【8】獅子奮迅の牛(後)
超大型散布船が厚い弾幕を張りながら、上昇していく。
味方のアルダムラたちが、その周りを取り囲み、光線を放ちながら追跡するが、上昇を遅らせるに至っていない。
(よし……)
と、誠は心を固めると、
「麻衣ちゃん! 俺を援護してくれないか?」
と叫んだ。
「うん!」
麻衣から返事をもらうと、誠のアルダムラは『気を付け』の姿勢をした。次の瞬間、頭部の流線形がさらに滑らかになった。両足からは姿勢制御用と思われる翼のような突起物が現れている。高速移動形態だ。
「上に行く! ついてきて!」
「うん!」
麻衣も高速移動形態に変形し、誠の後を追う。
〈ドドンッ!……ドドンッ!……〉
超音速で上昇する2体のアルダムラ。ソニックブームが空に散った。
「マコっちゃん、どうするつもりだ!」
という豊の声は、2体には聞こえていない。周囲の空の色がどんどん暗くなっていく。見上げる先には黒い空しかない。2体は『地球の天井』に入った。
超大型散布船を追い抜き、はるか眼下に捉えたところで高速移動形態を解く2体。四肢のある大型アルダムラ状態に戻った。足元には、超大型散布船が、空と海の透き通るような青を背景に、白い点のようになって見える。
強烈な太陽の光に照らされて輝く2体のアルダムラ。周囲に見える群青色の地平線が、まるで地球と宇宙の境目のようにも見えた。
その光景をぼんやりと眺めていた麻衣。
「俺は粒子の放出に集中するから、もし敵が来たら守ってくれる?」
誠の声でわれに返った。
「えっ……ああ……うん……分かった……」
麻衣の返事が終わらないうちに、全身から緑の光を放出し、膨張させる誠のアルダムラ。光の玉の膨張は、ある一定の大きさになったところで止まり、強烈な輝きを放ちはじめた。
(緑色の太陽……)
そのはるか下で超大型散布船を追っていた味方のアルダムラの誰もが、その光を見たとき、そう思った。
やがて、その『緑色の太陽』が小さくなっていく。しかし、光の強さは増していた。『光が凝縮されている』と言った方がいいだろう。
2体の頭上にある黒い空が緑色の太陽に照らされている。眼下で白い点のように見えていた超大型散布船がだいぶ迫ってきた。散布船が放つ艦載ビーム砲が放射状に広げた槍衾のようにも見える。その周りでは、味方のアルダムラたちが色とりどりの光線を放ち、反撃している。敵味方の光線が激しく交差していた。
「行ってくる!」
と、緑色の光を帯びたまま、再び『高速移動形態』に変形する誠のアルダムラ。頭部の流線形がさらに滑らかになり、両足から姿勢制御用と思われる翼のような突起物が現れた。
「どこへ?」
と、麻衣。
「試してみたいんだ!」
とだけ言葉を残して、誠は高速移動形態の『機首』を眼下の超大型散布船に向けると、猛烈な速度で降下しはじめた。
見る間に遠ざかる誠のアルダムラ。
〈ドドンッ……!〉
麻衣の耳にソニックブームが届いた。そのまま誠の行方を目で追う麻衣。緑の光の玉が超大型散布船の白い丸の中にのみ込まれたかと思うと、緑の光が消えた場所から煙のようなものが噴き出てきた。
一方、麻衣のアルダムラのはるか下で、超大型散布船を取り囲んでいた味方のアルダムラたちには、黒い空に浮かぶ緑色の太陽が、まっさかさまに落ちてきたように見えていた。
(!!!!!!!)
その光景を見た誰もが衝撃を受けた。その時間わずか2秒足らず。緑色の太陽が超大型散布船の上部に激突したかと思うと、ひと呼吸おいて船底を突き破って出てきたのだった。
突き抜けた跡から、煙のようなものと一緒に細かい物体や人型のシルエットが吹き出ているのが見える。宇宙船の中の空気が一気に噴き出たのだろう。
(マコっちゃん……いったい何を……)
と、豊が思う間もなく、超大型散布船の底を突き破った緑色の太陽が、再び上昇していく。宇宙船の上方まで来ると、今度は斜めに突入していった。その入り口と出口からも煙のようなものが噴出する。
〈ドゴオオオオオンッ……!〉
豊の耳にソニックブームが聞こえてきたかと思うと、視線の先の緑色の太陽がまた上昇していく。
「どわっ!」
その様子に見とれているうちに、豊のアルダムラは、敵の艦載砲を受け、はじき飛ばされてしまった。自分が激しいビーム砲火の中にいることを忘れてしまうほどの光景だった。
緑色の太陽がもう一度超大型散布船を貫く。船体から煙のようなものが噴き出る。すでに、上部の3カ所、底部の3カ所から噴出していた。
〈シューーーーーーーッ……〉
と、空気が漏れ出る音が聞こえてきそうな光景だった。
にわかに超大型散布船のビーム砲撃が散発的になってきた。
この機をとらえて、周囲にいたアルダムラたちが一斉に船底に取りつきはじめた。示し合わせたように、さまざまな色の光の軌跡が次々と超大型散布船の下に集まっていく。
「みんな、行くぞ!」
豊が率いる日本チームも例外ではなかった。
一方、緑色の太陽になった誠は、残りの護衛艦3隻にも次々と体当たりしていった。どの護衛艦も煙のようなものを吹き出し、次第に砲撃が沈黙していった。
四肢のある通常の大型アルダムラに戻り、空中で静止する誠。アルダムラ状態にもかかわらず肩で息をしながら、戦いの行方をぼんやりと眺めている。
上には黒い空、正面には群青色の地平線、そして眼下に広がる青い空と海、白い雲。
超大型散布船が高度を落としはじめている。砲撃はほとんどやんでいた。残りの護衛艦も高度を落とし、味方のアルダムラによって海上に運ばれている。
「マコっちゃん、スゴい……スゴいよ……」
麻衣のアルダムラが隣に来ていた。
「……みんなの、マコっちゃんスゴい!って気持ちがズンズン伝わってきたよ……。マコっちゃんも感じた?」
「いや……」
と、答える誠。そのとき必死だった誠には何も感じられなかった。
意識できたのは目に入ってきた光景くらいである。敵艦に体当たりしたあと、緑色の光の前が真っ赤になったかと思うと、形にならない風景が猛烈な勢いで通り過ぎ、気づけば突然視界が開けている……。それを繰り返したにすぎない。
(体が、やたらだるいや……)
今はただそれだけだった。
――ミッドウェー島。
金色に光る海。青い東の空と、黄色に染まる西の空。放射状に光る雲……。太陽がだいぶ傾いていた。
はるか沖に浮かんでいるのは超大型散布船。平たい円錐形のシルエットが島のようにも見え、そこにも西日が差し込んでいる。
砂浜も金色に輝いていた。健闘をたたえ合う仲間たち。皆、人間の姿に戻っていた。
「ユぁオうスんッ!」
「ダらわずリアぅりぁメイじんッ!」
中でも多くの人から肩を叩かれ、握手を求められる誠は忙しかった。
「さ、さ、サンキュー……。サンキュー……」
会釈しながら、少し疲れた笑顔で応える誠。相手が何を言っているのかさっぱりわからないが、ほめてくれているのは伝わってくる。
やがて、仲間たちがアルダムラ状態になり、三々五々、さまざまな色の軌跡を残して島を飛び立っていった。それぞれの地元に帰るのだ。
彼らに手を振り、見送る誠。
「マコっちゃん。よくやったな……」
背後から声をかけてきたのは豊だった。誠の周りにいた人が減り、ようやく落ち着いて話すことができたのだった。
「あっ……ッす!」
振り向いて照れくさそうに頭を下げる誠。慌てたあまり、言葉が出なかった。
「スゴすぎて、なんと言ったら分からんが……。たいしたもんだ……。アートノックが足りなきゃ、自分がつぶされちまうところじゃないか……。たぶん、普通なら、激突した瞬間にプチってつぶれておしまいだよ」
と、言いながら誠の肩をぽんぽんと叩く豊。
「ただ……あまり無茶するなよ?」
「あっ……はい……」
と、答える誠の周りには、いつの間にか、麻衣も明も幸子も真由美も集まっていた。皆、『ひと仕事終えた』という安堵の表情や、充足感に満ちた表情をしている。
「さ……われわれも帰ろうか……。今帰れば、日本はまだ昼なはずだ……」
と、腕時計をのぞく豊。周りにいた5人が、その言葉を合図に、誰となくアルダムラに変身した。
まだ誠と麻衣だけは変身していなかった。
「ねえ、今日、マコっちゃん家に遊び行っていい?」
と言いながら、ひょいと誠の正面に立つ麻衣。
「えっ……?」
誠は面倒くさそうな表情を浮かべた。
「ああっ! 今、イヤそうな顔したあ」
と麻衣。
「してないよ。疲れているだけだよ。ごめんよ……今日はゆっくり休みたいんだけど……」
「ふうううん……」
麻衣は、つまらなそうな視線を誠に向けて続ける。
「どうせ美月さん家行くんでしょ?」
「そうだけど……今日のこと、報告するから……。麻衣ちゃんは案内人に報告しないの?」
「別に……次顔合わせたときに話せばいいし……。まあ、いい……。マコっちゃん、疲れてるんだもんね……。ゆっくり休んで。私も家に帰る……」
と言って、大型アルダムラに変身する麻衣。
「……じゃあ、みなさん! さようなら! また来週!」
と、手を振りながら、元気のいい声で別れの挨拶をすると、日本チームの誰よりも早く島を飛び立っていった。
薄紫色の軌跡が真っすぐのびていき、やがて青空に溶けて見えなくなったころ、麻衣のアルダムラがつくったソニックブームが小さく聞こえてきた。
――どんよりと、垂れこめた雲。しとしとと。静かに降る雨。ポタッ……、ポタッ……と、自転車置き場の屋根から垂れる水音。
誠は、等身大のアルダムラのまま、団地の入り口に飛び込んだ。
すぐに変身を解いて階段を上っていく。
〈サーーーーーーー〉
階段の踊り場で乾いた砂をこぼしたような音が聞こえてきた。にわかに雨脚が強くなってきたようだ。
〈ピンポーン……〉
美月の家の呼び鈴を鳴らす誠。しかし、反応がない。
〈ピンポーン……〉
もう一度鳴らしてみるが、応答はない。
(おっかしいなあ……。帰ってくるまで家で待ってるから、報告してくれって言っていたのに……。買い物に行っているのかな?)
と思いながら、雨音のする方になんとなく視線を向ける誠。踊り場の向こう側の景色が雨で煙っていた。
(中で待たせてもらおうか……)
そう考え、美月にもらった合鍵をノブに差し込んで回してみる。しかし、手ごたえがない。開錠したままのようだ。
「おじゃましまあああす」
鉄扉を静かに開き、中に入る誠。静かだ。便所や浴室の屋内ドアから漏れる照明を確認するが、ついてはいない。
さらに奥へと進む誠。
〈うっ……ううっ……むううううっ……ううううぅう……むうううぅううう……〉
美月の寝室から、布か手で口を押し当てたような、こもった泣き声が聞こえてくる。
「美月さん……?」
部屋に入った誠の目に映ったのは、上半身をベッドの上に投げ出し、掛け布団に顔をうずめて泣きじゃくる美月の姿だった。
誠は、静かに歩み寄り、美月のそばでしゃがんだ。
「み……美月さん……」
ベッド上にもたれかかる美月の肩にそっと右手を伸ばす誠。その手を載せるか載せまいか迷っていると、
「うわあああああん!」
美月が、泣き声を上げ、やにわに抱き着いてきた。
美月の上半身の体重を全身で受け止めた誠。
「美月さん……」
美月の温かく湿った息を首筋に感じた。誠の両手は、宙に浮いたまま、ただ小さく震えていた。




