【6】仲間の牛(後)
――東京湾。はるか遠くには、薄紫色のもやがかかったコンビナートの煙突や鉄塔がかすかに見える。
3隻の宇宙船が海に浮かんでいる。周囲に比較するものがないが、1隻は直径数百メートル、あとの2隻はその半分くらいの大きさ。
そして、その上空には大型アルダムラの影。4体見える。
全身が臙脂色でポイントカラーが紺色のが1体。それと対照的に全身が濃紺でポイントカラーが赤いのが1体。全身が白く、上腕部と膝下が山吹色、ポイントカラーが青いのが1体。
そして、大きな松葉色のアルダムラ。誠を撃った1体だ。他の3体の身長に比べ、2倍近く大きい。
「じゃあ、後かたづけ、はじめようか……。それじゃ、幸子さん、いつものお願いできます?」
と、松葉色のアルダムラが言うと、
「はい」
と、臙脂色のアルダムラが『膨張』し、松葉色と同じくらいの大きさになった。
松葉色のアルダムラは、それを見て、自分の胸に手を突っ込むと、女性と2人の子どもをひとり、またひとりと取り出し、臙脂色のアルダムラに慎重に手渡していく。
臙脂色のアルダムラは、一人ひとりをうやうやしく受け取り、自分の胸に納めていった。
受け渡しが済むと、
「あざあっす」
と、松葉色は短く礼を言い、真っ赤な光に身を包み、等身大のアルダムラになった。
それに合わせて、『紺色』と『白と山吹』も等身大に変化する。
等身大のアルダムラになった3人は、眼下の宇宙船へと向かっていった。『松葉色』は、丸くて白い宇宙船に、『紺色』と『白と山吹』は三角の灰色の宇宙船へと、1人1隻ずつ入っていく。
『鈍色』の誠と『3色』のアルダムラもようやく彼らに追いついた。少し離れてその様子を見ている。
「何がはじまるんだ?」
と、『3色』に聞く誠の大型アルダムラ。
「中の宇宙人を……」
とまで言って、『3色』は、自分の首をかき切る身振りをした。声は若いが、その所作は大人びていた。
「ああ……」
『察しがついた』という口調で返事をする誠。
「……で、そのあとは?」
「中の地球人を大きな船とかコンテナとかに入れて助けるの……」
と言って、『3色』は、誠とは別の方向に手を振った。誠もその方向を向くと、大きな臙脂色のアルダムラが手を振りながら近づいてくるのが見えた。
――海の見える喫茶店。大きな丸いテーブルを老若男女9人が囲んでいる。
「僕は中村豊。機体の色は、オリーブドラブ……、茶と緑の中間。こっちは妻と子どもたち……」
誠の正面に座っている男性が言った。歳は30歳代中頃と言ったところだろうか。その隣には、30歳代前後の女性、小学生低学年くらいの男の子、幼稚園くらいの女の子が座っている。
「そちらが田中ご夫妻……」
中村豊の紹介に続いて、
「明です」
「幸子と申します」
と、60歳代くらいの男女が頭を下げた。
「……機体色はだんなさんが青で奥さんが赤。で、こちらが鈴木さん。色は白とオレンジ……」
30歳代前後の女性が、茶色く長い髪をかき上げながら、首をかしげるように会釈する。鈴木真由美。ここに同席している者は誰も知らないが、彼女は、あの『麗しの男』、美青年の胸に頭を載せていた女性だ。
「君の隣にいるのが佐藤麻衣ちゃん。色は、水色とピンクと白の3色」
「ヨロシク!」
豊の紹介に合わせて、中学生くらいの女の子が、はつらつとした笑顔で挨拶した。
そして誠も自己紹介した。
「俺は……あっ僕は……渡辺誠と言います」
「君の機体色は、いぶし銀だったね」
と、豊が言った。
「ええ、最初はピカピカだったんですけど……」
「ふうむ……」
豊は誠の説明に関心なさそうに返事をした。
間を置かず、誠が質問する。
「中村さんは、いつも家族と一緒なんですか?」
みんなでこの喫茶店に入るとき、誠は、豊が妻や子どもの腰を1本のひもで結んでいたことが気になっていた。一瞬、『電車ごっこ』のようにも見えた姿だ。
「ああ、この腰のひも? 家族は失いたくないからな……。これで街を歩いてても気に留める人は誰もいないしな」
と、言いながら、豊はその腰のひもを持ち上げて見せた。
「アルダムラになるときは、どうしてるんですか?」
と、誠。
「えっ? 普通になれるよ。大型化するときは、一緒に吸収されて、その分ふくらむ。まあ、大きくなりすぎると、パワーが落ちるって話だけど、あんまり違いは感じないなあ……」
「知らなかったです。他の人と一緒にアルダムラ状態になれるのって……」
「ああ、確かにマニュアルにはなかったよなあ。家族が誘拐されてはいけないと、自分でいろいろと試してみたんだよ。アルダムラの体を一瞬柔らかくすると、いろいろと物が入れられるんだ。ウチの家族みたいに人間だって入れられる。さっきも幸子さんにお願いしたし……」
と言って、豊は年配の女性に会釈した。豊の娘をかまっていた女性、幸子も、それに気付いて会釈を返した。
「知りませんでした」
「マニュアルに書かれていない機能がいろいろあるみたいだな……」
と、言ってコーヒーをひと口飲むと、豊は話題を変えた。
「そうだ、いま、大きな計画が動いてるんだが、協力してくれないか?」
「どんな計画ですか?」
と聞いて、誠はコーヒーカップを置いた。
「超大型散布船って聞いたことあるか? 単に母艦とも言われているんだが……」
「いいえ……」
「世界各地の中緯度帯に展開して、常に粒子を散布しているイケットの宇宙船だ。ヤツらはそれを中心に大きな船団をつくっている……。で、世界中にいるアルダムラ使いが集まって、その船団を同時に攻撃しようって計画だ。
われわれの担当は、中央アジアか北太平洋……。どっちになるかは、参加人数次第ってところだ」
「いつですか?」
「いや、日取りはまだ分からないんだ。世界中の仲間とインターネットで連絡を取り合っているんだが……、日取りが決まったら、すぐに実行することは決まってる。敵に準備をさせないためにな……。土日を使おうって話で進んでるから、日本時間の日曜日になるとは思うんだが……。来週の日曜日になるかもしれんし……、半年先になるかもしれん……」
「ええ……いいですよ。協力します」
「おお、助かるよ。この計画が成功すれば、イケットの船がぐっと減るはずだ。いまは、こうして休みの日にチマチマ船を落としているだけ……だけどな……」
と、豊が言ったところで、中学生くらいの少女、麻衣が会話に割って入った。
「中村さん……愛さんと連絡が取れないんだけど……何か聞いてますか?」
麻衣は、ケーキを食べていた手を止めていた。
「愛さん……?」
と、コーヒーカップを手にとって聞き返す豊。
「黒いアルダムラの娘です」
それを聞いて、
「あっ……」
と、思わず声を漏らす誠。あの『愛』のことだと直感した。
「何……?」
と、聞き返す麻衣。
「ん……、うんん……何でもない」
誠は、それ以上何も言わなかった。
「ああ、あのちょっと乱暴な娘か……。いやあ、何も聞いてないよ……。あの娘がいると連携が乱れるから、こっちからは連絡入れないし……」
と答えて、豊はコーヒーカップを口元に運んだ。
「そうですか……」
と、麻衣は、少し寂しそうな口調で答えた。
「私、もうそろそろ……」
機会を見計らっていたかのように、30歳代前後の女性、真由美が立ち上がった。
豊が応じる。
「ああ、鈴木さん、ありがとう。来週も来られる?」
「都合があえば……」
「じゃあ、もし来られたら、朝10時に、この喫茶店で……」
「ええ……これ……」
1000円札を豊に差し出す女性。
「おお……次会ったとき言ってくれる? おつり渡すから」
「ええ……それじゃあ、失礼します」
女性は、小さく一礼してテーブルを去っていった。
〈チリンチリン……〉
ドアのベルの音は聞こえるが、店員の挨拶は聞こえない。しかし、これはイケット人が粒子を散布して以来の日常風景だ。特別なことではない。
「みなさん、どんな集まりなんですか?」
しばしの沈黙のあと、誠が豊に聞いた。
「いやあ、別に……。ウチと田中さん家はいつも一緒だけど、戦っているうちに声をかけてたら、集まってくれるようになったんだよ……」
――午後の日差しを浴びる団地の棟。その入り口に商用のワンボックス車が止まっている。
たったった……と、1段抜かしで階段を上る誠。その足取りは軽い。途中、配達員らしき男性とすれ違った。
(美月さん帰ってきてるかな……)
と、思いながら、扉の呼び鈴を押す。
〈ピンポーン〉
と、扉の向こうから少しこもった音で聞こえてくる。
美月が顔を出した。
「お帰り……誠くん……上がって……」
扉を大きく開けて誠を招き入れる美月。
「うん……」
玄関に入った誠は、目を見開いて足を止めた。
「美月さん……。これって、どこで、どう探せば手に入るの……? ずいぶん古そうなデザインだけど……」
と、真っ青な透明樹脂でできた玉のれんを触りながら言った。天井にはプラスチック製の青い傘がついたペンダントライト。下駄箱の上には、ダイヤル式の黒電話、木彫りの熊、目の大きな人形、パタパタ時計などが所狭しと置いてある。
「……シモキタザワ……。人に聞いたら、インテリアって言えばシモキタザワだって言っていたから……」
うつむいて、くぐもった声で言う美月。
「いや……いいよ……。うん……似合ってる……。個性的で少し驚いただけだよ……」
と誠。
「ほんと……?」
「うん」
「ほんとに……?」
「うん……いい。新鮮……新鮮だよ……」
と、同じ言葉を繰り返しながら、美月の家に上がった。




