【8】獅子奮迅の牛(前)
中村豊率いる日本チームは、周囲を警戒しながら、亜音速で上昇していた。色とりどりの光の軌跡が青空に真っすぐのびていく。
彼らの先に見えるものは、地上から見える青空ではない。もっと深い青、黒に近い青。誠の言葉を借りれば『空の底』、豊の言葉なら『地球の天井』になる。
そこに巨大な飛行体が浮かんでいる。
平たい円錐形で、底がやや丸みを帯びている。豊が『直径数キロメートル』と話していた超大型散布船だ。数キロメートルといえば、池袋駅から新宿駅を結んだ距離に相当する。
超大型散布船は、『黒いシャボン玉』に包まれていた。黒い光の膜でできたバリアだ。地球上の在来通常兵器は、ほぼ効かないことが分かっている。豊がネット通信で知った話では、アメリカのあるグループが爆弾数発を軍から『拝借』し、超大型散布船に投下したことがあるらしい。しかし、その黒いバリアに触れた瞬間、爆発してしまい、散布船に届くことはなかった。
話を戻そう。
そして、超大型散布船の周囲には、ギターピックのような形をした護衛艦が十数隻浮かんでいる。限りなく広く見通しのよい大空では実感しにくいが、護衛艦の直径が数百メートルだと考えると、超大型散布船の巨大さを認識できるかもしれない。
「そのまま上に回り込むぞ!」
豊が日本の仲間に指示を送る。
メインカラーが松葉色の豊、紺色の明、臙脂色の幸子、白とオレンジのツートンの真由美、白と水色とピンクの3色の麻衣、鈍色の誠……。敵艦隊との距離を取りながら上昇を続ける6体のアルダムラ。彼らの前に群青色をした『地球の天井』がぐんぐん近づいてくる。
無数の細かいシャボン玉を吹き散らしたように、超大型散布船や護衛艦が球体の迎撃機を出撃させてきた。
やがて、球体の迎撃機が発射した赤や紫の光線と、味方のアルダムラが放ったさまざまな色の光線が、交差した。戦闘開始だ。
豊率いる日本チームの正面から、1隻の護衛艦が砲撃しながら接近してくる。各アルダムラが防御用の光に身を包んだ。赤い光が2つ、明暗異なる青い光が2つ、そして薄紫と緑……。さまざまな色の光の玉が尾を引きながら大空を駆けていく。
「1隻ずつ仕留めていくぞ! まずは正面!」
と、敵艦に向かいながら、スッ、スッ、スッと敵の光線をよけつつ指示を送る豊の大型アルダムラ。あとに続くアルダムラ5体も散開、集結を繰り返し、砲撃を巧みにかわしていく。
「護衛艦の底に取りつくぞ! みんな離れるな! 麻衣ちゃんとマコっちゃんは細かいのを倒してくれ! 残り4人は船底を破壊する!」
「はいよッ!」
「はい!」
「ええ……」
「了解!」
「はあい!」
返事の言葉はそれぞれ違うが、タイミングは、ほぼ一緒だった。
6体が敵の艦載砲をよけていく様子は、織機の動きに例えられる。敵艦が放つ赤や紫の光線が経糸、6体のアルダムラの光の軌跡が緯糸。6体のアルダムラは、杼(シャトル)が移動するように、敵の光線を上下左右にかわしながら、すり抜ける。
「じゃあ、段取り通りに!」
豊の指示に合わせて、左右に分かれる誠と麻衣のアルダムラ。その2体の間を残り4体が直進する。
護衛艦の船底に向かって肉薄する幸子のアルダムラ。その後ろを夫である明のアルダムラ、右を豊のアルダムラ、左を真由美のアルダムラが囲み、光の壁をつくる。
「幸子さんは揚力装置の破壊に集中してください!」
「はい!」
豊の指示に年配女性の声が返ってくる。
両手にためた光の玉を船底に押し付ける幸子のアルダムラ。光が波紋のように底部を一気に伝わり、大きな円形の焦げができる。
その3方を明と豊、真由美が光の壁で囲み、敵の光線を遮る。
さらにその外側では、誠と麻衣が忙しく動きながら、両手から光線を放ち、船底から吹き出物のように『生えてくる』艦載砲や、空中を移動する球体の飛行体を破壊していく。
「危ない!!!!!」
誠のアルダムラが瞬間的に麻衣の側面に入り、太く黒い光線を遮った。麻衣は、艦載砲や敵機の破壊に没頭していて、別の方向から来た敵の光線に気付かなかった。
黒い光線を放ってきたのは『首のない』アルダムラだった。色は深紫と黒のツートンカラー。身長は10メートル以上。6体の中で一番大きな豊のアルダムラよりも、さらにひと回り大きい。胸が張り出しているのと、前腕部と膝下がひと回り太くなっているのは、普通の大型アルダムラとほぼ変わらない。ただ、頭部がない。本来なら頭がある場所が、やや盛り上がっているだけだ。槍のような武器も持っている。
便宜上、『アルダムラもどき』と表現しておこう。
麻衣のアルダムラは、特に動揺を見せずに、そのまま敵機に攻撃を続けている。しかし、誠が敵の不意打ちから守ってくれたことは分かっていた。
(ごめん……美月さん……。やっぱり……この人のこと……好きみたい……)
そんなことをぼんやり思いながら、攻撃を続ける麻衣のアルダムラ。空中を高速で移動しながら、薄紫色の光線で突起物のような砲台や球体の飛行体を破壊していく。
「新手が出てきたぞ! ビームが強力だ! 守り担当は粒子の出力を上げてくれ! 焼かれるぞ!」
豊の指示が聞こえてくる。その視線の先では、黒い光線を受け、腕や足を失う味方の姿が小さく見えていた。
麻衣を攻撃したアルダムラもどきが、一瞬で切り刻まれた。
〈ドゴオオオオオンッ……!〉
その直後、ソニックブームが空の空気を震わせた。
切り刻まれた敵の背後には、誠のアルダムラがいた。両腕の前腕部が剣状に変形し、緑の光の膜でぼんやりと光っている。超音速で相手に接近し、相手に3太刀浴びせたのだった。欠片になったアルダムラもどきが、はらはらと、はるか下の海に落ちていく。
しかし、誠は、敵が海に落ちていくさまを見届けていたわけではない。もう、次の態勢に移っていた。
左手で光の盾をつくり、別の方向から来た黒い光線を受け止めている。もう1体のアルダムラもどきが槍状の武器を振り回し、光線をしならせるように、いくつも放ってきたのだった。
次の瞬間、緑の閃光が陽炎のように揺らめいたかと思うと、誠の姿が消え、
〈ドゴオオオオオンッ……!〉
〈ドゴオオオオオンッ……!〉
と、続けざまにソニックブームが2回聞こえてきたかと思うと、攻撃してきたアルダムラもどきがVの字に切断されていた。
誠が超音速で移動し、敵の頭上から袈裟がけに斬り、返す剣でとんぼ返りをしながら、逆袈裟に斬り上げたのだった。全ては一瞬のことだった。
Vの字に斬った敵の最後を確認することなく、緑の光で全身を包む誠。その光は強烈だった。
〈ドゴオオオオオンッ……!〉
誠は光の玉になったまま、何かに取りつかれたように、仲間の周りをぐるぐると超音速で旋回しはじめた。
その激しく光る緑の球体が通り過ぎるのと同時に、次々に敵機が破裂していった。球体の飛行体や、黒と紫のアルダムラもどきが、目立った反撃を見せないまま破壊されていく。
〈ボボボボボボボ……〉
と、爆発音が連続して聞こえてくるようだった。
誠のアルダムラが強力なアートノック粒子に身を包み、敵機に次々と体当たりしているのだった。
「マコっちゃん! 助かる! そのまま頼む!」
光の壁で敵の攻撃を遮りながら、誠に声をかける豊のアルダムラ。
(テレビゲームの無敵状態みたい……)
一方、麻衣は、誠の動きを弟が遊んでいたアクションゲームの画面に重ね合わせた。
〈ボボボボボボボ……〉
と、球体の飛行体が次々と爆発していく音が、誰の耳にも聞こえてくるようだった。
「これ! 落ちますよ!」
揚力発生装置の破壊を担当していた幸子が知らせてきた。護衛艦が徐々に高度を落としていくのを感じたのだった。
「じゃあ、そのまま放置して次の船を落としに行こう! あとは下で控えているチームが海上に浮かべてくれるから!」
「はい!」
船底から手を放す幸子のアルダムラ。光の壁をつくっていた3体と一緒になって、慎重にその場を離れはじめた。
なおも、あらゆる方向から赤や紫の光線が飛び交ってくる。
「散開!」
豊の合図に合わせて、磁石が反発するように、明、幸子、真由美のアルダムラが一斉に散らばる。
豊たちが護衛艦の底にいたときは敵の攻撃が散発的だった。護衛艦を傷つけることを恐れたためだろう。
しかし、4体のアルダムラが艦から離れた瞬間から、敵が攻撃を集中させてきた。
4体の周りでは、麻衣のアルダムラが敵機を撃墜し、誠が体当たり攻撃を続けている。
「次は、あの正面の護衛艦だ!」
正面を指差す豊のアルダムラ。他のアルダムラもそのあとに続く。
「だあっ!」
豊のアルダムラが赤い光線を浴び、大きくよろめいた。
「大丈夫ですか!?」
仲間から気遣う声が入る。
「大丈夫だ!」
しかし、このようなやり取りはこの一度だけだった。誠と麻衣の『露払い』では間に合わないほど、敵の光線が飛んでくる。
無数の光線をよけきれずに、仲間が次々と光線にはじかれ、よろめいていた。もう自分以外を気遣う余裕はほとんどなかった。
「もう少しだ! 踏ん張れ! あの船底に取りつくぞ!」
と、豊が仲間を鼓舞した直後、2体の『アルダムラもどき』が接近してきて、一団を左右から挟んだ。敵は槍状の武器を構えている。
「黒い光線に気をつけろ!」
と、豊が叫んだ次の瞬間、激しく光る緑の玉が猛烈な速度でやってきて、右側の『アルダムラもどき』をはじき飛ばし、視界の後方へと追いやった。
緑の光の玉はそのまま豊の正面を横切ると、左側の『アルダムラもどき』に激突した。誠のアルダムラが体当たりしていたのだった。『アルダムラもどき』の姿は、一瞬で消え去った。
「すげえ……」
豊は思わずつぶやいた。
目標の護衛艦の船底にようやく取りついた6体のアルダムラ。揚力発生装置の破壊を担当する幸子を中心にして、豊と明、真由美が光の壁をつくる。誠と麻衣が周囲の敵機を蹴散らす。先ほどと同じ戦法だ。
やがて護衛艦が沈みはじめると、そこを離れて別の護衛艦へ向かう。
超大型散布船の上方は敵の攻撃が比較的緩く、豊率いる日本チームは順調だった。
しかし、場所によっては激しい戦闘が繰り広げられている。手や足を失うアルダムラはもちろん、粒子を維持できずに等身大のアルダムラに戻ってしまう者や墜落する者も出はじめていた。
特に超大型散布船が放つビーム砲は強力だ。大型アルダムラを丸ごと飲み込む太さで、不意に撃たれれば、1発で墜落してしまうことさえある。
しかし、一方で敵の飛行体や護衛艦の数は確実に減っていた。
下の方で控えている味方は、揚力装置を破壊された宇宙船を海に浮かべる作業を担当しているが、非常にせわしなく動いている。手が足りなくなってきたようだ。
敵の数が減るにつれ、作戦の進捗も加速度的に早まり、いよいよ敵の護衛艦は3隻を残すのみとなった。
槍を薙ぐように振る『アルダムラもどき』。発射された光線が大きくしなる。しかし、次の瞬間、緑色の光に切り刻まれていた。切り刻んだのは誠のアルダムラだ。両腕の前腕部が剣状に変形している。
「やばい! 巨大船が逃げるぞ! 大気圏外に逃げるつもりだ!」
豊が叫んだ。




