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【13】美月と誠のアルダムラ(前)

(誠くん……ごめんなさい……)

 胸と背中から青い光の粉を涙のようにはらはらと散らせて落ちていく美月の大型アルダムラ。遠のく意識の中で、突然、誠の存在を感じた。

 地上の方から緑の光の玉が尾を引いて高速で接近してきたかと思うと、美月のアルダムラの胸にできた穴に入り込んだのだった。

(あっ……誠くんが入ってきた……)

 これまで経験したことのない安心感と幸福感に包まれる美月。

(ああ……誠くん……)

 そして何とも表現しがたい心地よさが体中を巡る。

(美月さん……。行くよ……)

 意識の中で誠が優しく語りかけてくる。

(うん……)

 何とも言えない照れくさい感覚。生身の人間だったら、顔を真っ赤にしていただろう。美月は誠にその身を、アルダムラを、任せることにした。

 美月の大型アルダムラが、ズンッとひと回りもふた回りも大きく膨らみ、空中で静止した。そして、握りしめた両手を腰に構え、強烈な光を放った。

 光が赤い。少し茶色がかっている。赤というより赤錆色といった方がいいだろう。体の色も変化したようだが、赤錆色の光で何色に変わったのかは分からない。

 強烈な光を放つ美月と誠のアルダムラ。赤錆色のアートノック粒子をまとった状態で、白い大型アルダムラに激突し、そのまま突き抜けた。

 白いアルダムラの方に振り向く美月と誠のアルダムラ。白いアルダムラ、『隊長殿』の意識が遠のいていく。

(なに……なんだろう……。このドロッとしたイヤな感覚……)

 と、ぼんやり考えながら、白い光に包まれる。

 白い光が大きく爆発する。そしてその後には何も残らなかった。静かな空だけが残っている。

 美月と誠のアルダムラから出ていた赤錆色の光が収まっていく。そこに現れたのは、鏡のように輝く水色の大型アルダムラだった。身長は7~8メートルと通常のアルダムラよりやや大きい。たくましく張り出した胸、くびれた腰、ひと回り太い前腕部と膝下は、同じだが、頭頂部や両肘などから、翡翠(ひすい)色をした長い突起物が出ている。ここからもアートノック粒子が放出されるようだ。アルダムラの形状には若干の個体差があるとはいえ、ここまで違うことはない。

 その姿に太陽が映りこんで一部が光輝いていた。

 ――地上。海の見える喫茶店。かつて豊とその家族、中村夫妻、誠たちが集まっていた場所だ。

 その近くに立っているのは金属色の水色に輝く美月と誠の大型アルダムラ。頭頂部や両肘などから翡翠(ひすい)色をした長い突起物が出ている。

 その周りを中村豊とその妻、息子、娘、そして田中夫妻、美月の兄が囲んでいた。豊と夫妻はアルダムラ状態を解除し、生身の人間になっていた。

 水色に輝くアルダムラが話している。

「アルダムラ状態を解除できないんです……」

 男女の声が入り混じって聞こえる。

「新しい面倒が起きたのか……。やれやれ……」

 ため息をつく豊。それを美月の兄が引き取った。

「誠くんの体も、美月の体も、大型アルダムラの中で再生しているのかもしれない……。つまり、昆虫で言えば……、(まゆ)の役割をしていると考えられる……。しばらく様子を見るしかない……」

「どちらにしても……面倒そうですな……。でも、声がするってことは、2人は生きているってことですよね……」

 豊が美月の兄に言った。

「分からん……。生きていてほしいが……。あとでよく調べなくては……」

「ご自分の妹さんなのに、ずいぶん冷静なんですね……」

 率直な疑問という口調で豊が聞いた。

「いやあ……。心配だよ……」

「はあ……」

 豊は、美月の兄の答えに少し戸惑いながら、両手を口のそばに添え、美月と誠のアルダムラに向かって大声で言った。

「おふたりさあああんッ! しばらく様子を見るしかないそうだ! 2、3日食べなくても大丈夫だろ! ひとつのアルダムラん中で、ふたり仲良くやってくれ! 僕ん所の家族みたいじゃないか! 僕たちはそろそろ帰る! 何かあったら連絡してくれ!」

 美月と誠のアルダムラが右手を挙げるのを確認して、豊は美月の兄の方を向いた。

「博士……。僕らはそろそろ帰ります……。送っていきましょうか……?」

「いや……ありがとう……自分で迎えを呼ぶよ……」

「そうですか……。じゃあ、その迎えが来るまで私も待ちましょう……」

 ――夕暮れ時。西に沈みゆく太陽を妨げるものは一切なかった。団地の棟々を真っ赤に染めている。

 団地の棟に挟まれるようにして、ぽつんとたたずむ公園も赤く染まっていた。

〈キイッ……キィ……キイッ……キィ……〉

 ブランコが寂しそうに小さく揺れている。逆光でよく見えないが、夕日を背にして、そこに座る人影がひとつ。他には誰もいない。

 赤い空に溶け込んでしまいそうな赤錆色の光の軌跡が見える。やがて公園の上空で静止した。美月と誠のアルダムラだ。

(美月さん、ここに立っていようか……。誰も気に留めないんでしょう?)

(うん……。子どもたちの遊具にされてしまうかもしれないけど……。騒ぎにはならないと思う……)

 ブランコと向かい合わせの位置に降りてきた。誠と美月は心の中で会話をしている。実際に声を出しているわけではないようだ。

(アルダムラ状態だとまぶしくないね……)

(そうね……)

 などと話していた誠と美月は、正面に見えるブランコから手を振る人影を認めた。肉眼なら逆光でよくわからないが、アルダムラ状態の2人なら誰であるかすぐに分かる。

(あっ……。ヨーグ上級管理官……)

 美月がつぶやいた次の瞬間、その人影は、ブランコからぽんと飛び降りて、2人のアルダムラに近づいてきた。跳ね上がったブランコが不規則に揺れていた。

 身構える美月と誠のアルダムラ。

 美月の推測通り『美青年』のヨーグだった。近づいたところで再び手を振っている。

 美月と誠のアルダムラが赤錆色の光をまとう。

 それを見たヨーグは、『やれやれ』と言わんばかりに、横に小さく首を振ると、山吹色の光を発した。

 山吹色の光は、一瞬で数メートルの高さまで大きくなり、弱まったかと思うと、真紫の大型アルダムラの姿が現れた。身長数メートル。頭部は流線形。胸がたくましく張り出し、腰がくびれている。前腕部と膝下がひと回り太い。全身真紫でアートノック粒子を発する箇所が山吹色になっている。

 一方、美月と誠のアルダムラは、それよりも大きい。2人が一緒に入っているためだ。ヨーグの大型アルダムラは2人のアルダムラの胸の高さまでしかない。ヨーグのアルダムラをやや見下ろす視点になっている。

 ヨーグのアルダムラが2人のアルダムラを見上げるようにして、話を切り出した。

「ここに来たということは……そのアルダムラに入っているのは、渡辺誠くんかな……?」

「だとしたら……なんだ!」

「おやおや……男女の声が混じっているね……。新人のアセレブちゃんもその中にいるのかな……?」

 2人は何も答えなかった。ヨーグが続ける。

「迎えに来たよ……。さあ、帰ろう……。あるべき姿に戻ろう……」

「何を言っている……」

「君がここまで優れたアルダムラになったのは、誰のおかげかな? 僕のおかげだよ。君は僕に回収される義務がある……」

「義務だって!? 勝手に押し付けるな!」

「そうか……。じゃあ、僕に倒されるしかないね……」

「ヨーグ管理官! もう、おやめください! 管理官の不正疑惑は全て上層部が把握しています!」

「おやおや……。やっぱり新人ちゃんも入っているようだね……。その件では、君のお兄さんに、ずいぶんと、お世話になったよ。ずいぶんとね……」

 とまで言って、ヨーグのアルダムラは顔を少し横に向け、吐き捨てるように言った。

「……本当に……」

 その最後のひと言に本人の怒りが込められているのが分かる。

「兄だけではありません!」

「誰でもいいさ……。誰でも……。これが、僕の、やり方なんだよ……少々乱暴だけどね……。このやり方で、僕は、いくつも危ない橋を渡ってきた……。そして今の僕がある……。今回も同じだよ……」

 そして少しの沈黙。太陽は沈んでいた。残光が細い帯のように西の空を赤く焼いていた。

 ヨーグのアルダムラが再び口を開いた。

「さあ……最後の仕上げにかからせてもらうよ……。君たちがどんなに強くても、ここでは実力を発揮できない……。見たまえ……。ここで僕たちが暴れたらどうなるか……。ここに住む地球人が死ぬ。君たちにそんな残酷なことができるかな……」

 ヨーグの話を黙って聞いている美月と誠のアルダムラ。ヨーグが続ける。

「君たちが逃げてもここを壊すし、抵抗しても壊す。君たちに残された道は投降することだけじゃないのかな……? さあどうしようか……ん?」

 ヨーグの話を聞いた美月の気持ちが誠に伝わってくる。

(どうしよう……どうしよう……誠くん……)

(ちょっ……ちょっと待ってくれ……考えるから……)

 などと自分の気持ちを伝える誠。次の瞬間、ふと自分なりにいい考えが思い付いた。

(……と……とにかく、ヤツをこの場から引き離すんだ……。まずは……えっと……時間稼ぎだ!)

 しかし、それ以上の考えは思い付かない。そこで、まず時間稼ぎをすることにした。

「分かった! 降参するよ! でも、今はアルダムラ状態を解除できないんだ……。いつ解除できるかも分からない……」

 美月と誠のアルダムラが言った。

「ん……?」

 という反応を示すヨーグのアルダムラ。そして不意に笑いだした。

「ははははははは……。そんな出まかせを信じるとでも思っているのかい……時間稼ぎでしょ……」

 ヨーグが続ける。

「……降参する、と言ったね……。そんな心配はいらないよ……。ただ、アートノック粒子の放出をやめてくれればいい……。それだけだよ……。さあ、早くアートノックを鎮めてくれないか?」

(くっそお……)

 と誠。

(どうしよう……誠くん……)

(とりあえず、従うそぶりは見せよう……)

(うん……)

 美月と誠のアルダムラから赤錆色の光が消えた。今は、夕闇で紺色に見える水色のアルダムラがあるだけだ。

「うん……。素晴らしい……。アートノックを出さないで、『気をつけ』の姿勢をしてくれないか?」

 と言いながら、2人のアルダムラに歩み寄るヨーグのアルダムラ。美月と誠のアルダムラは、その言葉に従った。両肘にあった突起物がすっと引っ込んだ。頭頂部の突起はそのままになっている。

「そうそう……。体も柔らかくして……」

 ヨーグのアルダムラがその手で2人のアルダムラの上腕部をがっしりとつかむと、山吹色の光線を発した。

(!!!!!!!)

 上腕部から下に向かって、2人のアルダムラをぐるぐる巻きにしていく山吹色の光線。両腕の自由を奪い、そのまま下に巻き付いていき、脚の先まで拘束された。

 美月と誠のアルダムラは、姿勢を崩し、地面に倒れ込んだ。

「よろしい……。アートノック粒子の膜がない状態で、この光線を使うと、ガッチリと拘束できるんだ……。優れものだよ」

 とつぶやくヨーグ。目の前には、胸の辺りから足先にかけてミノムシのような姿になった大型アルダムラが横たわっている。夕闇の中で山吹色に光っていた。

(どうしよう……どうしよう……。このまま黙って従っても殺されちゃう……誠くんが死んじゃう……)

 焦る美月の気持ちが誠にひしひしと伝わってくる。

(落ち着いて美月さん……。ひとつ試したいことがあるんだ……)

 美月をなだめる誠。ひとつの賭けに出ようとしていた。というのは、山吹色の光線に拘束されてから、

〈ヨーグッ! 今日もエッチしよ!〉

〈あっ……ヨーグ様〉

〈ボクの優しいヨーグ様……〉

〈私のヨーグ様、私だけのヨーグ様……〉

〈ヨーグちゃあああん!〉

 などと、ヨーグを呼ぶ声が誠に聞こえてきたからだ。美月には聞こえていないらしい。

 その声は、ヨーグにも届いていないようだ。

「……それでは……。誠くん……出てきなさい……」

 ヨーグのアルダムラは、揉み手をするようにして両手から発していた山吹色の拘束光線を左手にまとめ、空いた右手を美月と誠のアルダムラの首と胸の間辺りに突っ込んだ。山吹色の光線で拘束されていない部分だ。ヨーグのアルダムラの手が2人のアルダムラの中にずぶずぶと入っていく。

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 2人のアルダムラの大きな悲鳴が団地の棟々に響き渡る。悲鳴を上げたのは美月だった。

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