【11】激闘の牛(後)
追いついたところで、割れ物を扱うように美月の等身大アルダムラを両手ですくい上げると、そのまま自分の胸に押し込んだ。
「うぐぅ!」
次の瞬間、誠のアルダムラの背中に大きな衝撃が走った。力の加わる方向から逃れようと、慌てて横に移動する誠。
「んごぉ!」
今度は別の方向から黄色に光る球体がぶつかってきた。誠が全身にまとっている『光の壁』を難なく突き破ってくる。声を上げてしまうほど強烈な威力だ。
「んがぁ!」
周りの状況を確認する間もなく、再び黄色の光球が上から落ちてきた。そのまま海面に向かって斜め方向に押し込まれていく。
黄色の光球を操作していたのはニージャのアルダムラだった。両手と光球を黄色の光線で結び、くいっ、くいっと、上下左右に動かしている。
黄色の光球は、灰色の光とも結ばれていた。その先には、8体のアルダムラが放り投げた40個ほどの球体、さらにその先には8体のアルダムラの手がある。いわば、空中に浮遊している球体の装置は、アートノック粒子の集束装置のような役目をし、ニージャが操る球体はその出力装置のような役目を担っているようだ。その光の強さから、相当な威力があることが分かる。
「んがああああああッ!」
海面に叩きつけられる寸前で横にそれ、そのまま超音速で離脱を試みる誠のアルダムラ。緑の光を陽炎のように揺らめかせながら、衝撃波で水面を削っていく。包囲網から数秒足らずで脱出できるはずだ。
(よしッ! いけるぞッ! これからが本番だ!)
と言ったのは、ニージャのアルダムラだった。脳波通信で味方を鼓舞しながら、誠のアルダムラを追うように2つの光球を操作する。
〈ドゴオオオオオオオンッ……!〉
誠のアルダムラが立てたソニックブームが空中に散る。
しかし、光球は、超音速で移動する誠のアルダムラを悠々と追い抜き、一定の差がついたところで、猛烈な速度で引き返してきた。
光球を両手で受け止めようとする誠。
(!!!!!!)
次の瞬間、両手と首、両脚が胴体から切り離されていた。
誠のアルダムラが受け止めようとした直前、正面から来た光球が薄い円盤状に変形し、その両手と首を奪い、後ろから追ってきていたもうひとつの光球も円盤状に変形し、膝下から下を切断したのだった。
緑の光の粉が宙に舞う。誠のアートノック粒子のかけらだ。
失った手足はすぐに再生されたが、光球は早くも次の攻撃をしかけてくる。
自分が出せる最高の瞬発力で回避を試みる誠。しかし、2つの光の円盤は、次の攻撃の機会をうかがうかのように、執拗に追ってくる。青い空と海、白い雲を背景に、1本の太い緑色の光の軌跡と2本の細い黄色の光が上下左右に忙しく動いている。
「くッ!」
2つの光の円盤が息を合わせたように仕掛けてきた。ひとつ、またひとつと、ギリギリのところで回避する誠。
(どうする……!?)
焦っている。冷静になる暇もない。光球の動きは自分の移動速度よりはるかに速い。
正面から迫りくる光の円盤。右手から光線を発する誠。
「んがッ……!」
今度は腰から下を失った。緑色の光の粉が、下半身とともに、はるか下の青い海に散っていく。
正面から来た光の円盤は誠の光線を浴びて動きが確かに鈍っていた。しかし、もう一方の円盤が背後から容赦なく誠のアルダムラに襲い掛かり、その胴を切り落としたのだった。
(ビームではじき飛ばせないということは……粒子量は俺より上……)
誠が放つアートノックの粒子量が、光る円盤よりはるかに多ければ破壊できる。粒子量がほぼ同じなら、はじくことができる。逆に低ければダメージを受ける。
誠は、その微妙な加減を経験の中で本能的に学んでいた。
(こちらから仕掛けるしかない……)
誠は覚悟を決めた。自分が出せる最高の瞬発力を出し、ニージャのアルダムラに向かっていく。
一方、ニージャは、空中で回り込むようにして、誠との距離を取りながら、まるで誠に呪文でもかけているかのように、上下左右にくいっ、くいっと、両手を動かしている。
2つの光の円盤が誠のアルダムラに襲い掛かる。
振り切ろうとする誠。緑色の光の軌跡と黄色の光の軌跡が何度も鋭角に交差する。
(胴体はやられないようにしないと……)
円盤が誠の腕や脚、時によっては胴体の一部を削っていく。しかし、ニージャのアルダムラとの距離は確実に詰まってきていた。
動じることなく両手を動かし続けるニージャのアルダムラ。不意に動作が大きくなったかと思うと、光の円盤が誠のアルダムラからいったん離れ、再び球状に変化した。そして、次の瞬間、勢いをつけた振り子のように誠に向かっていった。
「ぐあああああッ!」
光の玉が猛烈な勢いで誠の背中に当たった。正面に捉えていたニージャの姿が見えなくなった。
「んがあああああッ!」
別の方向から光の玉が当たった。体勢を大きく崩す誠。
ニージャはその一瞬を逃さなかった。
(決めるッ!)
と、両腕を鋭く動かし、2つの光球を円盤状に再び変化させると、誠に向かわせた。
一方、誠は、敵の猛烈な攻撃を受けながらも、次の手を必死にひねり出していた。
(粒子を右手に集中!)
剣状に変形した誠の右前腕部に全身の光が集中していく。
(……で、叩っ斬る!)
正面から向かってくる光の円盤を狙いながら、渾身の力を込めて剣を振るう誠。
「うごわッ!」
誠の振るった剣はむなしく空を斬り、光の円盤は誠のアルダムラの左腕から胸にかけてを深々と切り取っていった。さらに間髪を入れず、もうひとつの光の円盤が誠のアルダムラの胸から下を切り離した。
考えてみれば当然の結果だった。猛烈な速度で移動する物体を捉えるには、それ相当の能力を要する。それはアルダムラ状態でも同じだ。
緑色の光がはじけた次の瞬間、誠は等身大のアルダムラに変化していた。アートノック粒子を消耗し、大型化を維持できなくなっていたのだった。胸に入っていた美月がこぼれ落ちた。
「やった! とどめだ!」
歓声を上げるニージャ。アルダムラの左前腕部を剣状に変化させると、等身大になった誠に迫っていった。
誠の大型アルダムラの残骸、胸の一部がついたままの左腕と、胴体のついた両脚が、緑色の光の粉をはらはらとまき散らしながら海面に落ちていく。
その後に、生身の美月が頭からまっさかさまに落下していく。
「美月さあああああああんッ!」
と、叫びながら美月の姿を追う誠の等身大アルダムラ。反応がない。気絶しているようだ。
大型アルダムラの破片はやがて、光の粒になり海に落ちる寸前に空気に溶けていった。
それを抜き去って急降下する誠の等身大アルダムラ。しかし、そのすぐ後ろにはニージャの大型アルダムラが迫っていた。
「これで! 終わりだあああ!」
叫ぶニージャ。その声は、誠の等身大アルダムラにも聞こえていた。
しかし、今は落ちていく美月を追うのが精いっぱいだ。誠には全てがスローモーションのように感じたが、実際の時間は数秒とたっていない。
美月の脚まで、あと1メートル……、あと数十センチ……、あと数センチ……。
……どうにか間に合った。誠の等身大アルダムラは、海面すれすれで生身の美月を左脇に抱えると、後ろに素早く振り向いた
黄色の光の帯が右斜め上から落ちてきた……。少なくとも誠にはそう見えた。よけきれないと、反射的に右手をかざした次の瞬間、右の前腕部全体が緑色に激しく光った。
黄色の光の帯が右手の先から腕に入り込む感触を覚えた誠。しかし、そこで止まった。
ニージャの左腕から繰り出された光の剣は、誠の右の首筋ギリギリのところで止まっていた。
誠の右腕だけが大型化していた。自分の体以上の大きさになっている。
(ぬ……抜けない……!?)
左前腕部を剣状に変形させたニージャの武器が誠の右腕に食い込んだまま動かない。誠の右腕に『飲み込まれている』という表現がいいかもしれない。
結果として、誠の右腕には、相当量のアートノック粒子が残っていたことになる。ニージャが操る光の円盤を叩き斬ろうとしたときに、全身に残っていた攻撃に回せる粒子を、右前腕部に集中させたためだろう。
右腕だけが異様に巨大化した誠の等身大アルダムラ。その左脇にはぐったりとした生身の美月を抱えている。
誠の巨大な右腕には、ニージャの剣状の武器が食い込んでいる。誠は、その右腕をおもむろに動かし、手のひらをニージャに向けた。手のひらに緑色の光がたまっていくのが見える。
(!!!!!!!)
焦るニージャ。巨大化した誠の右腕から、自分の剣を必死で抜こうとするが、びくともしない。
誠の右手の光が強まってきた。ニージャは引き抜くのをあきらめ、光線を放とうと自分の右手を誠に向けた。
しかし、次の瞬間、ニージャの大型アルダムラの上半身が、誠が放った太い光線に飲み込まれていた。ニージャに声を上げる時間さえない、一瞬のことだった。
緑色の光線は、ニージャの上半身を抜け、やがて遠い青空に消えていった。
気づくと、誠の全身が大型化していた。美月は誠の左上腕部に埋まった状態になっている。右腕には、ニージャの剣が突き刺さったまま、その肘から先が残っていた。断面からは、黄色い光の粉が舞い散っている。その光の粉は、上半身を失ったニージャの大型アルダムラの断面からも出ていた。
左上腕部に埋まった美月を右手で優しく引き抜き、胸に収める誠の大型アルダムラ。次の瞬間、ニージャのアルダムラの残骸が黄色い光を放ったかと思うと、『何か』が誠の中に入り込んできた。
――新人特有の不安と希望に満ちた気持ち……。美しいという表現がぴったり合う男性が話しかけてくる映像……。ショートカットの女性が裸でいる映像……。その後ろから手を回してくる美しい男性の映像……。その美しい男性が他の女性と一緒にいるのを見て悶々とした気持ちになる感覚……。やきもきする感覚……。嫉妬する感覚……。
――黄色い光がはじけた次の瞬間、
〈ヨーグ様はアタシだけのもの……〉
という声が聞こえたような気がした。
黄色い光を浴びた誠の大型アルダムラは、鈍色から赤錆色に変わっていた。
ニージャの大型アルダムラの残骸は消えていた。もうどこにも見当たらない。誠の大型アルダムラは、空中で呆然と立ち尽くしていた。
「アレダケノ攻撃ヲ食ラッテ……大型アルダムラノ一番丈夫ナ胸ノ部分ヲ……一撃デ吹ッ飛バストハ……噂ニタガワヌ、バケモノダ……」
8体の白い大型アルダムラのうち、リーダー格と見られる者がつぶやいた。
(どうします班長!)
部下から脳波通信が入ってきた。
(戻るぞ! 隊長から無理をするなと言われている……)
(了解! みんな帰るぞ!)
部下のひとりが班長と呼ばれる者に代わって号令をかけると、8体の白い大型アルダムラが一斉にその場を離れていった。
――寝室、ベッド。そしてあのヨーグ。
その隣に長髪の人物が横たわっている。
「無能ナ部下デ、ゴメンナサイ……。次ハ、堅物ジャナクテ、モット気ノ利ク人ヲ用意スルカラ……」
女性にしては声が太い。
「イヤ、イインダヨ。隊長殿。万一何カアッタラ、オ願イスルヨ。『保険』ハカケテアル……。今度コソ、アノ野蛮人ヲ仕留メラレルヨ……」
ヨーグが長髪の人物にキスをして胸元をまさぐった。
「あっ……」
長髪の人物が声を漏らした。胸が女性のものではない。筋肉質で引き締まっている。
――寝室。ベッド。そして美月を両手で抱きかかえる誠の等身大アルダムラ。真っ青な掛け布団が乱れている。
美月をベッドにそっと横たえると、誠はアルダムラ状態を解除した。
誠の表情に影が差している。
なぜかひどく気がめいる。朝の高揚した気分がまるで嘘のように感じた。目に涙があふれてくる。しかし、理由は分からない。
美月が穏やかな寝顔でベッドに横たわっている。それをいとおしそうに眺める誠。右手を美月の頬にそっとあてる。
涙が止まらない。なぜかは分からない。
不意に美月に口づけしたい衝動に駆られた。抑えることができない。
右手を美月の頬に添えたまま、顔を近づける誠。
「美月さん……好きだ……」
誠の頭の影が美月の顔を覆った次の瞬間、美月の目がカッと見開き、誠の首を両手でひつかんだ。
(!!!!!!)
突然のことに驚き、声も出ない誠。
美月の両上腕部だけが等身大のアルダムラ状態になったかと思うと、〈ブツンッ……〉と音をたてたかのように誠の首が落ちた。
スパッタリング……。絵の具をつけたブラシを金網でこすったように美月の顔に血しぶきがついた。
はっとわれに返る美月。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!」
その悲鳴は、窓や壁を抜け、団地の建物に響き渡り、敷地を越え、天まで届く勢いだった。




