【7】充実の牛(前)
――美月と父親と夕食を食べ、高校であったことを話す。美月は、その日の身近な出来事、面白かったテレビやニュースのことを話す。それが誠の日常になった。
父親と話しても張り合いがなかった。反応が薄い。イケット人が散布している粒子が原因だ。
父親の帰宅が遅いときは、美月の右腕を挟んで互いの額を寄せ合う。目を閉じると、立体的な地図が脳裏に浮かび、父親の位置が確認できる。父親の位置情報が宇宙船を中継して美月の右腕の装置に送られてくるためだ。目を開くと、決まって2人とも顔を赤らめた。互いの顔が近すぎて照れくさい。
そして、ふとしたときに幼なじみのことを思い出し、悲しくなる。
しかし、夏休みに入ると、誠と美月の距離はぐっと縮まった。白くかすんだ青い空、大きな入道雲、ひぐらしの声、かき氷、すいか、そうめん、夏祭り、浴衣、花火、ひまわり畑……。どれも美月の知っていることではあったが、体験するのは、はじめてであった。
日曜日には、中村豊、明と幸子の田中夫妻たちとともに、イケットの調査船や粒子散布船、その護衛艦を落としにいく。
範囲は日本全国に及ぶ。飛行形態の大型アルダムラなら、例えば東京から北海道の宗谷岬までは10分前後、東京から与那国島の西崎までは20分前後で移動することも可能だ。
平日は行わないし、行おうと言い出す者もいない。体力が持たないからだ。アルダムラを装備してみれば分かる。
「マコっちゃんも、みんなと握手しておこう」
と、豊が言った。2回目に会ったときには、誠のことをもうあだ名で呼んでいた。
アルダムラ状態になり、手に光を帯びさせて、アルダムラ状態の仲間たちと握手をしていく誠。一度互いのアートノック粒子を通わせておくと、アルダムラ状態のときなら、離れた場所にいても、無線のように意思疎通をはかることができる。
(みんな、いい人じゃないか……)
なぜか、誠は相手の性格まで分かるようになっていた。
ただ、30歳前後の女性、鈴木真由美と握手したときだけは、
(この人は何か……)
満たされたいという欲求、心の中で満たされていないものを必死に満たそうとしているのを感じた。漠然としてはいるが、他の人たちとは明らかに違うものを感じた。
また、仲間たちから宇宙船の落とし方のコツも学んだ。
「マコっちゃん! 見てろ!」
空に浮かぶ調査船の船底に、大型化した豊のアルダムラと仲間たちがとりついている。敵の反撃はすでに沈黙していた。
豊は、自分の左手に真っ赤な光をためている。その形は球状で、大きさは自分の胸部と同じくらいある。
「こうやって、『空飛ぶ部分』を壊すんだ!」
その光の玉を宇宙船の底部に押し付けると、光がその表面を一気に伝わり、大きな円形の焦げができる。同じ方法を繰り返して、各所に配置されている『揚力発生装置』の出力部分を破壊していく。
「分かったか!?」
豊の言葉に手を挙げて応じる誠の大型アルダムラ。
「じゃ、マコっちゃんも手伝ってくれ!」
と、豊が促した。
アルダムラが放つ光線の威力は距離に応じて減衰するため、1回の攻撃では揚力発生装置の出力部を全て破壊することができない。
誠の大型アルダムラも、豊にならって同じことをしてみる。右腕に光をためて、底部に押し付けて放ち、円形の焦げをつくる。それを何度か繰り返しているうちに、空中の宇宙船が『沈み』はじめるというわけだ。
イケットの調査船や散布船には護衛艦が随行しているが、その反撃形態はだいたい決まっている。ひとつは球状の飛行体。空中を縦横無尽に移動しながら赤や紫の光線を発してくる。無人機だが、その動きは臨機応変で、
「あれには地球人の脳みそが載っているってウワサだ……」
と、豊が言うほどだ。
しかし、信ぴょう性は薄い。
「そんなに地球人が誘拐されていたら、この仕事、日曜日だけじゃ足りませんよ」
と、誰かが言っていた。確かにその通りだ。
そのたびに、
「ウワサだよ、ウワサ……。そのくらいよくできているってことだ」
と、豊は答えているようだ。
ふたつ目の反撃形態は護衛艦の艦載砲。普段は外から見えない。砲撃するときだけ、半球状の突起物が船体の各所から現れ、砲撃してくる。間近で見た者の話では、吹き出物のように船体の表面がモコッとふくらんで出てくるらしい。
艦載砲は状況に応じて攻撃方法を変えてくる。
形態は主に2つで、最も多いのが拡散ビーム。1つの『吹き出物』から細い光線を何本も発射し、対空砲のようにビームの『弾幕』を張る。
もうひとつは集束ビーム。1つの『吹き出物』から1本の太い光線が放たれる。太さは状況に応じてさまざまだ。多くの場合、光線を放った状態まま、砲身を上下左右に動かし、薙ぐように射撃してくる。
どちらの攻撃方法にしても護衛艦のビーム砲は強力で、砲撃を浴びると、誰でもたいていアルダムラの手や足を失ったり、まともに受けて墜落し、仲間に助けられたりしている。防御に相当なエネルギーを割かないと防ぎきれないためだ。いつでも攻撃に転じられるよう、多くの者は防御を自分が『死なない程度』にとどめている。
しかし、誠は少し違った。
ある時は靄のかかった夏空を背景に、ある時はどんよりとした雲を背景に、緑の光の軌跡を描きながら、右へ、左へ、上へ、下へと鋭く移動し、その『吹き出物』のような砲座を、自分が放った光線でひとつずつ、時には削り取るように一気につぶしていく。
攻撃力も防御力も高い水準に維持したまま戦闘を行うことは難しい。しかし、誠はそれを実践していた。護衛艦のビーム砲が直撃しても、機体がはじき飛ばされるか、その表面が真っ黒に焦げるかくらいで済み、すぐに反撃に転じている。普通のアルダムラなら、直撃を受ければ手や脚を失うところだ。
誠の活躍は群を抜いていた。
「スゴいよ! マコっちゃんひとりで僕ら4、5人分の働きだ!」
誠からそんなことを言われたことがある。
護衛艦から球形の無人戦闘機が大量に出てくれば、相手の光線を巧みによけながら落とす。砲撃を受ければ、ビームの弾幕をかいくぐって砲座をつぶす。仲間が死角から敵の攻撃を受ければ、素早くその間に入り、光線の盾でビームをさえぎる……。まさに八面六臂の活躍だった。
誠の次に活躍しているのが中学生の麻衣。スピードを生かした攻撃が特徴だ。音速を超えた速度で移動しながら、鋭く方向を変え、攻撃をかける。麻衣のアルダムラが残していく薄紫色の光の軌跡は、さながら稲妻のようにも見える。
揚力が弱まった宇宙船は、大型アルダムラが下から支えながら、湾口の狭い入り江に運ぶ。例えば、関東なら東京湾、関西なら大阪湾などを利用する。
宇宙船を湾に置いたら、等身大アルダムラで船内に入り、イケット人を『排除』する。これは、もっぱら豊と明、真由美の仕事になっている。他の仲間には強制しない。ある意味、刺激の強い仕事と言えるだろう。
実際、イケット人の排除には勇気がいる。相手がほとんど抵抗してこないためだ。豊や明にためらいがないわけではない。
豊は、
〈首をすげ替えられた地球人の姿を頭に浮かべて、自分を奮い立たせている……〉
と、言っているし、
明は、
〈相手のおびえた顔が夢に出てくる〉
と、言っている。
表面上、一番割り切って見えるのは、女性の真由美で、
〈ためらわないようにしている……。大切な人のためだから……〉
と、言ったことがある。
当初、誠もイケット人に対する怒りと憎しみに任せて加わろうとしたとき、豊と明の2人がそれを止めた。以来、誠は支援にまわっている。
3人がイケット人を排除している間に、支援にまわった仲間たちは、近辺の港から輸送コンテナや大型船を持ってきて、排除が完了したら捕らわれている地球人を収容し、陸上や港まで運んで人々を解放する。排除を担当する仲間たちも、手が空けばそれを手伝う。
こうして誠の日曜日が終わる。帰宅すると、美月がいつも無事を喜んでくれた。
1カ月もすると、日本上空のどこを探しても調査船や散布船を見かけない日も出てきた。イケット人が日曜日を避けて行動していることを疑い、平日に田中夫妻が偵察することもあったが、やはり見つからない。日本上空に飛来する宇宙船の数は激減した。もっとも、全くいなくなったわけではない。彼らは、地球人を『牛』にするためにウコイリクム粒子を定期的に散布しなければならないからだ。
また、誠が仲間たちと一緒に行動しているうちに、中学生の麻衣がなつくようになった。
――富士山上空を飛行する6体のアルダムラ。太陽はほぼ真上にある。
「グルッと回ってみたけど、敵影が見えないな……。今日はもう上がろうか……」
と、豊が言った。
「そうしますか……」
「そうですね……」
「じゃあ、このまま解散でいいかな……」
という豊の提案に他の5人が同意して別れようとしたとき、麻衣のアルダムラがすっと誠の隣に来て、肩に手を載せた。
「ねえねえ、マコっちゃん! 東京を案内してよ」
「えっ……何で?」
「何でじゃないよ。ね、お願い! どうせヒマでしょ?」
と言いながら、誠のアルダムラの二の腕をつかんで揺さぶる麻衣。
「ヒマって……。早く終わったら終わったで、いろいろと、したいことはあるけど……」
「ね、お願い!」
と同じ言葉を繰り返しながら、臙脂色のアルダムラに手を振る麻衣。幸子の機体だ。彼女も手を振り返した。
「友達と行けばいいじゃないか」
と、素っ気なく答える誠。
「それじゃつまんないの! みんな反応薄いくて……。『そうだね、そうだね……』しか言わないんだもん」
「ああ……分かった。じゃあ……俺の知り合いと一緒でもいい?」
「イイ! イイ! やった! ありがと! 明日も休みだからたっぷり見て回れるや!」
「ええ!?」
「1泊くらい、いいじゃない、ね!?」




