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【4】共食いの牛(前)

 愛が誠に体を押しつけてくる。

「ねえ、保健室いかない……? 先生は追い出すから……」

「俺……授業に戻るよ……」

 愛の股から自分の右手を引き抜こうとする誠。しかし、その右手はしっかりと握られている。

「放してくれないか……。戻らなくちゃ……。昨日、学校休んだし……」

 誠は、愛の目をしっかりと見ると、左手で愛の右手を優しくつかみ、引き離そうとした。

「ふふっ……。まあ、おいおいね……。この世界には、愛と誠しかいないんだから」

 誠の手を静かに放す愛。その顔には、屈託のない笑顔が浮かんでいる。誠もその手を放した。

「じゃあ、またね!」

 愛は、両手をカーディガンの袖で隠すと、誠の腰をぽんと叩いた。

「ああ……」

 誠は、愛に穏やかな一瞥(いちべつ)を投げると、背中を向けて教室に向かった。

 途中、廊下の水道で右手の指先を軽く洗い、自分の教室の引き戸を目前にしたとき、

〈タッタッタッタッタッタッ……〉

 と、背後から廊下を駆けてくる音が聞こえてきた。

「まことぉ! だいすきぃ!」

 愛の声が廊下に大きく響いたかと思うと、誠の尻を叩いて走り去っていった。

〈ガラガラガラ……ピシャ!〉

 遠くで引き戸を乱暴に開け閉めする音が廊下に響く。

(いったい、何だって言うんだ……)

 誠は、自分の教室を静かに開けた。

(……ついていけない……)

 と、思ったのは、誠だけではない。

 上空4万メートルの宇宙船にいた研究主任も同じ気持ちだった。

「ハッハッハッハッハ! オカシスギル! 死ヌダノ、消スダノ、抱イテダノ、好キダノッテ! サスガ野蛮人ダ!」

 あの『麗しの男』が、目を閉じたまま、小馬鹿にした笑い声を上げている。

 研究主任が扉を閉めると同時に、それは聞こえなくなった。

「ウトシェック!」

 部下に声をかける研究主任。

「ハアイ……」

 けだるそうに応じる部下。

「私ノ許可ナク、あーとのっく増幅装置ヲ、地球人ニ使ッタナ! アノ情緒不安定ナ行動ヲ見レバスグニ分カル! アトデ調査シテ、何ラカノ処分ヲ検討スルカラナ!」

 研究主任は、厳しい口調で部下の耳元でささやいた。自分の声があの『麗しの男』に聞こえないようにする配慮だ。

「アア、結構デスヨ。僕ノ処遇ハ、ヨーグ管理官ガ、保証シテクレルソウデスカラ……」

 部下は、薄ら笑いを浮かべ、普通の声で返した。

「ソウ……ウマク、イクカナ……」

 と、返す技術主任。

(本当にそういう人じゃないと思うぞ……。あの人は組織をおもちゃにしているようだからな……)

 と心の中で思ったが、そこは口にしなかった。

(ちきしょう……)

 と、心の中でつぶやいたのは、席に戻った誠だった。その黒板に、丸い透明の容器に入った幼なじみの顔が映り、ひとりでに涙がこぼれてくる。しかし、気に留める人は誰もいない。

 ――黄色い光に包まれた教室。カーテン越しに西日が柔らかく差し込んでくる。

「まッこと、くんッ!」

 愛が背後から抱きついてきた。背中に柔らかなものを感じたが、誠は動じなかった。

「いっしょに、か・え・ろッ!」

 頬にふわりとした感触を覚えた誠。愛は、誠の右頬に自分の頬をくっつけてきた。

「いいよ……ひとりで帰るから……」

 誠は、愛の顔を引きはがすように右肩を小さくすくめながら、鞄に教科書を収めている。

「ええ? なんで~!? 一緒に帰ってくれてもいいじゃな~い。人間は、『愛と誠』だけなんだから」

 愛の言葉に、誠は応じることなく、鞄を閉じた。

「じゃあさ! アルダムラで勝負して、あたしが勝ったら、つきあってくれる……?」

 今度は誠の左頬に顔をつけてくる愛。誠は左肩をとっさにすくめながら、愛の体重を背中に感じた。

「そんな理由で戦うなんてヤだよ……」

 と答える誠。愛が離れるのを背中で感じる。

「じゃあ……あたしを止めてみてよ……」

 誠の正面に回り、机に両手を置く愛。誠が見上げた次の瞬間、

「……ほら! 止めてみなよ!」

 と、叫んで教室の窓に駆け寄ると、からりと窓を開けて飛び降りた。

〈ガタッ〉

 とっさに立ち上がり、窓に向かう誠。机の下にぶつけた膝上がじんと痛む。

 窓の向こうには、等身大の黒いアルダムラが空中に立っていた。

 特撮ヒーローのような出で立ち。やや光沢のある黒いヘルメットとボディースーツに、ピンクの蛍光色があしらわれている。前腕部と膝下がわずかに太い。西日に照らされて輝いていた。

「それでわあ、船を2~3コ、落としてまいりますデス……」

 黒いアルダムラは、おどけた口調で誠に敬礼をすると、ピンクの軌跡を引いて、すっと飛び去っていった。

(ヤツは本気だ……)

 とっさにそう思い、周囲を見回す誠。ほかの生徒たちは、ぞろぞろと教室を出ていっている。自分の方を向いている者はいないようだ。

 緑色の光を全身にまとう誠。次の瞬間、鏡のような金属色のアルダムラになると、窓を飛び出していった。

「ふふっ、来た来たあ!」

 校舎の方を向いて上昇する愛の黒いアルダムラ。誠の出方を待っていたのだった。

 緑色の光の軌跡が校舎の方から自分の方へと向かってくるのを認めたところで、愛の等身大アルダムラがピンクの光に包まれた。光が消えると、そこに大型化したアルダムラが現れた。

 頭部は流線型。胸がたくましく張り出し、腰がくびれている。前腕部と膝下が太い。

 あとを追う誠。一瞬緑の光に包まれて消えたかと思うと、大型化したアルダムラになっていた。

 上昇しながら周囲を見回す黒い大型アルダムラ。

「ああっ! 散布船発見!!」

 やがて、黄色い空に擬態した宇宙船をはるか遠くに捉えた。追ってくる誠を十分引きつけたところで、その宇宙船の方向へ向かう。

「まことく~ん! だいすきぃ!」

 と叫んで、上空に向き直り、加速する。

 ピンクの軌跡を描く黒いアルダムラ。『気を付け』の姿勢になり、頭部の流線型がさらに滑らかになった。両足からは、姿勢制御用と思われる翼のような突起物が現れている。アルダムラの『高速移動形態』だ。

 そして、傘状の雲をまとったかと思うと、

〈ドゴオオオオオンッ……!〉

 大きな衝撃音が空に散った。

〈ドゴオオオオオンッ……!〉

 誠も高速移動形態に変形し、超音速でそのあと追う。

 黄色い空に、ピンクの線、少し遅れて緑の線がのびていく。

(狙いは……あの大きな船か……)

 誠の大型アルダムラも上空の宇宙船を捉えていた。直径1キロはあるだろうか。誠の感覚からすると、とてつもなく大きい。

 その宇宙船の上を捉えたところで、黒いアルダムラが高速移動形態を解除した。左手を右手首に添え、その手のひらを下に向けて突き出す。

 右手のひらが強烈なピンクの光に包まれたかと思うと、放った光線が船体を一直線に貫いた。

(あんなデカイ船……こんな所で落とされてたまるか!)

 加速する誠のアルダムラ。愛のアルダムラは、高水圧切断機を使うように光線を船体に走らせていく。

 高速移動形態を解除した誠のアルダムラが、両手のひらを突き出し、緑の光を盾のように広げて、ピンクの光線と船の間に割って入った。ピンクの光線をさえぎりながら、そのまま愛のアルダムラに向かっていく。

「ふふっ……誠くん……どっちの味方か分からないじゃない……」

 と、つぶやいて、光線に力を込める愛。ピンクの光が強まり、誠が押し戻される。

(くっ……)

 誠の盾の光も強まった。再び、じりじりと愛の方へ近づいていく。

「じゃあ……こうしたら、どうする?」

 いったん光線を止め、両手のひらを素早く突き出す愛の黒いアルダムラ。親指を誠の方へ、残る各手の4指を外側に向ける。

 誠は、愛が放った光線が収まるとほぼ同時に、猛烈なスピードで愛に肉薄していた。

 しかし、愛の両手の親指から放たれたピンクの細い光線は誠のアルダムラに、残り8本の光線は弧を描きながら誠の背後に浮かんでいる宇宙船に向かっていった。

「ぐっ……」

 2本の光線を受けた誠のアルダムラが空中でよろめく。

(意外と威力があるな……)

 防御のために光の膜を薄くまとっていたが、予想以上に強力だった。鏡面加工ような体の一部に丸い焦げが2つできている。

 残りの8本の光線は、その場から離脱しようとしていた宇宙船を貫通すると、交差するように抜けていった。

 なおも愛に向かっていく誠のアルダムラ。2つの丸い焦げはもう消えていた。

「トオッ!」

 今度は両手の5指をそろえて光線を放つ愛。

 誠は、空中に緑の軌跡を描きながら、何かに弾かれたように素早く鋭角によけると、愛のアルダムラのそばをすり抜け、そして向き直った。

「あっ……」

 愛がつぶやいた。

 愛のアルダムラの首がなかった。

 誠のアルダムラは、前腕部の一部を剣状に変形させ、その首を落としたのだった。変形した部分が緑の光の膜をまとっている。

 愛のアルダムラにできた切断面は、ピンクの蛍光色に光っていた。

「あああ! アタシの首、切ったあああ!」

 背後に回った誠に振り向く愛。再び誠のアルダムラが襲いかかる。

 猛烈なスピードで誠から距離を取る愛のアルダムラ。手から何度も光線を放って、誠のアルダムラを牽制(けんせい)する。首の辺りがピンクの光に包まれたかと思うと、その頭部が復元していた。

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