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【1】牛と異星のアルダムラ(前)

 1999年7月、われわれ人類は牛になった。

 自らを人類と名乗る者たちが地球に飛来し、地球に住む人類を牛と呼んだ。

 しかし、われわれ人類はそれに全く気付くことはなかった。

 白く光る飛行体。たとえれば、白い碁石。上下に押しつぶした丸餅……。そんな丸くて平たい形をした宇宙船が飛来しては上空から【何か】を散布していく。肉眼では見えない【何か】……。その日から世界中の人々の感覚が変化した。そして、誰ひとりそれを自覚できない。

 地球の知的生命体、人類は、その日から別の人類から『牛』と呼ばれるようになった。しかし、普段とほぼ変わりない生活を送っている。しかも、以前より穏やかに、そして静かに……。犯罪らしい犯罪はなくなった。たとえあったとしても、誰も気にしない。たとえば、隣の席にいた誰かが登校や出勤してこなかったとする。誰かが死んだとする。周りの者は、一時的な違和感を覚えても、しばらくすれば気に留めなくなる。

 そういう世界になって、まもなく2年がたとうとしていた。

 ――東京のとある大型団地。歴史が長そうなベッドタウン。どの棟もきれいにリフォームされているが、建物の構造そのものの古くささは隠せない。『年期』が入っている。

 ある棟の3階にある扉が開いた。

 姿を現したのは20歳前後の女性。個人の嗜好(しこう)に差があったとしても、10人中8人は美人と答える容姿だ。半袖のワンピースを着ている。デニム地でスカートの丈が長い。

 階段を2階に下りていく女性。2階の扉のノブに手をかけ、開けた。

〈ギィッ……〉

 扉の向こうに姿を消す女性。しかし、しばらくすると、何事もなかったように出てきた。

 そして、そのまま向かい側の扉のノブをつかむ。

〈ギィッ……〉

 扉を開くと、女性は何のためらいもなく入っていった。

 玄関で履物を脱ぎ、そのままつかつかと家の奥に進んでいく。

 ダイニングで親子2人が食事をしていた。父親は50歳前後、息子は10代後半といったところだろうか。母親らしい人物の姿はない。

 女性はダイニングテーブルにつかつかと歩み寄ると、父親に向かって口を開いた。

「息子さん、貸していただけますか?」

「ええ……」

 父親が答える。

「ありがとう」

 と言って、女性は息子のそばに立つと、汚いものでも扱うように、服の肩の部分をつまんだ。

「一緒に……来てもらえるかな……?」

 しかし、口調は優しい。

 女性の言葉を聞いて静かに立ち上がる息子。女性は、品定めするように少年の全身に手のひらをかざしながら、小さく何度もうなずく。

「うん、良さそうね……」

 女性の行動に対する父親の反応は、特にない。見向きもせず、黙って食事を続けている。

「じゃあ、行きましょうか……」

 女性は、少年の服の一部を再びつまむと、そのまま外に連れ出した。

 外に出た2人。棟の入り口にある照明が2つの顔に陰影をつくっている。

 女性は、腕輪のような装置を操作すると、手のひらを耳に当てて話しだした。

「アセレブ・ウセトゥ。ウサミーすぃ・アゲーのぅ・エァクム……」

 しばらくすると、夜空に輝く飛行物体が現れ、2人を真っ白な光で照らした。

 ――真っ暗な部屋。古い冷蔵庫の稼働音のような低い音が聞こえる。

 さっきの少年はガラスケースのような半円筒形の装置の中に横たわっていた。その透明の素材は、おそらくわれわれの知っているものではないだろう。その透明の部分から光が漏れ、中にいる少年の様子が見えている。

 目を閉じている少年。しかし、その頭の中では映像が流れていた。

 ――ずらりと並んだガラスケースのような半円筒形の装置。装置の中には、人間がひとりずつ横たわっている。ちょうど今の少年と同じような状態だ。

 装置の中では、人間の頭部と胴体が生きたまま切り離されている。出血はない。切り離された頭部が、ロボットアームのような機械につかまれ、引き離される。代わりに胴体には、頸部(けいぶ)がなく、単なる突起物のような頭にすげ替えられていく。

 映像に合わせて、流ちょうな日本語のナレーションも流れていた。

〈……イケット国では、地球に住む知的生命体、人間を牛と称し、定期的に捕獲しています。捕獲した人間は、機能を限定した人工の頭部に付け替えられます。労働力として使用するためです。元の頭部は、コンピューターの演算装置の一部に利用されます……〉

 ガラスケースのそばには、大きな球体でできた透明の入れ物がある。その形は、煎餅(せんべい)屋でよく見かける【地球瓶】に近い。その入れ物に、切り離された頭部が収められていた。しかも、まだ意識があるようだ。離れたところにある自分の体を唖然(あぜん)とした表情で眺めている。

 続いて、すげ替えられた小さな頭の人間がおかしな動きをしている映像や、暴れている映像も流れた。その頭の小さな人間が、光線のようなものを浴びせられ、倒れるところで映像が切り替わり、その体は工場の機械の投入口のようなものに放り込まれる……。さらに映像が切り替わり、に犬や猫が食事をしている場面になった。その間、ナレーションも流れている。

〈……欠陥があると判断された『牛』、または寿命が近いと判断された『牛』は処分され、ペットの餌などに利用されます……〉

 生きたまま体中に端子のようなものを埋められている人間が映し出された。体をぴくぴくと痙攣させたり、じたばたと暴れたりしている。

〈……また、イケット文明のさらなる発展を名目にして、こうした『牛』たちの一部は、さまざまな実験にも利用されています……〉

 ――少年が寝ている部屋の外も薄暗かった。そこには、少年を連れ出したあの女性がいた。目を閉じて脳裏に映し出されるグラフを見ている。そのそばには、白いトンビコートのような服を身に着けた人も何人かいて、やはり目を閉じていた。研究員だろうか。皆、外見は地球人と全く変わらない。

 研究員のひとりが目を開けると、誠を連れ出した女性に話しかけた。

「数値ニ変化ハアリマセン」

 話している言葉は彼らの国の言語のようだ。

「ハイ……」

「コノママ、作業ニ入リマス……」

「ハイ、オ願イシマス……」

 女性が小さくうなずいた。

 ――真っ白で無機質な部屋。装置で寝ていた少年は、今、椅子に座っている。

 テーブルの向こうには、あの女性が座っていた。

「まだ、紹介、済ませてなかったね……。私はアセレブ。あなたの国では美月(みづき)ってことにしておく。その方が覚えやすいでしょ?」

「みづき……」

「そう、美月……」

「うん……」

 少年は、女性の目を見て小さくうなずいた。

「名前……、教えてくれる?」

 自分を美月と名乗った女性が言った。

「俺は、渡辺(わたなべ)……、渡辺(まこと)……」

「じゃあ、誠くんって呼んでいい?」

「うん……」

 美月の言葉に、誠は再び小さくうなずいた。

「まあ、これは形式的な挨拶だけど……。必要なことは、誠くんの頭の中に入れておいたから……」

「これって……」

 誠は自分の顔をぺたぺたと触った。

「……俺の頭なんだよね……」

「えっ……?」

 美月は誠の質問の意味が分からない様子だ。

「いや……ビデオで頭を付け替えられていたから……」

「ふふっ、もちろん誠くんのよ……」

 くすりとわらう美月。

「……大丈夫。あれは、イケットの政策に反対している、うちの国がつくった広報動画。内容は本物だけど……。うちの諜報員が実際に撮影したものらしいから……」

「いや……内容じゃなくて……なんか気持ち悪いんだ……。知らないことを知っているっていうか……」

「ん……!?」

 意味を聞き返す美月。

「いや……あの……うまく言えないんだけど……」

「ああ……!」

 美月は意味を察した。

「誠くんの頭にいろんな知識を植え付けたから、経験と知識の不一致を起こしているのね。あの独特の違和感は私も知ってる……。子どものころ何度も経験したから……。復唱してみたら? 少しは楽になると思う……」

「フクショー……?」

「そう。実際に、見たり聞いたり読んだり体験したりしたわけでもないのに、いろんなことが頭に入ってるから、違和感がある……。新しく知ったことをもう一度口にすると、少し楽になるよ……。つまり……、知らないはずなのに知っていることを、私に話してみたらってこと……」

「うん、そうする……」

 小さくうなずいて、話を続ける誠。

「み……」

 出だしから口ごもる誠。美月の名前を口にするのが少し照れくさいようだ。

 美月が促す。

「みづき……」

「……さんたちは……アリートから、ここ地球に来た人。アリートとは、日本語で『地球』という意味……。それは、こっちの人間と同じ感覚なんだね……。で、アリート星から、この地球に来ている人は、美月さんの国、アタキム帝国と……、地球人を牛扱いしているイケット連邦共和国。地球人を家畜扱いするイケット共和国の政策に、アタキム帝国は反対している。でも直接干渉すると戦争になるかもしれない。アタキムとしては、戦争を避けながら、それをやめさせたい……。そこで、地球人に、武器として使える最新の宇宙作業服を提供し、地球人とイケット人との問題ということにして、地球人の力で解決させたい……」

「うん、それで……?」

「それで……。美月さんは……案内人のひとり。案内人は、無作為に選んだ地球人に武器を与えてデータを取る人……。まあ、武器を貸してくれるんだから、当然の対価だと言われたら、何も言えない……。そして、そういう案内人と、武器を貸し出された人が地球上には何人もいる。貸し出す人数を制限しているのは、異星人『エルツェレタルチェ』の存在を地球で(おおやけ)にしたくないということと……、存在が明るみになったことによる世界的な混乱……、異星人の存在を快く思わない地球人との紛争を避けるため……だよね」

「そう……。それでアルダムラは?」

 誠の話をうなずきながら聞いていた美月が促した。

「アルダムラ……。アタキム語で甲冑(かっちゅう)とか装甲とかという意味。名目上は、大気圏外を含む多種多様な環境で使用できる作業服。技術的な詳細は機密事項。通常時は等身大で着用してもよいが、数メートルに大型化させて使用することが推奨されている。それは、大型化した方が、効率的かつ最大限に、エネルギー源である『アートノック』を粒子に転換・増幅・活用させることができるから……。アルダムラを着用することを、『アルダムラ状態』という……。あと……。飛行速度は音速の8~9倍。ただし、超音速で飛行するときは、衝撃波が発生するため、高度を十分取ってから行うこと……。宇宙空間でも数時間行動できる。武装はアートノック粒子を利用……。光線状に放出して遠距離武器に、また、ボディを硬化させて、表面にアートノックの膜をつくり、近接武器にすることができる。アートノック粒子の威力は、距離が長くなるにつれて減衰するので、状況に応じて使い分けること……」

 美月は、誠の話をうなずきながら、黙って聞いている。

「……攻撃力と防御力は、さまざまな要因で大きく変化する。特に個人のアートノック……。アートノックは、闘争心、反発心、反骨精神などの意味で、日本語には全く同じ意味の言葉がないが、『あらがう力』とか『不屈』とかの意味を合わせた概念に近い……。ふう……、こんな感じかな?」

「そう、その通り。よくできました」

 美月の言葉に、誠は少し照れくさそうだ。

「少し楽になった?」

 と、美月。

「う~ん……。よくわかんないや……」

 誠の照れくさそうな表情が照れ笑いになった。

「あのう……」

 と、誠。

「なあに?」

 美月は、まるで子どもの問いかけに応じるような表情をした。

 吸い込まれそうになる美月の瞳。誠は、妙な気持ちになった。目を一瞬そらして気持ちを軽く整えてから、視線を美月に戻し、話を切り出した。

「あの……。この武器を渡される人間って、何か条件があるの?」

「数には制限があるけど、特に条件はないかな……」

「じゃあ、俺の幼なじみを『マトモ』に戻して、武器を貸し出すこともできるかな?」

 誠の脳裏に、幼なじみの愛らしい笑顔が浮かんだ。

「う~ん……」

 と、少し考える美月。

「……でも、私みたいな新人は、1人しか担当できないの……。どうしてそうしたいの?」

「さっきの映像を見て、母さんが長い間家に帰ってこない理由も分かったし、母さんが今どうなっているかっていう想像もついた……」

 誠はうつむいて、膝上でぎゅっと両手の拳を握りしめた。

 その様子を部屋の外から見ていた研究員たちがうなずき合っている。

 誠は話を続けた。

「俺は、気付かなかった……。母さんが戻ってこないことに何の疑問も持たなかった……。それってイケットのヤツらのせいだよな……」

「そうね……」

 と、美月。

「俺ひとりじゃ、幼なじみを守れるか不安なんだ。残った父さんさえ、守れるか分からない。彼女も、父さんも、彼女の両親も、彼女のおばあさんも、みんな守りたいけど……。守備範囲が広がれば、守りがおろそかになると思うんだ……。彼女にもアルダムラがあれば、少なくとも自分たちの家族は自分で守れると思う……。こんな風に静かに話してるけど、母さんのことを考えると気が狂いそうだよ……。彼女には同じ思いをさせたくない……。まだ家族が全員そろっているから……」

 そして、誠は顔を上げた。

「わがままなお願いってことは分かってる。でも、できるかどうかだけは聞きたいと思って……。聞いておかないと気が済まなくて……」

 とまで言って、誠は美月を見つめた。美月の反応を見るためだ。

 短い沈黙のあと、美月が口を開いた。

「さっきも言ったけど、新人は1人しか担当できない……。でも、上に相談してみる……。彼女は、どこに住んでるの?」

「ウチの向かいに住んでるんだけど……」

「お向かいさん……?」

 美月の表情がわずかに凍った。

「誰もいなかったけど……」

「誰もいなかった……?」

「ええ……」

「そんな……。それっていつのこと?」

「誠くんを迎えにいく前……」

 美月の答えを聞いて、誠は、やにわに立ち上がった。

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