【11】激闘の牛(前)
――新鮮な光に満ちた真っ白な世界。窓から差し込む朝日で湯気がきらめいている。今の誠の気持ちを象徴する光だ。小さくてごく身近にある美しい世界。何もかも、いつもと違った風景に見えた。
誠は、朝から湯船につかっていた。お湯の音が静かに浴室に響く。昨夜の出来事が何度も頭の中で再生される。
――光る蛍光灯。床に無造作に散らばった2人の服。トランクスと、スポーツ用のブラとショーツ。真っ青な掛け布団が乱れている。
ベッドに重なる2人の男女。誠が上で美月が下。腰から下は掛け布団で覆われている。
「ご、ごめん……俺……初めてだから……」
ひどくうろたえ、弱気な表情を浮かべている誠。
「うんん……私も初めてだから……。誠くん……大好き……」
と言って、誠をぎゅっと抱きしめる美月。自分が上になると、誠に覆いかぶさり、大人の接吻をした。
恍惚とした表情を浮かべる美月。緊張でギュッと目をつむる誠。美月の唇が誠の口から、鎖骨、胸へと移動する。
これまで経験したことのない幸福感に包まれて朝が来た。しかし、美月の姿はベッドにも家にもなかった。
――湯気に昨夜の出来事を映し出す誠。美月の熱っぽいまなざしが頭にこびりついて離れない。
(あ~あ……。もっと俺がリードできていたらなあ……。今日、本を買って勉強しとこう……)
今日は学校を休むつもりでいた。この世界では、誰に何を言われるわけでもない。
(ああ……。今日の夜もできないかなあ……)
昨夜の美月の表情を思い出す誠。あたたかく、柔らかく、しっとりとした美月の肌を思い出すだけで、自分の血液が一気に股間に流れ込む。
(朝から、俺は何考えているんだ……)
頭を湯船に沈める誠。しかし、湧きあがる幸せな気持ちを抑えることはできなかった。
――着替えて家を出る誠。平日の昼前の団地。静かだ。何だか世界をひとり占めできたような高揚感さえ覚える。
何気なく空を見上げる誠。空が爽やかに青い。
しかし、次の瞬間、眉をひそめた。白く光る円盤状の飛行物体が、空から近づいてきたからだった。
(イケット人か……!?)
等身大のアルダムラに変身する誠。特撮ヒーローのような出で立ち。くすんだ金属色、鈍色のヘルメットとボディースーツに、緑の蛍光色と黒があしらわれている。前腕部と膝下がわずかに太い。
円盤状の飛行物体は、誠の頭上で停止すると、地上に向けて円筒形の光を放出した。
光の中から出てきたのは、ショートカットの女性だった。ニージャだ。女性に続いて、真っ白な等身大アルダムラが8体降りてきた。背中に棒状の武器か何かを提げている。
「マコトというのは、あなたかしら……?」
女性は日本語で話しかけてきた。アルダムラ状態の誠がうなずく。
「迎えに来た……って言えば分かる……?」
ニージャの言葉に誠は再びこくりとうなずいた。
「暴れるなら、海がいいんでしょ……?」
「ああ……」
誠が初めて声を出した。
「じゃ、行きましょうか……」
黄色の光を放ち、一気に大型アルダムラ状態になるニージャ。通常の大型アルダムラより一回り大きく10メートル近い身長。流線形の頭部、たくましく張り出した胸、くびれた腰、ひと回り太い前腕部と膝下。形状に若干の個体差があるようだが基本的な特徴は変わらない。
全身は白と薄紫のツートンでアートノック粒子を放出する箇所が黄色になっている。
(黒いアルダムラのときの……!?)
その姿を見て誠はピンときたが、確信を持てるまでには至らなかった。あのときは何もかも一瞬で、細かいところまでは覚えていない。
ニージャに続いて、後ろにいた等身大アルダムラも大型化する。形状の特徴はほとんど同じ。ただ、全身が真っ白で色の装飾がほとんどない。アートノック粒子を放出する箇所が薄い灰色に見える程度だ。
そして誠も大型化した。身長は数メートル。相手よりひと回り小さい。全身鈍色で、アートノック粒子を放出する箇所が緑の蛍光色になっている。
ニージャが口を開いた。
「どこでも好きなところへどうぞ。ついていくから……」
その言葉に従い、先に飛び立つ誠。その後にニージャの大型アルダムラと8体の白い大型アルダムラ、さらに円盤状の飛行物体が続く。
誠は学習していた。これまで数回の戦闘を通して、今、何をすればいいのか、自然と考えられるようになっていた。いわゆる『戦い慣れ』である。
移動中も無駄にしない。空を飛びながら、強力なアートノック粒子をいつでも放出できるよう、体内に蓄積していた。
粛々と戦いの準備をはじめている誠。一方、そのあとを追うニージャたちは、その変化に気づかなかった。
ニージャは、飛行中、通信のようなもので味方に発破をかけていた。イメージのようなもので伝えるため、誠に聞かれる心配はない。仮に『脳波通信』と形容しておこう。
(戦闘は個で行うものではない! 集団で行うものだ! これはヨーグ上級管理官の言葉である! それだけ、われわれは有利ということだ! 自信をもってヤツを捕らえてほしい!)
――青い空、白い雲、一面の海……。月並みな表現だが、実際、誠たちはそういう場所にいた。
鈍色の大型アルダムラは誠。それよりひと回り大きい白と薄紫のアルダムラはニージャ。その背後に控える8体の白いアルダムラ。そして、そこから少し離れた上方には、円盤状の飛行体が空中で静止している。
「ここでいいかしら……」
ニージャの大型アルダムラが言った。
「ああ……」
誠が素っ気なく応じた。
「結構……」
と、ニージャは答えると、例の『脳波通信』でヨーグに連絡を入れた。イメージのようなもので伝えるため、他の誰にも聞かれる心配はない。
(ヨーグ様……。あの女を出撃させてください。あと、思考操作装置は最大に……)
(もうしているよ……)
(ありがとうございます……)
ヨーグとやり取りをしながら、ニージャは、大きく張り出した胸から、小さな楯状の装置を取り出し、右腕に装着していた。取り出した瞬間、アルダムラがぐんと縮んだ。
さらに、胸から棒状の武器のようなものも取り出した。アルダムラがさらに縮み、誠の大型アルダムラとほぼ同じ大きさになった。
左手に取った棒状の武器を勢いよく振るニージャ。彼女は左利きのようだ。棒状の武器が自分の身長ほどの長さにのびている。棒というより槍という表現がいい。先端が鋭利で鋒先全体が波打っている。蛇矛、あるいは刃先だけを見ればフランベルジェという形容ができるかもしれない。便宜上、蛇矛と表現しておこう。
ニージャの動きに合わせて、他の8体も楯状の装置を装着し、蛇矛を取り出した。
一方、誠もただ黙って見ていたわけではない。粛々とアートノック粒子を蓄積していた。
ニージャが脳波通信で仲間に号令をかける。
(壱の攻め、行くぞ! 相手がわれわれの位を見ている間に戦いを有利に持っていく! ムダな攻撃はするな! こちらの手の内を見せるな! 一瞬で決めるぞ!)
8体の白いアルダムラは、その返事代わりに、蛇矛の鋒先を重ねるようにして構えた。
さらに、ニージャは、自分の背後を指差し、誠に言った。
「あれが戦闘開始の合図! よろしッ!?」
ニージャが指差す先に、青い光の軌跡を描いて急速に接近する物体が見える。
(青いアルダムラ……!)
と、誠が思う間もなく、青い大型アルダムラが蛇矛を振るってきた。
〈ドゴオオオオオオオオン……!〉
誠がとっさによけた次の瞬間、ソニックブームが聞こえてきた。
次の瞬間、ニージャのアルダムラも誠に肉薄し、蛇矛を横ざまに振るった。
まるで空中に地面があるかように素早く飛び退く誠。しかし、その動きを待っていたかのように、青いアルダムラが蛇矛を振るってきた。
(だああああああああああッ!)
その瞬間、蓄積していたアートノック粒子を解放する誠のアルダムラ。緑色の光の玉が一気に膨張し、青いアルダムラとニージャのアルダムラをはじき飛ばす。
(いまだ! 撃てえッ!)
はじき飛ばされて空中をクルクルと回転していたニージャが合図を送った次の瞬間、8体の白いアルダムラが、互いに重ねていた武器の鋒先から白い光線を放った。光線は、ジリジリと複雑に絡みあいながら誠に向かっていく。
(!!!!!!)
粒子を解放した直後の誠には、それをよけきる時間はなかった。
光線をまともに浴びた誠の大型アルダムラ。バチンとはじけたように燃えて散り散りになったかと思うと、等身大アルダムラに変化していた。大きなダメージを受け、大型化に必要な粒子を一時的に維持できなくなったのだった。
(このままではやられる!)
誠は自分の死を直感した。
(いまだッ!)
と、脳波通信越しに叫んだニージャが青いアルダムラとともに、誠に襲い掛かる。
(くッ!)
ニージャのひと振りを紙一重でかわした次の瞬間、緑色の光が小さく破裂し、誠の等身大アルダムラが大型化した。
(ぬア……)
しかし、大型アルダムラに戻ったばかりの誠の腹部から、蛇矛の鋒先が突き出ていた。傷口からは、緑色の光の粉がはらはらと舞っている。青いアルダムラが誠の背後から蛇矛を突き立てたのだった。
「やったッ! そのまま斬り上げろッ!」
ニージャが歓喜の声を上げながら、青いアルダムラに指示を送る。
「この感覚は……美月さん!?」
と叫びながら、誠の大型アルダムラは、腹部から突き出ていた蛇矛の先を両手で握った。
「誠くん……!?」
青い大型アルダムラが反応した。緑の光と青い光が交わった瞬間、誠のイメージが美月の中に入ってきたのだった。
「何をもたついているッ!」
と叫んで、誠に斬りかかるニージャの大型アルダムラ。誠の大型アルダムラの右手が強烈に輝き、その鋒先をがっちりと受け止めた。
(!!!!!!)
蛇矛を誠の手から引き離そうとするニージャ。しかし、びくともしない。
「アセレブ! アムルアから手を放せ! やられる!」
と叫んで、自分の蛇矛から手を放すニージャの大型アルダムラ。アセレブとは美月の本名だ。アムルアは武器の名前らしい。
(弐の攻めの準備にかかれ!)
飛び退くように誠から離れ、8体の白いアルダムラに指示を送るニージャ。指示を受けた8体が亜音速で散開し、各体を頂点に見立てた正6面体をつくりはじめた。頂点を天地に向けた状態、各辺の距離は約数キロメートル。
誠のアルダムラと青いアルダムラは、その正6面体の中にいた。しかし、アートノック粒子を基にした光線は距離に応じて威力が減衰するため、普通に考えれば誠のアルダムラにほとんど効かない。何か仕掛けてくるのは分かっているが、今の誠はそれどころではなかった。
「美月さん! 今助ける!」
と叫ぶ誠。ニージャが持っていたアムルアを放り投げ、再び両手で蛇矛の先を握りしめると、全身から強烈な光を発した。
「キャアアアアアアッ!」
悲鳴を上げる美月。アムルアを握ったまま誠の真後ろにいた青いアルダムラは、強烈な緑色の光を浴びると、青い光の粉をまき散らせながら、表面を見る間に焦がしていった。
やがて小さく破裂したかと思うと、美月は等身大のアルダムラになっていた。握っていたアムルアも散り散りに焼け、消えていた。
等身大のアルダムラになった美月が、そのまま海に向かって落下していく。
「やはりどんくさいヤツは使えん! 弐の攻め、はじめ!」
ニージャの指示を受け、8体の白いアルダムラが一斉に動いた。蛇矛のような形をした武器、アムルアを背中に提げると、胸から小さな球状の装置を取り出し、次から次へと空中に放り投げていく。空中に浮遊するその球体は灰色の光線を通して、白いアルダムラの片手と結ばれていた。各体につき数個の装置。40個ほどの球体が誠のアルダムラを取り囲んでいることになる。一方、もう片方の腕に付けている小さな楯状の装置からも、光線が広がった。自分の全身を覆う大きさの『光の盾』になった。
ニージャのアルダムラも、胸から球状の装置を2つ取り出し、味方のアルダムラのつくった巨大な正6面体の中に放り投げた。その2つの装置も、ニージャの両手と黄色い光線で結ばれている。
一方、誠の大型アルダムラは、そんな敵の動きを一切気に留めず、ただひたすら美月の等身大アルダムラを追っていた。




