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【2】幼なじみの牛(前)

 全身が鏡のような金属色。デザインアクセントのようにあしらわれた緑の蛍光色、そして黒い線。ひと回り大きな前腕部と膝下……。アルダムラ状態の誠は、青い空の『上』にいた。強烈な太陽の光で体の一部が輝いている。

 どのくらいの高度にいるのか誠には分からない。しかし、非常に高い空にいるのは分かる。

 群青色の地平線が、まるで地球と宇宙の境目のように見える。はるか下には、青みがかった緑色の地上が、白い雲の隙間からのぞいていた。東京湾や房総半島さえ見える。

〈ボボボボボボ……〉

 猛烈な風切り音が聞こえる。それでも誠には『落ちている』という実感があまりわかなかった。それほど高い位置にいた。

 真上を見てみる。真っ暗な空を背景に、ぽつりと浮かぶ白い円盤が、みるみる遠ざかっていく。

(アルダムラを大型化させるんだったな……)

 誠が念じると、緑色の光に包まれ、大きなアルダムラに変身した。鏡のような金属色に緑の蛍光色と黒のポイントカラー。アートノック粒子の光は、緑色になっている箇所から放出されているようだ。

 身長は数メートル。しかし、誠のいる空中では、その大きさを実感できるものがない。頭部は流線形。胸がたくましく張り出し、腰がくびれている。前腕部と膝下が太い。機体色は基本的に等身大の時と変わらない。誠の体は大きな胸の中に収納されているようだ。

(飛べ! 飛べ! 飛べ!!)

 と念じる誠。しかし機体は応えてくれない。猛烈な風切り音を立てながら周囲が回転するだけだ。下に見える東京湾が激しく回転しながらぐんぐん近づいてくる。

 焦る誠。仕組みは分からないが、十分な揚力と推力を得られてないようだ。うかうかとはしていられない。数分ほどで地上に激突してしまう。

 真っ暗だった空が、青くなっていた。うっすらと雲も見えている。

〈余計なことを考えないで頭に浮かんだイメージに素直に従って……〉

 美月の言葉を思い返す誠。目をつむり、自分に命令するのではなく、頭に刻まれた空飛ぶイメージを自分自身に重ね合わせる。

 しばらくすると、アルダムラにあしらわれた緑の蛍光色の部分が光を発し、すぐに全身が薄い緑の光に覆われた。

 誠の全身がぞわっとする。体が次第に軽くなり、重力から解放されていくのが分かった。

 やがて誠の大型アルダムラは空中で完全に静止した。眼下に広がるのは、まるで箱庭のように見える東京のビル群。もう、東京湾も房総半島も見えない。だいぶ落下してしまったようだ。

 研究主任と呼ばれていた男からもらった敵の位置情報を頭の中に描き出す。

(一番近い宇宙船はあそこか……)

 そして、自分が上昇することをイメージすると、アルダムラの足がさらに強く光った。

(よし! 行くぞ!)

 青い空に緑色の光の軌跡を描き、アルダムラが高速で上昇する。

(もっと、速く!)

 と、イメージすると、アルダムラが『気を付け』の姿勢になり、頭部の流線形がさらに滑らかになった。両足からは、姿勢制御用と思われる翼のような突起物が現れている。

 青い空、白い雲、緑の軌跡を描く誠のアルダムラ。緑の光が爆発的に強まると同時に傘状の雲を体にまとったかと思うと、

〈ドゴオオオオオンッ……!〉

 大きな衝撃音が青い空に散った。ソニックブームだ。

 空を切り裂くように猛烈な速度で進むアルダムラ。白くて丸く平たい飛行物体、イケットの調査船にぐんぐん近づいていく。

(ヤツらの調査船ってのは、あれか……)

 誠のアルダムラは、スピードを緩め、その飛行物体の上部にとりついた。

(入り口は……ここか……?)

 研究主任からもらった情報とほぼ同じ場所にあった。

(ここを焼き切れば……)

 手のひらから緑色の光線を放つアルダムラ。円形に開いた穴の向こうには管状の通路が奥までのびている。

(小型化……)

 誠のアルダムラは、緑色の光を放ちながら等身大になると、入り口に降りていった。

 ――通路に立つ誠。その直後、数名の警備兵に囲まれた。灰色と黒のツートンカラーのヘルメットと服を装着し、皆そろって手のひらを突き出している。

(まあ、こうなるだろうな……)

 誠は不思議と落ち着いていた。

 自分を囲んでいる警備兵の向こう側をうかがう。船内にもかかわらず、周囲は地球と同じような風景が映し出されていた。明るい白樺林の映像だ。

「オィエスオクォトゥ・エマィ・アフオキエトゥ・アナドゥム」

 警備兵のひとりが何かを言った。彼らの言葉、イケット語だろう。ごつごつした感じに聞こえる言葉だ。

(生体エネルギー『アートノック』で防御が可能……)

 誠の頭に刻まれた知識が呼び出された。頭の声に従うと、誠のアルダムラが緑の光の膜に包まれる。

(攻撃も可能!)

 誠のアルダムラが全身から強い光を放射した。囲んでいた警備兵がそろってすっ飛んだ。

「イケウオック!」

 すっ飛ばされた警備兵のひとりが、寝ころんだまま、手のひらから紫色の光線を放った。それを合図に、他の警備兵も一斉に光線を放つ。しかし、紫色の光線は、誠の緑色の光にむなしく阻まれるだけだった。

(撃つ! 撃つ! 撃つ!)

 応戦する誠。ひとり、またひとりと、寝ころんでいる警備員に向かって手のひらから緑色の光線を放った。

 周りの警備員が動かなくなった。

 誠は、何事もなかったように、頭に刻まれた情報に従って白樺林の通路を早足で進んでいった。

 やがて、白樺林から草原に出た。宇宙船の船内とは思えない。通路の形は、映像のわずかなズレや実際の影で分かる。慣れればどうということはない。

 時折、通路の角から警備兵が光線を発射してくる。誠も光線を放ち、落ち着いて応戦した。敵は思ったよりたやすく倒れる。

 ――一方、美月は複数の研究員と一緒に、ある部屋にいた。

 皆、目を閉じている。頭に映し出される映像を見ているのだ。

「あーとのっく値ノ上昇ガスゴイ……」

 研究員のひとりがつぶやいた。

「あせれぶクン、コレハ逸材ダ。ヨク見ツケタネ……」

 研究主任が言った。

「アリガトウゴザイマス……。アノ……私ハ、コノ辺デ、戻リマス……」

 ――誠の様子に戻ろう。

 誠は『見えない壁』に阻まれていた。前後の通路を遮断されたようだ。草原と青い空、綿(わた)の形をした真っ白な雲が見えているが、先にもあとにも進めない。

(壁を破るか、天井を破るか……)

 目を閉じて、もらった情報を確認する誠。天井を破れば近道になりそうだ。しかし、

(船が墜落でもしたらやばいな……)

 と判断し、壁を破ることにした。

 右腕を突き出し、その手首に左手を添え、腰を落とす。右手のひらにエネルギーが集中するにつれ、緑色の光が強まる。

(いけッ!)

 心のかけ声と同時に光線を放つ。光線は壁を突き抜け、その向こう側にいた数名の警備兵を焼いた。警備兵たちは円陣を組むように立っていた。捕らえた侵入者への対応を相談していたようだ。灰色と黒のツートンカラーのヘルメットと服がチリチリと焼かれ、中身の肉体も焼かれていく。それはほんの一瞬のことで誰ひとり声を上げる暇もなかった。

 いびつな円状に穴が開いた壁。誠のアルダムラが、そこを落ち着いて通り抜けていく。消し炭のようになった死体が数体見える。誠の光線に焼かれた警備兵だ。

 小走りで先を進む。途中、2人の警備兵とばったり出くわした。彼らは、慌てて両手を挙げ、道を空ける。

(へえ、無抵抗のポーズは地球と同じなんだ……)

 と思いながら、警備兵のひとりに質問をしてみる。確認のためだ。

「するあと、そぶ、えどのっど!」

 誠の言葉に警備兵は反応しない。

「スルアト=ソブ・エドノッドゥ!」

 口調を変えて聞き直す誠。警備兵のひとりが、挙げていた右手で、おずおずと方向を指し示した。

 誠がもらった情報は確かなようだ。

(敵らしい敵は出てこないな……。ま、調査船だからかな……)

 誠は、それ以上、警備兵の攻撃を受けることはなかった。通路をさらに進むと、やがて壁に風景が投影されていない場所に出た。アタキムの宇宙船で見たような真っ白な空間だ。

(確かにここのはずだけど、どうやって入るんだ……? 移動装置みたいので中に入るのか……?)

 壁を触りながら周囲を駆け回る誠。地球人が収容されている区画に来ているはずなのに、肝心の入り口が見つからない。あるのは白い通路と壁だけだ。

(しょうがない……。先に研究室に行ってみるか……)

 誠は、その場をあとにした。

 瞬間移動装置。現在の地球上には存在しないこの装置を、そう形容しておく。

 巨大な(まゆ)を縦にしたような光が晴れると、その中から、金属色でつやつやした人影が現れた。誠のアルダムラだ。

 薄暗い通路が真っすぐのびている。その左右には透明の壁が続いていて、そこから漏れた明かりが通路を照らしていた。水族館のような雰囲気だ。

 壁の向こう側は明るい。てるてる坊主のような白い服を着た人間が何人も作業をしている。研究員だろう。顔も姿も地球人と全く同じだ。肌の白い人、褐色の人、その中間の人、いろいろいる。

 研究員たちの背景には、透明な半円筒形のカプセルと、大きな地球瓶に似た容器が並んでいる。その透明で丸い容器には、人の頭が入っているものもある。誠がアタキムの宇宙船で見せられた映像とほぼ同じだ。

 研究員たちが作業をする手を止め、透明の壁越しに誠のアルダムラをじっと見る。誠を恐れている様子はない。通信手段は分からないが、侵入者を刺激するようなまねをするなとでも通達されているのだろう。

 左右を交互に見ながら通路を進む誠。透明の壁越しに、カプセルに寝ている人や丸い透明容器に入った顔を確認する。

 誠としては、この場所は後回しにするか、できれば訪れたくなかった。幼なじみの彼女がここにいることを想像したくなかったからだ。

 ――彼女との付き合いは誠の人生そのものでもある。生まれたときから団地の『お向かい』同士。さすがに時間は異なるが、生年月日が同じ。どちらの親とも、事あるごとに「双子だね」などと言っていた。勉強はあまり好きではない誠だったが、彼女と同じ高校に通いたくて奮起。見事同じ高校に入学できた。いつも一緒だったし、これからもずっと一緒にいたいと思っている。

 ――足をぴたりと止めた誠。その脚は小さく激しく震えていた。

 透明の壁に張り付くようにして中をのぞくと、彼女に似た顔が透明の容器の中に入っていた。

 誠の両手が緑色に光る。小さいが強烈な光だ。『光が凝縮されている』といった表現がいいかもしれない。

 その両手を透明の壁に触れた瞬間、緑色の光が表面を伝い、その光の広がりに合わせて、〈ジジジッ〉と焼けるように一瞬で蒸発していく。

 大きな穴が開いた透明の壁に入り込む誠。研究員たちは、さすがに動揺している。

 その研究員たちを一切気に留めることなく、丸い透明の容器に歩み寄ると、誠は、その少女の顔の前でしゃがんだ。

 顔は幼なじみのものだった。生きている。うつろな瞳を誠に向けている。誠は、両手で容器をつかみ、アルダムラ状態を解除した。

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