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【12】光の牛(後)

 ――澄み渡る空。白くて平たい宇宙船。遠くに見える小さな雲。

 宇宙船の屋根に青い光がまたたいて、真っ青な大型アルダムラが現れた。

 身長数メートル。頭部は流線形。胸がたくましく張り出し、腰がくびれている。前腕部と膝下がひと回り太い。形状に若干の個体差があるようだが基本的な特徴は変わらない。

 全身青一色。アートノック粒子を放出するアクセントカラーも青になっている。美月の大型アルダムラだ。

 辺りを見回す美月。白いアルダムラが、上空に3体、ほぼ同じ高さに3体いる。距離はだいぶ離れている。宇宙船の下にもおそらく何体かいるだろうと察しがつく。

(どうしよう……)

 アルダムラ状態で外に出てみたものの、美月には策がなかった。

 白いアルダムラの1体が光を点滅させている。戦意のないことを示す合図だ。

(停戦信号……? どうしよう……)

 焦る美月。応じていいものかどうかも分からない。

 光を点滅させながら、白いアルダムラの1体が慎重に近づいてくる。

(あああああ……近づいてこないで……!)

 と念じながら、青い光を全身から放出する美月。接近してくる白いアルダムラの動きが止まった。

(どうしよう……。これからどうしよう……)

 美月には次の策が思い浮かばない。

(アセレブ、全速でこの船を動かす……。追ってくる相手を1体ずつ追い払え……といっても、そう、うまくいくとは思えんけどな……。上には連絡した。時間稼ぎだ……)

 脳波通信で兄から連絡が入ってきた。

(えっ……)

 と、美月が動揺した次の瞬間だった。正面の上空から、深紅の光の軌跡が真っすぐ自分のいる方向に向かってくるのが見えた。

(お兄さん! 待って!)

 脳波通信を入れる美月。

(敵の増援か……?)

 と、兄。

(ううん……。敵じゃないような気がする……)

(本当か……?)

(うん……。大丈夫……。敵だとしたら、今から逃げても間に合わないじゃない……)

 根拠のない予感が確信に変わってきた。上空を見回すと、深紅の光だけでなく、赤い光と紺色の光の軌跡が、まるで正三角形の角から中央に集まるように同時に近づいてくる。

 3つの光は、美月の真上で激突するかと思うと、猛烈な速度で真下に落ちてきて、付近にいた白いアルダムラのそばをすり抜け、下に消えていった。全て一瞬のことだった。

 美月には、3つの光が同時に落ちてきて稲妻のように走っただけのように見えた。

 周りを見回す美月の大型アルダムラ。青空にいくつもの白い光がまたたいて、消えていった。

 美月は、味方がやってきて敵を倒してくれたのだとようやく実感できた。

 人心地ついた美月の視界に、深紅、紺、赤の光の軌跡が3本すっとのびてきたかと思うと、次の瞬間、目の前に3体の大型アルダムラが立っていた。

 真ん中に立っているのは松葉色に深紅のアクセントカラー、その左は紺色に赤いアクセント、右は臙脂(えんじ)に紺のアクセント……。中村(ゆたか)と田中夫妻だった。

 美月は、誠から話は聞いていたものの、直接面識があるわけではない。

「君がマコっちゃんの彼女だね?」

 と、豊のアルダムラが話しかけてきた。

「えっ……?」

 戸惑う美月のアルダムラ。

「さっきマコっちゃんから大切な人を助けてほしいって頼まれたんだよ……。今、体がなくて動けないんだってね……」

「えっ……?」

 美月は豊の話が理解できない。

「マコっちゃんなら生きてるよ……。何でもありだ……あいつは……」

 ただ突っ立っている美月のアルダムラをよそに豊は話を続けた。

「そっちの仲間に、あくどいヤツがいるらしいね……。でも、もう終わりだ……。あんたらの仲間が調査に乗り出した……。なんらかの処分があるだろう……」

 美月は、豊が話しているのはヨーグのことだと察した。

「は……はい……」

 美月が戸惑いながら返事をした次の瞬間、4人が立っていた宇宙船の屋根がぐらりと揺れた。

 バランスを崩す4人。大きく揺れたのは屋根ではなく、美月の兄が操縦する宇宙船そのものだった。

(アセレブ! 揚力発生装置をやられた!)

 兄からの脳波通信を受け取る美月。宇宙船の高度が下がりはじめているようだ。

「もうひとり来たぞ! 敵のボスか?」

 真上を指差す豊の大型アルダムラ。他の3体も見上げる。

 青空に浮かぶ白い満月に見えた。もちろん、強力なアートノック粒子の玉だということは分かっている。

「君! 宇宙船の底を支えて、ここから急いで離れなさい! われわれが足止めをする! マコっちゃんを頼んだぞ!」

 と、美月に言う豊。

「田中さん! お願いします! 3人いれば何とかなるだろう!」

 豊の大型アルダムラは、田中夫妻を率いて、『白い月』に向かっていった。深紅、赤、紺、3本の光の軌跡が上に向かって真っすぐのびていく。

 美月の大型アルダムラは、豊から指示を受けると、すぐに船底に取りつき、兄の宇宙船を支えた。

 巨大な白い光の球体。その中に白い大型アルダムラがいる。ヨーグが『隊長殿』と呼んでいた男のアルダムラだった。

 深紅、赤、紺の光が尾を引いて、猛烈な速度で向かっていく。

(悪いけど、あんたらザコには用はないの……)

 と、白いアルダムラは、つぶやきながら、向かってくる3体に両手を突き出し、手を広げた。

 豊と田中夫妻のアルダムラが、ほぼ同時に白い光の玉に入り込もうとした寸前、深紅、赤、紺の光が同時に破裂し、大型アルダムラの姿が一斉に消えた。

(ふふっ……安全停止装置……さすがね……。ヨーグ様が苦労して手に入れたって言っていたから、使ってあげないとね……)

 白いアルダムラが見下ろすと、人間に戻った3人が豆粒のように小さくなって落ちていくのが見えた。

(さっ……次は船……!)

 白い大型アルダムラは、強い光を放ち、船底に向かって移動していった。

 一方、誠が寝ているカプセルからも、強烈な緑の光が発せられていた。やがて、太い光が透明ケースを破り、カプセルを破壊し、研究室の天井を抜けていった。

 緑色の光は、天井を抜け、宇宙船の屋根を抜け、空で大きく旋回すると、下に向かって降りていった。

 地上に向かって落ちていく生身の豊と田中夫妻。彼らはもうアルダムラ状態ではない。普段着の姿だ。

(もうだめだ……!)

 3人の誰もがそう思った次の瞬間、空中で静止した。地上の建物に激突する寸前で、緑色の光の帯が下に滑り込んできたのだった。

 しかも、3人は、等身大ではあるものの、アルダムラ状態に戻っていた。

(な……何が起こった……!?)

 辺りを見回す豊。自分を含めた3体の等身大アルダムラが大きな緑色の光に包まれている。

(中村さん、田中さんご夫妻……ありがとう! ありがとう!)

 豊や田中夫妻の頭に誠の声が入り込んできた。

「マコっちゃんか……!?」

 思わず叫ぶ豊。

(はい……あとは俺が、かたをつけます……。みなさんは、船をお願いします! 静かに着陸させてあげてください! まだ人が乗っています!)

「分かった!」

 と、返事をして豊が大型アルダムラになった。続いて田中夫妻も大型化する。身長が10メートル近くあるのが豊の大型アルダムラ。田中夫妻の方は身長数メートル。頭部は流線形。胸がたくましく張り出し、腰がくびれている。前腕部と膝下がひと回り太い。形状に若干の個体差があるようだが基本的な特徴は変わらない。

 松葉色の地に深紅のポイントカラー、紺地に赤、臙脂に紺の3体が再び光の尾を引いて上昇する。

(ありがとう! ありがとうございます!)

 という言葉を残して、緑色の光は、3体よりも速く空を上昇していった。

 一方、美月の真っ青な大型アルダムラは、船底を支えながら、白い大型アルダムラと対峙していた。

(どうしよう……どうしよう……)

 それしか頭に浮かばない。手を放せば兄の乗る宇宙船が落ちてしまうし、何も手を打たなければ、白いアルダムラから攻撃をうけるだけだ。

(防御だけでも……)

 美月のアルダムラが真っ青な光をまとった。しかし、相手には臨戦態勢と受け止められてしまったようだ。

(ほほう……? やる気?)

 白いアルダムラが両手のひらを開き、美月のアルダムラの方へ真っすぐ突き出した。

(落ちてもらうわね……)

 安全停止装置を発動させるが、何も起こらない。しかし、白いアルダムラは特に動じなかった。

(停止装置がきかない……。リミッターなしの……実戦用アルダムラね!)

 と判断すると、手を開いたまま、右腕を引き、アートノック粒子をためはじめた。

 これから光線を撃ってくることは、美月にも分かる。

(どうしよう……どうしよう……どうしよう……!)

 しかし、焦りが募るばかりで、何も頭に浮かんでこない。白いアルダムラの右手の光が強まっていく。美月の頭の中が真っ白になる。

 白いアルダムラは、ついに光線を発した。青い宝石を砕いたように、青い光の粉が美月のアルダムラの背中から散る。光線は、美月の胸を貫いていた。

 何も言わず、何もせず、力なく落ちていく美月のアルダムラ。全身の感覚が全くない。ただ、次第に遠のいていく意識の奥底から、

(誠くん……ごめんなさい……)

 と、泣きだしたい感情だけが湧き上がってくる。

 いや、美月はすでに泣いていたのかもしれない。青い光の粉が涙のようにはらはら散り、胸を貫かれた体とともに地上に向かって落ちていった。

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