崎先輩によって退けられた。

「私にも榊さんを追及する資格があるはずです」

「これからするお話しはそういう事じゃないの」

「しかし」

こんなやり取りでは吉岡さんは納得しないだろう。

正直に事情を話すのが一番早いのだろうが、そうはしたくなかった。

学校の体裁や評判なんて関係ない。私自身がそうしたくなかったのだ。

「吉岡さん、貴方は練習に戻りなさい。これはお願いではなく命令です」

普段出さない低く強い声で言われた吉岡さんは、渋々練習に戻った。

そして今、私と木崎先輩は喫茶店の窓際の席で向かい合わせに座っている。

ここ喫茶店「ルーロー」は学生に人気の喫茶店だ。雰囲気のいい店内に、ナポリタンなどの軽食が美味しいのだ。

外壁にはアサガオが茂り、刺さるような強い陽射しを和らげていた。淡い色を乗せた花は露を嫌うように自身をさらけ出していた。

そこで先輩はコーヒーを、私はウインナーコーヒーを注文した。

「いい店ですね。学校からもそうですが、窓からの景色も素晴らしいです」

先輩はコーヒーに角砂糖を1つ溶かしながら、私に同意を求めるかのように言った。

「そうですね」

「彼はどんな景色を見ているんでしょうね」

私は口につけようとしたカップの動きを止められた。

この人は、ナニヲイッテイルンダ。

「先輩は・・・・・・まだ起きてません」

「あら、私は君代くんの事とは言ってませんよ?」

「・・・・・なにが言いたいんですか?」

「あら、それは貴女がよく分かっているんじゃないですか?」

正直に言うと、私はこの人が嫌いだ。

この人は名探偵さながらにあらゆる「真実」を簡単に暴く。

それに救われたひともいるだろうが、私には迷惑千万だった。

しかも嫌味ったらしく言うのだ。

生クリームをコーヒーにすこし沈める。透き通った黒い珈琲に白い濁りが入る。生暖かい風が私の周りを回っていく。

トイレに行くと言えば逃げられるだろうか。いや、無理だろう。この人には通用しない。

チリチリと嫌な汗が首筋を伝う。ここから逃げたい、本心から思う。

鞄をつかみ出口へ走る。先輩に代金を押し付ける形になるが、そんなことは気にならない。

「私は彼を・・・君代君を可哀想には思う程には心があるつもりよ。でも貴女を可哀想とは思わないの。貴女だけが特別じゃないのよ。少なくとも私にはね」

「・・・・わかっています」

先輩はコーヒーの最後に一口を飲み、「ならいいわ」と言って伝票を持ってってしまった。

「後は、いえ、最初から貴女の問題だしねー」


本当に分かっているのだろうか。

彼は間違いなく私にとって特別な人だ。

世界で一番大切な人だと断言できる。

だって、こんなに好きなのだから。

特別な出会いがあった訳でもない。

パンをくわえて走っていたら角でぶつかった訳でもない。

昔からの幼馴染みという訳でもない。

部活に入ったらかれがいた。それだけだった。

少し特別だったのは、家の方面が一緒だっただけ。

毎日一緒に帰ってるだけ。

あの日も一緒に歩いていただけ。

ただ、それだけだった。


ーそれでも


彼は間違いなく、私にとって特別な存在なのだ。


喫茶店を出る。空は朱色。窓から見えたアサガオは露を包み込むように踞っていた。



今日の学校はいつもより騒々しい。

自席でそわそわしている者、携帯を取り出してはポケットにしまう者、友達と他愛のない会話をして気を紛らす者、自信があるようで余裕をこいている者、学校なんて休めばよかったとぼやく者、そんな今日この日。

先輩と話したあの日から2週間が経った。あの人は結局何が言いたかったのか。私をからかって楽しみたかっただけなのかもしれないーーそうだとしたらどれだけ楽か。

この学生ではテスト1週間前は部活動が全面的に禁止となる。生徒をテスト勉強に集中させるのが目的なのだろうが、私はこの制度があまり好きではない。部活をやっていると生活テンポがそれに固定されてしまい、急にテンポが変わってもついていけないのだ。

先週テストがあり、今日はその発表。

学年320人の内上位30名が発表される。

因みに私は今までのテストでは全て最初に名前が挙がっていた。

「貼り出されたぞ!」

誰かが言ったその掛け声を合図に一斉に教室を出ていくのを、朱はボーッと見ていた。

「どうせ今回も榊がトップなんだろ」とか聞こえてくる。自分への予防線のつもりなのか、私への当て付けなのか。

普段なら気にも止めないことが妙に耳に入る。どことなく苛つく。全部あの人のせいだ。

廊下が騒がしい。まるで宇宙人が攻めてきたのを目撃したかのようだ。

でも、そんなことすらどうでもいい。苛つくのにどうでもいい――そんな矛盾した感情が妙に私を縛る。

面倒だ、もう寝よう。

だがそんな逃避は妨げられた。女生徒数名が机を囲んで切羽詰まった声で言った。

「朱! あなたどうしたの!?」


そこに、榊朱はなかった。


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