THE BEGINNING OF THE END
ジョン・ポールは、男であり女であった。
誰でもなかった。
老いており、若かった。
どこにでもいた。
きれいで、きたなかった。
ジョン・ポールには、名前があった。
名前には、歴史があり文化があり血の滲む歳月が息づいていた。それは、二か月前から、蛆虫のようにか弱いものとなっていた。その代わりに、一枚のチョコレートや五匹のねずみやコップ一杯の塵水が、通貨であり生きがいであり歴史の端切れだった。
「これは世界の終わりなんかじゃない」と言い残したのは、ジョン・ポールだった。
ジョン・ポールは、石礫と歯と舌と爪と骨による暴力を受けた。それらは呪文と妄言の中で行われた。犯人がいるとしたら、男女であり狂気の徒であり餓えた者だった。ひどく、飢えていた。肉の味も、喉の渇きも、耐えがたいものだった。血を濃くするために。肉を厚くするために。脂肪を燃やすために。
ジョン・ポールは、火炙りにされてから、解体されて振る舞われた。ジョンの肉は、飢えた人々の心と魂を救いだした。ジョンは、誰にも顧みられなかった。頭蓋骨は、サッカーボールになった。肋骨は、打楽器の部品と武装車のアクセサリになった。血液は、塩を入れると飲料水に化けた。臓器は、肥料になった。残り滓は、豚と猫の餌になった。
ジョン・ポールは、誰でもなかったが誰でもあった。
あなたのことだ。
死者に例外はない。
ここでは。
これは終わりの始まりだっただけだ。
わたしは、ジョン・ポールの顛末を聞いて、目を閉じた。
クリスマスの夜、難民キャンプが焼き払われる前のことだった。
難民はどこにもいなかった。
ただ、彼らは難民であることを認めなかった。
津波なんてなかった。
地震なんてなかった。
テロなんてなかった。
原発なんてなかった。
病気なんてなかった。
911なんてなかった。
311なんてなかった。
ただ、太陽が昇らなくなっただけだ。
だれも本当のことを知らなかった。その日は午後になっても夕焼けのようだった。大きな光と音だけの花火。家はまだあった。太陽は隠された。灰色の空、錆のような塵。配給。弱者を活かす為の我慢。忍耐。空腹。永遠に思える冬。濁った水。
わたしは、ねぐらに帰ると、塵まみれの毛布に転がった。窓からは、バイクのエンジン音がした。祈り。読経。叫び声だけの前衛音楽。音は、障害者と老人と女子供たちが住んでいる公民館に近づいていた。わたしは、ただ眠ろうとしている。努力だけは。目を閉じて。盲目になろうとする。
生きがいが欲しかった。
もうすぐ三か月になろうとしている。
(つづく)