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【7】充実の牛(後)

 ――誠の団地。秋の昼下りらしく、優しい日差しを受けている。

〈ピンポーン……〉

 誠が呼び鈴を押してまもなく、美月が顔を出した。

「お帰りなさい!」

 満面の笑顔で出迎える美月。次の瞬間、誠の隣に立っている少女の姿に気付き、(おやっ?)という表情をした。

「あっ……一緒に戦っている仲間……」

 と、説明する誠。

「はじめまして!」

 と、麻衣は、快活な声で挨拶をし、頭を下げた。

「は……、はじめまして……」

 美月は、麻衣の元気のよい声に圧倒されているようにも見える。

「この()が東京を観光したいって言ってるんだけどさ……。美月さんも一緒にどう?」

「えっ……? ええ……じゃあ上がって待ってて……」

 ――澄み渡った秋の空。その下には、高低さまざまなビルが地平線まで広がっていて、空と地上の境目には、白い帯のように(もや)がかかっている。

「俺も、東京タワーに上ったの、はじめてだよ……」

 と、窓に張り付くようにして外を眺め入っている誠。しかし、美月にも麻衣にも聞こえていない。2人で楽しそうに話している。

 東京タワーをあとにしたときには、美月と麻衣が並んで先を行き、その2人を誠が追うように歩いていた。

 その後、3人は麻衣の願いで原宿を巡り、夕食を食べて家に帰った。

「明日は上野の動物園に行ってみたい! まずは基本から抑えないとね!」

 と、午後から歩き通しにもかかわらず、足取りの軽い麻衣。

「分かった、分かった。じゃあ、早く寝て早く起きないとな」

 誠は疲れていた。

 ――誠の家の玄関。短い廊下の向こうからテレビの音声が聞こえる。

「ただいまあ」

 という誠の声と同時に鉄扉が閉まる音が聞こえた。そのまま居間に向かう誠。

「父さん、ただいま。遅くなってごめん……。夕メシ食った?」

「ああ……」

 父親はテレビを見ていた。ソファと低いテーブルの間に体を滑り込ませたような状態で床に座っている。

「予備の布団、借りるね。知り合いが来ているから」

「ああ……」

 父親の返事はひどく素っ気ない。しかし、悪気があるわけでも性格によるものでもない。イケットの宇宙船が散布する粒子を吸い込めば誰でもこのような状態になる。それを承知している誠は何とも思っていない。

 寝室の押し入れから布団を取り出す誠。敷き布団、掛け布団、枕と毛布……と、何度か行ったり来たりしながら、美月の家に布団を運んだ。

 一方、美月と麻衣は、仲よさそうに話しながら、誠から受け取った布団を、美月のベッドの隣に敷いていた。

「ねえねえ、美月さん。また遊びに来ていい?」

「ええ、どうぞ」

「ホント!? やった!」

 ――明かりの消えた美月の寝室。美月は自分のベッドに、麻衣は畳に敷いた布団に仰向けになって布団に入っている。

「ねえ、美月さん……」

「なあに……?」

「美月さんの星でもレンアイってあるんでしょ?」

「うん……」

「誰かとつきあったことある? デートとか……」

「えっ……? ううん……そういう経験はない……」

「美月さんは誰か好きな人いるの?」

「えっ……」

「アタシ、気になる人がいるんだ……。『気になる』って意味分かる?」

 麻衣の言葉に美月は胸をきゅっと締め付けられる思いがした。

(まさか……誠くん……!?)

 そのとき、美月は、誠に単なる好意以上の感情を抱いているとはっきりと自覚した。麻衣の次の言葉が怖い。怖くてしょうがない。

「好きっていうか……。まだそこまでじゃないんだけど……。なんて……今日はじめて会った人にこんなこと相談するの、なんか照れくさいね。どうしよっかなあ……。でも、地元の友達じゃ相談しても、反応悪くて張り合いないし……。う~ん……」

 と、少しためらう麻衣。美月が『いいじゃない。私に相談してみたら?』などと、背中を押すのを待っているかような口調だ。

(どうしよう……)

 動揺する美月。実際、今日の麻衣と誠の様子に時折ヤキモチのような感情を抱いていた。誠は、ほぼ毎週日曜日、他の仲間と一緒にイケット人の宇宙船を落としに行っている。命をかけた作業だ。互いに助けたり助けられたりすることも少なくないだろう。したがって『そういう』感情が芽生えてもおかしくない。

(相談されたらどうしよう……)

 しかし、その先を考える時間を麻衣は与えてくれなかった。

「ねえ、美月さん……」

「えっ?」

 と、麻衣に返事をした次の瞬間、

(あああああ! 私、何てお人好しなんだろ! 寝たふりすることもできたのに!)

 とも思い、薄暗い部屋の中で目をぎゅっと閉じる。できることなら耳もふさぎたかった。

「あのね……」

 とまで言って麻衣が静かになった。麻衣の表情は仰向けに寝ている美月には見えない。美月は自分の肉体から抜け出してどこかへ逃げたいような感覚に襲われた。

「……美月さん、マコっちゃん……じゃなくて、誠くんのこと好きでしょ!」

「えっ……!?」

「好きでしょ!」

「あっ、あっ、あのっ……」

「はははっ!」

 と、麻衣の明るい笑いが薄闇の部屋に小さく響いた。

「慌て方も地球人と同じなんだね……。ねっ、好きなんでしょ!?」

「えっ? あっ……あのう……」

「あれじゃ、誰だって分かるって。私がマコっちゃんに話しかければ入ってくるし……。マコっちゃんが話しかければ面白くなさそうな顔をしてるし……。アタシと話してるときにマコっちゃんが笑えばムスッとしてるし……。ふふふっ……」

 暗い部屋の中、麻衣の言葉は、美月の顔を耳まで紅潮させた。ただ、その様子は、畳に布団を敷いて寝ている麻衣には見えない。

「あっ……あのう……」

「アタシの相談は後回しかなあ……。う~ん……」

 と言って麻衣は沈黙した。暗い部屋が静かになった。外からの音も聞こえない。

「……やっぱり聞いてもらお……。クラスに気になる男子がいるんだけど、話しても、ただ言いなりっていうか……。つまらないんだよねえ……」

「いつもと同じようにしてたら、いいと思う……。元の世界に戻っても、そういう出来事は忘れたりしないから」

「じゃあ、デートに誘っても?」

「うん……。今なら誘っても断られることないだろうし……。仲よくなれるチャンスかもね……」

「そうか……。でもなあ……自分だけ有利な立場みたいな感じで気が引けるなあ……。迷うなあ……」

「そう……」

「ごめんね、美月さん……。つまらないこと聞いて……」

「ううん……。そんなことないよ」

「おやすみ……」

 と言って麻衣は話を切り上げた。

「おやすみなさい……」

 ――しとしとと雨の降る土曜日の朝。誠の家のベランダ。コンクリートの床の外側半分が雨を吸って黒く見える。

〈トゥルルルルル……トゥルルルルル……〉

 電話の電子音が居間に響いた。父親がソファからおもむろに腰を上げると、

「いいよ、俺が出る……」

 と誠がさえぎった。

「もしもし……」

 受話器を手にする誠。

「中村ですが、渡辺さんのお宅ですか?」

 受話器の向こうは、松葉色のアルダムラ、中村(ゆたか)の声だ。

「あっ、中村さん? 誠です」

「おお、マコっちゃんか! 明日の朝6時、出られるか?」

「一斉攻撃ですか?」

「そうだ。世界各地に展開している超大型散布船の船団を叩く。われわれの担当は北太平洋に決まった」

「はい!」

「それじゃ、いつもの場所に集合。明日の朝6時だ。みんなが集まったら、ミッドウェー島に行き、他の仲間と落ち合う」

「分かりました。いつものところですね……」

 ――ミッドウェー島。現地時間正午過ぎ。

 つややかな薄藍(うすあい)色の海。透き通るような瑠璃(るり)色の空。その間に白んだ空色の(もや)。綿のように真っ白な雲。白く輝く砂浜。浅緑の草、深緑の木々……。渡辺誠、佐藤麻衣、田中明と幸子夫妻、鈴木麻衣子と、いつもの仲間たちが思い思いの方向を向き、南の島ならではの風景に見入っている。

 他の一団のリーダー格と話していた中村豊が一人ひとりと握手して戻ってきた。

「敵はあの空の向こう、上空1万5000メートル付近にいるらしい」

 と、瑠璃色の空を遠く指差す豊。

「宇宙船は、空に溶けこんで肉眼では捉えられないが、アルダムラ状態になれば見えると思う」

 と言うと、やや青みがかった白い砂に、足で円をいくつも描きはじめた。

「で、だ……。これが超大型散布船だとしよう。これが護衛艦……。敵は例の空飛ぶボールで迎撃してくると思うから……、それを排除しながら、護衛艦も沈める。沈めるときは、誰かが底を支えて、静かに海に浮かべてくれ」

 砂に描いた小さな円に、足でバツ印を付けていく。

「で、護衛を全部排除したら、いよいよ本丸を叩く……。この直径は数キロメートル、高さは2キロちょっとあるという話だ。この船の底にある揚力発生装置をアルダムラのビームで削っていくわけなんだが、大きすぎる……。調べてみたんだが、面積にして、大阪環状線の3分の2の面積……、ええと……東京だと山手線の3分の1くらいの大きさらしい……。そこで、みんなで端から削っていく。うまく行けば傾くはずだ。だが、上昇して大気圏外に離脱する恐れもある。そこで、上から攻撃する者と、下から攻撃する者と別れて戦うってことになっている……」

 とまで説明し、仲間を見回した。

「われわれ日本チームは、上を担当する。この超大型船を逃がすな……いいかな?」

 砂の上に描いた超大型散布船に、足でぐりぐりと丸をつけた。

「はい……」

「了解……」

 皆がうなずく。

「それじゃあ、みんなアルダムラ状態になって他の仲間と握手しておこう。一緒に戦うんだし、挨拶だ。ま、こうしておけば通信ができるようになるしな……」

「通信って……。あの……俺……日本語しか分からないんですけど……」

「大丈夫! 知らない言葉は全部イメージで伝わるから……便利だろ?」

 他の仲間との握手。ミッドウェー島に来た二十数名が等身大のアルダムラ状態になり、輪になって手をつなぐ。それぞれの手がほのかに光り、その光の点と点が、やがて人の輪に沿ってひとつにつながった。

 ――白い砂浜に並ぶ二十数体の大型アルダムラ。どのアルダムラも、身長はおよそ数メートル、頭部は流線形、胸がたくましく張り出し、腰がくびれている。前腕部と膝下がひと回り太い。形状に若干の個体差があるようだが基本的な特徴は変わらない。

 ただ、中村豊の大型アルダムラだけは、大きく他のアルダムラより、頭ふたつ分ほど飛び出ていた。豊のほかに家族4人が入っているためだ。

 赤、青、黄、緑、白、黒……。ほぼ単色だったり、それらを組み合わせた色だったりと、日本チーム以外は原色が多い。

 次々と出撃する大型アルダムラ。さまざまな色の軌跡が青空に吸い込まれていく。

「われわれも行こう!」

 豊の合図で飛び立つ日本チーム。やがて上空に『敵の船団らしいもの』が見えてきた。

 空の青さは地上で見える青ではない。

(空の底が見える……)

 と、誠は思った。

(地球の天井か……)

 そう思ったのは、豊だった。

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