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【10】葛藤の牛(前)

 ――海、海、海。見渡す限り瑠璃色(るりいろ)の海。

 空、空、空。少し白んだ青い空。

 3体の大型アルダムラが空中に浮いている。それぞれ身長数メートル。頭部は流線形。胸がたくましく張り出し、腰がくびれている。前腕部と膝下がひと回り太い。それぞれ形状に若干の個体差があるようだが基本的な特徴は変わらない。

 前腕部と膝下がオレンジ、その他の箇所が白、アートノック粒子を放出する箇所は蛍光色の青……。真由美の大型アルダムラだ。

 その隣には、前腕部と膝下が青、その他の箇所が白、アートノック粒子を放出する箇所は蛍光色のオレンジの大型アルダムラがいる。あの幼い少年が変身した姿だ。

 そして、誠のアルダムラが2人に相対するように浮かんでいる。全身が鈍色(にびいろ)、アートノック粒子を放出する箇所は緑の蛍光色だ。

 真由美の大型アルダムラが、その小脇に抱えていたカバの遊具を右手ひとつで掲げた。

「このカバを上に放り投げる……。海に落ちたときが戦闘開始……。いい?」

「わかった……。上に投げたら、間合いを取るけど……」

「それでいい……。いくわね……」

 と言うと、真由美の大型アルダムラは体を大きく反らせ、狙いを定めるように左腕を天に向けると、右手にあったカバの遊具を真上に放り投げた。

 次の瞬間、別々の方向に高速で散開する3体の大型アルダムラ。青、オレンジ、緑の光の軌跡が3方に移動する。

 上空に投げられたカバの遊具は、見る間に小さくなり、やがて大空に溶けて見えなくなった。

(黒いアルダムラを止めたときみたいに削っていくしかない。でも、今回はふたり……)

 と、考えながら、亜音速で移動する誠の大型アルダムラ。他の2人がわずかに目視できる距離で停止すると、アートノック粒子を体に蓄積しはじめた。アルダムラが緑の光に包まれ、激しく輝く。

 アートノックの光をためていたのは誠だけではない。遠くに青い光とオレンジ色の光の玉が見える。真由美と幼い少年だ。

 空をじっと見つめる3体のアルダムラ。

 大空に飲み込まれていたカバの遊具が、吐き出されるように現れると、誠のアルダムラは両前腕部を剣状に変形させた。

(まずは、チビッコから削っていくか……)

 カバの遊具が海面に落ち、白い波を立てた次の瞬間、青い光の玉とオレンジの光の玉が猛烈な速度で接近してくる。

 剣状の両腕を交差させ、オレンジの光の玉をめがけて移動する誠。狙うは少年のアルダムラだ。

 光の玉の中に大型アルダムラの姿が見えてきたところで間合いをはかり、渾身(こんしん)の力を込めて交差した腕を振り抜く。しかし、目の前に少年のアルダムラの姿はなかった。

(!!!!!!!)

 次の瞬間、誠は、大型アルダムラの首の根元に大きな衝撃を感じ、海面に落下していった。

 相手を見失った誠に動揺する瞬間さえ与えず、少年は、瞬間的に上に移動すると、そのまま両足の先を剣状に(とが)らせ、誠のアルダムラの首根を狙って突き刺そうとしたのだった。全てはほんの一瞬のことだった。誠は少年の動きを全く捉えることができなかった。

 さらに少年に蹴り落とされる誠。声を上げることさえできない。

〈ドドンッ! ドドドーンッ!〉

 3人が同時に動いたときのソニックブームがようやく聞こえてきた。

 誠が落下するよりも速く移動し、攻撃する少年。

(マユちゃん! コイツ硬い! 刺さらない!)

 自分が思ったことを真由美にイメージで伝える少年。アルダムラ状態のときはそれが可能だ。話している余裕などない。日常生活では想像つかないスピードで状況が変化している。

(クソッ!)

 もう一度攻撃をする少年。しかし、誠のアルダムラには効かなかった。実際には、誠を蹴り落としているのではなく、頭や胴体をとがらせた脚で刺すつもりでいる。しかし、思い通りにならない。

(切るのは私がする! ショウくんはヤツのスキをつくって!)

 イメージで指示を送る真由美。

(同じ装置を付けてるはずなのに個性が出るみたいね……)

 とも思った。確かにショウと呼ばれた少年の移動速度は、誠や真由美のアルダムラをはるかにしのぐ。

〈ドドーンッ! ドドーンッ!〉

 ソニックブームが遅れて聞こえてくる。誰が放ったものかは分からないが、3人の戦いは超音速のレベルで繰り広げられていた。

 海面に叩きつけられた誠のアルダムラ。大きな水柱が立ったかと思うと、下手な水切り石のように、2、3回水面を跳ねていった。

〈ジュウウウウウウウウウッ……!〉

 同時に誠が放つアートノック粒子の熱で水蒸気が立ちのぼる。

 水蒸気に紛れて水面と平行に移動する誠のアルダムラ。

(!!!!!!!)

 しかし、次の瞬間、すでに回り込んでいた少年のアルダムラに、反対方向へ蹴り飛ばされた。

〈ジュウウウウウウウウウッ……!〉

 水切り石のように水面を何度も跳ねる誠のアルダムラ。水柱と同時に水蒸気が立ち上る。

 誠が蹴り飛ばされた方向に、真由美の大型アルダムラが待ち構えていた。蹴り飛ばされた誠が近づくのを見て、情熱的な指揮者のように両腕を振るった。

 次の瞬間、2本の青い光の帯が鋭くしなりながら、誠のアルダムラの頭部に猛烈な速度でのびていく。

 とっさに両腕を交差し、頭部をかばう誠のアルダムラ。緑色の『光の粉』が散る。

(チイイイッ!)

 相手の青い光線で、誠は両腕と頭部を失った。

 今度は、頭上から正面に両腕を勢いよく振り下ろす真由美のアルダムラ。頭を失い、視界を失った誠のアルダムラの胸部をめがけ、再び青い光の帯がのびていく。

(ぐうううッ!)

 ビリヤードのキューのように、光線が誠のアルダムラを突き飛ばし、誠は手玉のように水面に叩きつけられた。幸い、胸部が貫かれることはなかったようだ。

(さすがに胴体の粒子は厚いわね……。もう少し弱らせないと動きを止められない……)

 と、真由美は思った。

(だあああああああッ……!)

 一方、突き飛ばされた誠は、水面をバウンドしながら、心の中で気合を入れ、アートノック粒子を防御に集中させる。失った両腕と頭部は、もう復活していた。できれば超大型散布船に体当たりしたときくらいのエネルギーが欲しいが、相手はそんな余裕を与えてくれそうにもない。

 少年の青と白のアルダムラが猛烈な速度で向かってきている。

 加速しながら、水面と平行に移動する誠のアルダムラ。なんとしても相手と距離を取りたい。やがて傘状の雲をまとったかと思うと、

〈ドオオオオオオオンッ……!〉

 ソニックブームが空気と水面を震わせた。

 衝撃波が海の表面を削る。白波と緑色の光の軌跡が一直線にのびていく。

〈ドオオオオオオオンッ……!〉

 超音速で移動したのは、誠のアルダムラだけではなかった。そのすぐ後ろを、青と白の少年のアルダムラが、オレンジ色の光を陽炎かげろうのように揺らめかせ、ぴったりとついてきていた。

 青い水面に描かれる2本の白波と光の線……。時に一直線にのび、時に左右に動く。

 誠は、上昇しようとは思わなかった。

(スピードはヤツの方が圧倒的に速い!)

 圧倒的に速度で有利な相手に、自由を与えたくない。水面ギリギリにいれば、少なくとも下から攻撃を受けることはない。また背後から攻撃を受けたとしても、相対速度の影響でダメージが低くなるかもしれないとも考えている。つまり、自分の上と正面に絞って警戒すればいい。

(スピードなら絶対負けない!)

 と考えていたのは、少年である。超音速で移動する誠のアルダムラの右側にぴったりとくっついて、手を振り、余裕のあるところを見せている。今度は右から左に移動して、また手を振っている。

(くそっ! 誘導しているな!)

 誠は、直感した。真由美のアルダムラの姿が見えないからだ。何か仕掛けてくるに違いない。

 果たして誠が予想した通りだった。

 真由美は、黙って2体の空中戦を見ていたわけではない。アートノック粒子をためていたのだった。彼女の青い光の玉が大きくなっていく。ある一定の大きさに膨らんだところで、強烈な輝きを放ったかと思うと、今度は小さく縮んでいった。縮んでいくにつれ、光が強くなっていく。光が凝縮されているという表現がいいだろう。

 両腕を突き出し、指を外側に向ける真由美のアルダムラ。凝縮された青い光が10本の指に流れていったかと思うと、そのまま指先から光線が放たれた。

 一見、別々の方向に放たれた20本の青い光線。しかし、真由美のアルダムラが指揮者のように両手を動かすたびに誠のアルダムラを追っていく。

 真由美が光線を放ったのを知った少年のアルダムラ。

(マユちゃんからのプレゼント! 受け取りな!!)

 誠の前にすっと飛び出し、両足を突き出す。プロレスでいうドロップキックのような格好だ。

 急停止する誠のアルダムラ。なぜか相手のキックを受け止めるように、両腕を広げていた。

(だあああああっ! だめか!)

 しかし、まともに少年のドロップキックをくらった直後、1発、また1発、さらに1発……と、真由美が放った光線を次々と浴びていく誠のアルダムラ。そして、水面に叩きつけられた。

〈ジュウウウウウウウウウウ……!〉

 と、大きな水蒸気が立ち上る。

(あ……。ボクの両脚がない……!)

 と少年。両脚の腿の下から、ちろちろとオレンジ色の光の粉が舞っている。ドロップキックを誠にくらわした直後、防御力を高めていた誠のアートノック粒子で、脚を失っていたのだった。

(ショウくん焦らないで! 脚が治ったら、さっきの攻撃でもう一度行くわよ! いい?)

(うん!)

 アートノック粒子をためる真由美と少年。

(誠くんはどこ!?)

 粒子をためながら辺りを見回す真由美。水蒸気が薄くなっても、誠のアルダムラの姿が見えない。

(もしかして、水中を移動している!?)

 水面に誠の影を探す真由美。しかし、見えるのは穏やかな沖波ばかりだ。

(逃げられたかしら……!?)

 少し焦る真由美。

 その気持ちは少年も同じだった。

「ボクが見てくる!」

 と、真由美に言って、水面に近づく青と白の少年のアルダムラ。四肢の先を剣状に変形させ、不意の攻撃に備えている。

「気をつけて! ワナかもしれない!」

 注意を促す真由美。

「大丈夫だよ! 水の中に緑の光が見えないもん!」

 と答え、少年のアルダムラは、水面すれすれを浮遊しながら、辺りの海面を注意深くうかがう。

(誠くん! 出てきなさい! あなたの案内人がどうなってもいいの?)

 と誠に通信を送る真由美。戦いの主導権を誠に奪われたくない。

(分かったよ……。出ていくよ……)

 水面下に緑色の光が揺らめいた。

 身構える少年のアルダムラ。しかし、その真下で突然水蒸気が立ち上った。

「ショウくん! 離れて!」

 叫ぶ真由美。

(!!!!!!!)

 少年の視界が水蒸気で奪われた次の瞬間、大きな水柱が立った。

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