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【6】仲間の牛(前)

 瞬間移動装置に乗ろうとしていたイケット人に、猛烈な速度で駆け寄る誠のアルダムラ。背後から相手を喉輪攻めにして、その背中を壁に押しつけた。

(操縦室に案内しろ!)

 と、言いたかったが、イケット語が分からない。

「チッ……」

 思わず舌打ちをする誠。気持ちだけが先走る。喉輪をくらったイケット人の顔はひどくおびえていた。通路に映し出されている並木道の風景にはそぐわない表情だ。

(くっそお! どうすりゃいいんだ!)

 相手の目を見ながら、左手で自動車のハンドルを動かす手振りをしてみる。誠なりに考えた『操縦室』のジェスチャーだ。しかし、相手は恐怖の色をいっそう濃くするだけで、その瞳が小刻みに動いている。

(これじゃ分かるわけないか……)

 と、誠が思ったとき、

〈アドゥ! アルダムルア!〉

 誠の等身大アルダムラの背後、つまり並木道が映し出されている廊下の奥から叫び声が聞こえた。目を向けるとイケット人が大慌てで引き返していく。別の誘導員だった。

 相手の喉元から、静かに手を放す誠。イケット人は、両手のひらを向けて、われわれの感覚でいう『分かった、分かった』という手振りをした。

 誠に両手のひらを向けたまま、瞬間移動装置の隅に移動するイケット人。小さなパネルを操作したかと思うと、装置そのものが暗くなった。

「……」

 短い沈黙。その沈黙を破ったのは誠だった。

「どうしてお前らは、すぐ電源をきっちまうんだぁ……」

 激高する誠。募っていたもどかしさが爆発した。左手が緑に光る。

「……くそっ!」

 という声とともに、壁を叩いた。左手をのけると、丸く大きなへこみができている。

 イケット人は完全におびえていた。右肘を曲げて頭をかばい、左手のひらを誠の方に向けて身を丸めている。

「もういい!」

 以前、研究主任からもらった知識を呼び出す誠。場所の見当をつけると、全身を緑色の光に包んで、天井を突き破っていった。

 広い空間。周囲の映像は、丘の見える草原の風景に変わっている。誠は、操縦室と思われる場所に向かって走っていた。

 途中、灰色と黒のツートンカラーのヘルメットと服を装着した警備兵が道をふさいだ。以前、幼なじみを助けに宇宙船に潜入したときと同じ出で立ちだ。

 緑の光の膜に身を包む誠のアルダムラ。走る速度は落とさない。右手の5指を開きながら腕を前方に突き出し、指先から光線を発しながら、そのまま鋭く右にないだ。前方の警備兵が一斉にばたばたと倒れていく。

 映像の小川を渡り、明るい雑木林が映る廊下に入った。遠くに槍状の武器を構えた警備兵が2名いる。黒、赤、灰色のヘルメットと甲冑(かっちゅう)。警備兵と言うよりは、『衛兵』と形容した方がふさわしい出で立ちだ。槍は、黄色い光を帯びている。

 床を滑るように足を止めた次の瞬間、両手のひらを突き出して光線を放つ誠。光が2人の衛兵に向かって真っすぐのびていったかと思うと、当たる寸前で黄色い光の壁に阻まれた。衛兵が鋒先を上げて構えていた槍状の武器がつくった壁だった。

 誠の光線を受け止めた直後、2人の衛兵は槍状の武器を向け、黄色い光線を放った。

「くっ!」

 声を漏らす誠。

 2本の光線が誠を廊下の壁に打ちつけた。誠がずり落ちると同時に、くぼんだ壁が姿を見せた。誠が光線を受けた箇所には黒い焦げができている。

(防御力を上げないと……)

 緑の光を厚くまとう誠。

 衛兵が槍状の武器の先端から、続けざまに光線を放ってくる。しかし、もう、誠のアルダムラには効かなかった。

 動揺する衛兵。

 誠は、おもむろに腰を落として右手を突き出すと、その手首に左手を添えて構えた。右手のひらにエネルギーが集中するにつれ、緑色の光が強まる。

 突然、誠と衛兵の間に中年女性が現れ、誠に向かって、われわれの『待った!』に近い身振りをした。

 中年女性は、てるてる坊主のような形をした玉虫色の上着をまとっている。透き通っているところを見ると、女性は、立体映像のようだ。実際、誠側からは、2人の衛兵の姿がぼんやりと透けて見える。

(この先が操縦室か……? まあ、とにかく重要な部屋だろうな)

 と、確信する誠。やがて、廊下の奥から壁をすり抜けてきたかのように人が現れ、誠の方に歩いてきた。立体映像と全く同じ中年女性だ。

 女性と立体映像が重なるかというところで映像がふっと消えた。今、誠の目の前にいるのは現実の女性だ。

 抽象的な意味が誠の頭の中に入ってくる。言葉ではない。どちらかといえば映像やイメージに近い。

〈ここ……船……2番目……責任者……あなた……何……要求……〉

 誠は、相手がこの宇宙船の副艦長か何かで、誠が何を要求しているか聞いているのだと理解した。

 誠も『念』みたいなものを送ってみる。もちろん、相手に伝わるかどうかは分からない。

〈地球人だ。お前が捕らえている人たちを解放しろ!〉

 相手は、誠をじっと見ているだけで表情を変えない。

〈要求……何……仲間……止めよ〉

 再び、抽象的な意味が頭の中に入ってきた。

(どうすりゃいいんだ……)

 もどかしさを覚える誠。

(ええい! 面倒だ!)

 と、意を決し、声を出して話しはじめた。

「宇宙船を着陸させて、地球人を解放しろ!」

 女性は、困惑した表情で誠から目をそらすと、ため息をついた。誠の考えていることが伝わっている様子はない。

「宇宙船!」

 人差し指で何度もしきりに床を差す誠。

「着陸!」

 次に、左の手のひらを上に向け、右手でつくった拳をその上に何度も載せて見せる。『宇宙船を着陸させろ』という、誠なりの手振りだ。

 女性は誠の手の動きに視線を注いでいるが、理解している様子は見られない。

〈仲間……止めよ! 仲間……止めよ!〉

 抽象的な意味が頭の中に入ってくる。

「仲間……!? って、何言ってんだ!?」

 相手に通じないじれったさをぶつけるように怒鳴った。

 次の瞬間、下半身にぞわっとした感覚が走ったかと思うと、体が宙に浮いた。誠だけではない。中年女性も、衛兵2人も空中遊泳をしているような格好になっている。

「エムゥ! スルアトゥ=ソォブ・アンナバィ!」

 と、何かつかむものを探すように両手を所在なく動かしながら、叫ぶ中年女性。その背中が天井に触れていた。

(いったい何が起こってやがんだ!)

 と、考えながら、空中で姿勢を整える誠。他の3人と違い、飛行姿勢になっていた。研究主任から以前もらった情報を呼び出し、宇宙船の上部ハッチまでの道順を確認すると、空中に浮いたまま、通路の中を進んでいった。

 草原の中から森、森から海辺……、廊下の角から角へと、緑の光の尾を引きながら、猛烈な速度で進んでいく誠の等身大アルダムラ。

 自然の風景が映し出された通路を右へ、左へ、斜め上へと進んでいく。光の尾も右に曲がり、左に曲がり、斜め上に直進する。

 ――青い空、白い雲、そして直径数百メートルの丸くて平たい飛行体。誠がいる宇宙船だ。

 その上部ハッチから誠の等身大アルダムラが姿を現した。豆粒のように見える。

 その真っ白な宇宙船を挟むように、灰色の飛行体が2機随行していた。直径は、200~300メートル。平たいのは調査船と変わらないが、三角形に近い形状だ。上から見ると、ギターピックか、ロータリーエンジンのローターのような形をしている。

 辺りをうかがう誠。

(さっき、体が浮いたのは、急降下したからか……)

 だだっ広い飛行体の白い屋根。その向こうに広がる地上の街並みが、かなり近い距離に見える。だいぶ高度が落ちているようだ。

 突然、白い屋根の向こうから松葉色の影が現れたかと思うと、真っ赤な光線を放った。

(!!!!!!)

 直径が誠の等身大アルダムラの身長ほどある太い光線。それが誠のアルダムラを宇宙船の屋根から押し出した。油断していた誠は地上に落ちていった。

(消し炭にはならなかったか……。丈夫だな……)

 と、思ったのは、誠を撃った大型アルダムラだ。10メートル近い身長で、通常の大型アルダムラより縦も横も大きい。頭部は流線形。胸がたくましく張り出し、腰がくびれている。前腕部と膝下がひと回り太い。形状に若干の個体差があるようだが基本的な特徴は変わらない。

 全身の色は、軍用車両によく使われるオリーブドラブないしは松葉色で、深紅と黒の2色がアクセントカラーになっている。アートノック粒子の光は、深紅の箇所から放出されるようだ。

麻衣(まい)ちゃん! 敵が下に落ちていったから、トドメを刺しておいてくれないか!?」

 松葉色のアルダムラが、誰かに『通信のようなもの』を送った。聞こえてくる声は、成人男性のものだ。

「はい!」

 と、少女の声が男性に返ってきた。その『通信のようなもの』を受け取ったのは、水色、淡いピンク、白という3色の大型アルダムラだった。随所に薄紫があしらわれている。身長は数メートルで頭部は流線形。胸がたくましく張り出し、腰がくびれている。前腕部と膝下がひと回り太い。形状に若干の個体差があるようだが基本的な特徴は変わらない。アートノック粒子の光は、薄紫の箇所から放出されるようだ。

 空中に浮遊したまま足下を見回す3色のアルダムラ。先ほど宇宙船から落ちたアルダムラの姿が見えない。

(どこ!?)

 空から地上に目をこらして、体をぐるりと1周させた次の瞬間、

「きゃああああああ!」

 何者かに背後からがっちりと組み付かれた。体の自由が効かない。

「ちょっと待ってくれ! あんたら地球人だろ!? 俺も地球人だ!」

 組み付いたのは、『先ほど宇宙船から落ちた』誠のアルダムラだった。身長数メートルの姿に大型化していた。

「麻衣ちゃんどうした!」

 松葉色のアルダムラが、空中に赤い光の軌跡を描きながら、猛烈な速度で接近してくると、誠と一定の距離を置いて空中で停止した。左の手のひらを突き出して、いつでも光線を放てる体勢を取っている。

「麻衣ちゃん、振り払えるか?」

「動けない……。けど、後ろのアルダムラ、地球人だって言っているけど……」

「おい! 俺は地球人だ! あのでっかい緑のヤツを落ち着かせろ!」

 誠が相手に組み付いたまま、松葉色の大型アルダムラを指差した。『松葉色』と『3色』とのやりとりは、誠には聞こえていない。

「やっぱり、地球人って言っているけど……」

 『3色』が『松葉色』に伝える。

「敵の宇宙船から出てきたりして、紛らわしい野郎だな……」

 突き出した左手を降ろす松葉色のアルダムラ。それを見て誠も、3色のアルダムラへの拘束を解いた。

 白くて丸く平たい宇宙船1隻と、ギターピックのような形をした灰色の宇宙船2隻がゆっくりと落下しながら遠ざかっていく。各船の下に1機ずつ、大型アルダムラの姿が見える。

「麻衣ちゃん! 俺は、宇宙船を片づけてくる! そいつが何か変な動きをしたら、すぐ知らせてくれ!」

「了解!」

 『3色』から返事をもらうと、松葉色のアルダムラは、赤い光の尾を引きながら、猛烈な速度で3隻の宇宙船を追っていった。

 しかし、2人のやりとりは誠には聞こえていない。

「あの人たち、宇宙船をどうする気だ!」

 と叫ぶ誠の大型アルダムラ。

「宇宙人に捕まった地球人を助けてる……」

 と『3色』。10代女性の声だ。

「じゃあ、目的は俺と同じじゃないか……」

「タイミングが悪かったねぇ……。宇宙船から出てきたところを中村さん()に見られちゃったから……」

「サンチ……? あのでっかい緑は、中村さんって言うのか……」

 2人の大型アルダムラも宇宙船を追った。

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